CROSS MORNING




『寒ッ…』

忍び込んでくる外気の余りの冷たさに
俺は思わず小さく身震いした。
白い空気が辺りを冷たく染める。




31日から3日までの連休を
岬と過ごすために訪れた異国の街。
ニューイヤーの瞬間、喧騒に紛れて
2人で久しぶりにおおはしゃぎした。

この街で、俺と岬を知る人間は居ないから。
凄い開放感と、凄い幸福感。
いつもよりちょっと身を寄せて話をしても
喧騒と酒の勢いで誰も気にする人間も居ない。
そんな雰囲気が楽しいな、って言ったら
岬はただ優しく微笑んで俺の袖を掴んだ。
昨夜は楽しかったのに…




雪の齎す冷える空気を遮る様に
深々と布団に身を沈める。

『(暖房…切れてる?)』

まだ半分眠たい瞼を押し上げて辺りを見渡した。
スチームの音もしない、静かなる振動に
時折通り過ぎる車の音。

『(昨日はちゃんとついてたぜ)』

俺の横で岬が小さく身動きした。
寒そうに毛布に包まったまま、その白い頬が
少し赤く染まってる。

優しい視線を投げてから、俺が身をそっと寄せると
淡い茶色の髪から汗に濡れた岬の匂いが柔らかく包む。

『おはよ』

話しかけるとは無しに、言葉が零れ落ちた。
まだ幼さの残る、柔らかそうな頬。
けぶるような眉に、伏せられた長い睫。
つるんと滑らかな鼻を通って、絹の様な唇が開く。

会えない時間に何度心に思い描いて来ただろう。
何度心焦がれて会いたいと願って来たか。

外気は刺す様に寒いのに、俺の心がほんのり温まる。

『(会いたいって望む時間はこんなに長いのに…)』

岬と過ごす時間は飛ぶように過ぎて
その姿を心に留めておくのが精一杯で
次の長い 会いたい って時間に備える。

心の奥に、いつも笑ってる岬が居るように、
その姿を、その声を、その笑顔を
止まる事の無い映写機の様に回し続ける為に。

『(だから今を大事にしよう)』

心の奥に何かが熱くこみ上げて、
思わず近くに動き寄ると、その髪に唇をつけた。


『おはよう、岬…』


しんしんと降り積もる雪の音が辺りに響く。
誰かが遠くでドアを閉めた。

『…』

岬の手がユルと動いて、眠たげに目を擦る。
子供みたいな、無意識の行為。

思わず微笑んだ。


それにしても、寒い。
昨日は常夏みたいに暖房を利かせて
眠りについたハズなのに。

『しょうがないなあ』

このままずっと岬を見ていたいけど
風邪でも引かれたら困る…なんて思いつつ、
かなりの覚悟で腕を伸ばして受話器を掴んだ。

『Entschuldigen Sie mich』

フロントには問い合わせが重なってるんだろう。
あせりながらもウンザリした謝罪の声がした。
例年に無い大雪の為、ボイラーの故障。
あと2時間くらいで直ると言う。

『おはよ…寒いね』

受話器を戻して冷え切った腕を布団に潜り込ませると
岬の小さな声がした。思わず側に寄ってその身を抱き寄せる。

『暖房、ちょっと故障だって…あと2時間くらい』
『故障なら仕方ないよ』

岬が眠たげに俺の鎖骨に頬を寄せた。

『退屈?』
『いや…』

午前中から街を見物しようと思ってたのは確か。
でも、こんな風にただ身を寄せているのも …

『寒いからお布団出れないね』

岬が柔らかな言葉を落とす。
また、胸の中がじんわり熱くなって行く。

『暖房直るまでこうしていよう』

俺の腕の中で、岬がコクンと頷いた。
見下ろすと、幸せそうな岬の顔が見れた。


あと2時間ベットの中にいなきゃならないなんて。
外気とは裏腹に熱くなった心の中が
もっともっと岬を感じたくなって更にギュッと抱き寄せた。

『わか…』

首の後ろを掴んで、柔らかく顔を俺に向ける。
恥ずかしそうに染まった頬、噛み締める唇。
目がせわしく瞬きし、困った様に眉が寄せられる。
岬の拳が俺の胸に当たる。

余りの愛おしさに直ぐに口を付けるのが躊躇われた。
目を閉じて、自分の鼻を岬の鼻に摺り寄せる。
唇で、その頬の熱さを感じてから唇の端を優しく噛んだ。
『んっ…』
一つ漏れた溜息を掬う様に、そっと唇を押し当てる。

長くゆっくりした口付けの後、
そっと離れて岬の顔を見下ろした。

まだ誘うように濡れた唇。
瞼がゆっくり開いて、羞恥に塗れた瞳が俺を見る。

『岬、キスするの、嫌か?』

その困惑した表情に思わず問いかける。
だって
もう何年も一緒に居て、お互いの隅々まで知ってるはずなのに
そんな困惑した表情。

『違うよ』

一瞬俺をジッと見てから岬が目を閉じた。

『は…恥ずかしいから』
『恥ずかしくなんて無いだろ?』

俺の瞳を避けるように、その顔を伏せる。

『若林君がその… …だから恥ずかしいんだよ』
『え?』
『僕達、ずっと一緒に居るのに』

俺は黙って岬を見下ろした。

『まだ会うと胸がドキドキして…』
『何 だから恥ずかしいの?』

岬が俺の胸に顔を埋めた。

『もういい、内緒だよ』
『なんだよ』

俺がその頭にキスを落とすと
岬が小さく呟いた。

『好き、だから、ダヨ』

俺は聞こえないフリをした。
岬が俺を好きだって。

こんなに長く一緒に居て、
こんなに何度も身体を重ねても

まだドキドキするくらい
俺の事が好きだって。



故障した暖房に感謝した。
言葉をくれた岬に感謝した。
岬に出会った事に感謝した。
この腕の中の奇跡に感謝した。
自分が岬を愛してるって確信した。

俺の胸も、負けない程
ドキドキ高鳴っていたから。



今の気温は氷点下以下。
人間って気温が高いほど発情するらしい。

俺の理性は標準には当てはまらないみたいだ。




そんな年明けの朝。



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