瞼に突き刺さる日差しが僕の心を動かしていく。
『まぶし・・・・・』
この何日間に無かった程よく眠っていて
僕はうっすら目を開けた。

鼻腔をくすぐるコーヒーの香り。
(あれ・・・・・?)
僕、どおしちゃったんだろ。
まだ夢の中に居るのかな?

もぞもぞ動いて、肌に掛かるタオルケットの
肌触りにうっとりと感動する。
(多分、朝だよね)
頭は起き掛けているのに、
意識の底が眠りに戻ろうとする。
(確か僕・・・)
昨日若林君と会って・・・


(今日が仲良くしてられる最後の日だ)
無意識に体が起き上がる。
途端にパンの焦げる香りが僕を包んだ。

『なんだよ〜、もう少し寝てろよ!』
ちょっと不満げな若林君が台所に立って
マグカップにコーヒーを注いでた。
『せっかく俺がサービスしようと思ってたのに!』

テーブルの上を見やると、調理された卵、
ソーセージ、無造作なサラダが並ぶ。
ポップアップされたトーストが金色に輝く。

『若林君がこんな事出来るなんて知らなかった』
僕の顔見て ニヤリ と笑う。
『俺だって一人暮らしだからな』

顔を洗って歯を磨いてからテーブルに着く。
いつもと逆の席。
若林君が台所を背にして座る。

『なんか、変な感じ』
僕の目の前のグラスにオレンジジュースを注ぐ。


二人で朝日に照らされて静かな時間が進む。
他愛の無い話。
ちょっと焦げた卵。
瑞々しいレタスの食感。

時折目が合うたび、僕の心がチクンと痛む。
『今日はどういう風の吹き回し?』
食べ終わったお皿を重ねながら僕が問う。
『いっつも岬が俺に何でもしてくれるだろ、
 今日、起きてお前の寝顔見てたら嬉しくなっちゃって
 なんかしてやりたくなったんだ』
照れ臭そうに若林君が笑う。
『たまにはいいだろ?こういうの』
胸が熱くなって言葉に詰まる。
『うん』
若林君の目をまっすぐ見上げる。
『嬉しかった、ありがと』


お皿を洗ってどこかに行こう、と言いつつも
なんとなく部屋でのんびりしてた。
ソファに二人で腰掛けてテレビが音を流す。

『岬、昨日夜中に怖い夢見たって言ったよな』
『うん・・・』

本当は今も怖い夢の中なんだ。
若林君を失わなきゃならないって
いつまでも醒めない夢の中なんだよ。

『どんな夢?』

手を伸ばしても掴めなくて
追いつこうと一生懸命走っても追いつけなくて
立ち止まりたくても立ち止まれない。
声を掛けようとしても声が出なくて
今まであった現実が急激に過去になって
若林君が僕の前から消えちゃうんだ。

『思い出せないや・・・只、怖かった』




そう言って岬が目を閉じる。
いつもと違ってやっぱりちょっと元気が無い?
岬の頭を引き寄せて只近くに岬を感じた。

コイツがどこかに行きそうで、
こんなに近くに居るのに、
凄く遠くに居るみたいに。
ドイツとフランスとかの距離じゃなくて
なんか凄く遠くに居る感じ。
だからもっと岬を引き寄せた。


『ねえ、若林君はどんな大人になりたい?』
急に岬が俺に問いかける。
『どんな大人???』

あんまり考えた事無いなあ・・・
『とりあえず、Gkで世界の頂点に立つ』
岬がクスクス笑う。
『違うよ、どんな人間になりたい?』

どんな人間って・・・
コイツは急に何を言い出す事やら。

『あんまり考えた事は無いけど・・』
岬がじっと俺の言葉に聞き入ってる。
『岬は?』

岬が俺にもたれながら大きく息をつく。
『僕、無意識を意識出来る人間になりたいな』





『色々と自分で考えている時の方が
 物事は実際には進んで行かなくて、
 実際に事が進む時は実は何にも考えてなかったり』

今回の事がそう、僕は若林君と一緒に居る事が
当たり前になっていて、自分の人生の中で
大きなウェイトを占めてたんだ。
だから若林君のご家族の方がどう思ってるかなんて
ちっとも知らなかったんだもん。

『今考えてる事が、 考えてなかった時のハプニングに
 対応出来るような状況を作り出せたら、
 後から振り返っても後悔しなくてすむのに・・・』

何も考えて無かった時に、現状の可能性を考えていたら
何か別の方法を思いついていたかも知れないのに。

『無意識を意識するって事が出来たら成長しそう』

若林君とこんなに悲しい時間を過ごさなくても
僕と若林君はずっと一緒に居られたかも知れないよ。

『後から後悔するのって遅すぎるし、辛いから・・・』

今の僕がそう。

『でもなあ、岬・・・』
若林君が僕をぎゅっと抱きしめる。

『そんなんばっか考えてたらつまんない大人になるよ。
 先のことは予測は付いても断言出来ないし、
 後悔してもその経験が次に対処する材料になるだろ?』

若林君の言葉が耳に落ちる。
『先の事考えられる人間って頭いい感じがするけど
 きっとつまんない人生かもしれないよ。
 ただ何か起きるのを待ってるだけの人間はアホだけど
 何が起きても柔軟に対処する心構えの方が大切だよ』

僕は?
只受け入れて消化しきれないで居る。
先を読むより現状に対処しなくちゃいけないのにね。

『若林君って前向き』
若林君の意見を聞いてちょっとホッとする。
これならきっと大丈夫そう、
僕が明日お別れを告げても、きっと
きっと自分で対処して消化してくれるハズ。
きっといつか思い出に変わっても後悔よりも
何故?って考えてくれそう。

『岬が後ろ向きなんだ』

違うよ。
本当は臆病なんだ。
若林君に嫌われちゃうのが怖いんだ。
若林君のお父さんは僕の事を嫌いになって欲しいと
きっと望んでいると思うけど、
僕は・・・
僕は『若林君の前から居なくなる』って決めたのが
誰に言われたからじゃ無くて、
自分で決めたことって知って欲しいんだ。
本当は違うけど、お別れなんてしたくないけど
若林君がその方が幸せになるって
自分でも考えてそう思ったから。
僕の我侭じゃ無くて自分で決めた事だって
いつか、いつか遠い未来でいいから
若林君に知って欲しいんだ。

僕を抱きしめる腕を僕もギュッと掴む。

でも、若林君ならきっと大丈夫。
僕の事、きっと分かってくれると思う。
目の前の事柄に対処しようって思ってるなら。
きっと気が付いてくれると思うから。

大人になるにつれて責任も増えて
自分の好きなようにだけ振舞っていればいい時代が
だんだん過去になっていって
周りの人間とうまくやっていかなきゃいけないのに
自分の物差し一つでしか判断できなくなって
その尺度を決めるのは自分の経験でしか無いから。
だからきっと若林君は大丈夫。

ト ナ リ 二 イ ル ノ ガ ボ ク デ ナ ク テ モ

若林君は今ときっと変わらない。
どんな事が起こっても 自分 を知ってるから。
決して強いとは言い切れないけど
自分の限界を知っている人だと思うから。

僕が明日サヨナラを言っても
暫くは悩むかも知れないけれど、
心に傷が付いたとしても
前向きに次の自分にそれを生かして行ってくれそう。


僕、若林君を好きで良かった。
本当に、好きになって良かった。


小さい頃からのトラウマに押しつぶされそうになった時も
若林君の笑顔がどんなに僕を救ってくれたか。
若林君が近くにいるから、僕が強くなって行った事、
きっと若林君は全然知らないけど、
本当に知って欲しいことに言葉は要らないから。

自分の中が若林君で一杯になって
繋がらない明日にも希望が見えてきて
一人が寂しいことじゃないって
僕が一人じゃないって 初めて教えてくれた人だから。
心と心が通じ合うのが、こんなに心地よいなんて
僕の知らなかった心の目を開いてくれた人だから。

だから僕も若林君も大丈夫。
僕自身、ちょっと強くなった気がした。



『僕、若林君を好きで良かった』


悲しいとか、寂しいとか、
そんな感情が無くなって行く。
それよりちょっと清々しい気持ち。

僕に回されたこの腕の温もりも
明日にはなくなっちゃうのに
でも、今は近くにあるから。

若林君と僕が愛し合っていたのは
現実でしかなかったから。
目の前の人間を好きになっちゃうと
その人の感情が分からなくてヤキモキするけど
違う次元とかその人と二度と会えないとか
きっとその方が純粋にその人を愛して行けるから。

僕もきっとそうなれるよね。

だって想像の中の若林君はきっといつまでも
僕に笑いかけていて、励まして、
『愛してるよ』って言ってくれるハズだから。


『今日の岬、ちょっと変だぞ』


現実を忘れた僕。
羽をもがれた小鳥。
どちらもイコールで
どちらも悲しかった。

だけど命がある限り
自分の足で立ち上がるし
生きて行こうとするはず。

目の前に有るモノが消え去るのは悲しいけど
それが辛いと泣くよりも
それが無かった状態にもどるだけだと
自分で自覚できるなら、きっといつか
心は平常に戻って行くから。

だから大丈夫。
もう、若林君の前では泣かないで居られそう。



『ちょっと考え事!どこかに行こ!』

着替える為に僕は若林君の腕を解いた。
なんて贅沢。
明日からは決して届かないのに。

ポカンと座ってる若林君の前に立つ。
『お昼、外で食べようね』

少しでも楽しい思い出が出来るように
僕は自分の手を差し出す。
『行こ』

僕の手を、大きくて暖かい手が掴む。

本当はこの手を離したくないのに。
言葉とか建前の心とかとは裏腹に
本当は・・・・・



本当の気持ちは心の奥に
大事に大事に仕舞って
僕は大きな笑顔を浮かべた。



だってあと半日だから・・・
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