『若林君・・・もう、会えないんだ』
突然岬の口から発せられた呪文の様な言葉。
一瞬、若林は唖然として、コーヒーを持つ手が途中で止まる。
『えっ?』
余りに突拍子の無い言葉に耳を疑った。
『会えない?』
いかにも訳が分からないと言う風に、
ゆっくりカップをテーブルに戻す。
『そう、今日で・・・お別れなんだよ。』
岬の俯いた口元から小さく呟きが漏れた。
今、二人はフランスの空港のラウンジに座って
残りわずかな別れを惜しんでいる最中だった。
大きなガラスに平行した、座り心地の良いソファ。
ファーストクラス用の特別ラウンジ。
柔らかな陽光が降り注ぎ、二人を暖かく包み込む。
たった今まで、若林は幸せを噛み締めて並んで座っていたのだ。
『ちょ・・・なんだよ岬。』
手を延ばして細い岬の肩を掴む。
ハッとして顔を上げた岬の頬を、幾く筋もの涙が伝って
太陽に反射する。キラキラと、今も、また一筋・・・
『ごめんね、若林君、僕、君にもう、会えないんだ。』
震える声で訴える岬の手を掴む。
『オイ、どおしたんだよ岬、なんか有ったのか?
もう会えないってどう言う・・・』
言い切らない内に、最終インフォメーションが流れた。
若林が一瞬気を取られた隙に岬が手を振り解いて
テーブルの向こうへまわりこむ。
『僕、若林君が大好きだったの。けど、今は・・・・・
今は・・も・もう違うから、ち・・・違うから、
も・・もう二度と会えないの・・・!』
下唇を噛み締めて若林を見据える。
『ごめん・・・さ・・さよなら!』
泣きじゃくりながら走り出す岬を追いかけようとする若林に
執事の がすがりつく。
『ぼっちゃま、もう飛行機が出ますので・・・』
『は・・離せ!!!』
もう一人の御付きも飛んできて、若林の巨体を押さえつけた。
今にも手を出しそうな若林に が激しく諭す。
『坊ちゃま、飛行機が出ます。今回の日本行き、これ以上は
延ばすことは出来ませんぞ!!!』
そうなのだ。今回は若林家のちょっとしたトラブルで
源三も呼び戻されている最中なのだ。だが、彼の我侭で
2日間岬に会いにフランスに寄ることにしたのだった。
いつもなら飛び出す彼も、家庭の事情の手前、グッと堪えてみる。

(岬、さっきの、なんなんだよ・・・)
ファーストクラスのシートに身を沈め、遠ざかるパリを見下ろす。
(会えないって・・・・・)
岬の言葉が蘇る。
『今はもう違うから・・・』
必死に訴える言葉。
(嫌われた?俺、別れを宣告されたのか?)
余りにも突然で脳が理解を拒否している。
(でも、何で・・・?)
悲しいとかそんな感情すら沸いて来なかった。
ただ、ただ、訳が分からない。
つい、さっきまでは岬にちょっと元気の無いものの、
普通どおりの岬だったのだ。
(普通どおり?)
若林の脳裏がこの二日間を必死に巻き戻していく。


『若林君・・・』
飛び立つ飛行機を眺めて岬少年がまた、呟く。
(胸が痛くて引き裂かれそう。)
涙が後から後から湧き出てきて、止められなかった。
(若林君!!!!!!!!)
胸が痛めば痛むほど、感情が溢れ出だす。
(ちゃんとさよならって言えたかな・・・)
口元から搾り出すような苦悩の声。
いつまでもいつまでも岬の涙は止まることを知らなかった。
『若林・・・くん・・・』
動くことを忘れた岬の足。
動くことすら忘れた岬の感情。

ただ、ただ溢れ落ちる・・・涙。

若林を乗せた飛行機が、夜のしじまに
日本へ向けてはるか彼方に消えていった。
ありきたりのさよなら 序章
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