小鳥の鳴き声で目が覚めた。
窓の外はほんのり明るくて
胸まで下がった毛布を顎まで引き上げた。

靴は脱いでるけど、服はそのまま。
『あれ・・・』
重い頭を左右に振りつつ、
上半身をゆっくり起こす。

僕の部屋の僕のベットだ。
いつの間に???

登りかけの朝日が、
僕の重たい目に突き刺さる。

僕、昨日、執事さんに会って・・・
瞼が重くて、洗面所に向かう。

若林君の事、言われたんだ・・・
水道をひねって冷たい水で顔を洗う。
見上げた鏡から、目の腫れた僕が見返した。
『ブサイク』
もう一人の僕が力無く微笑み返す。

汚れた服が気持ち悪くて、
その場でランドリーに放りこんだ。

シャワーの下で、冷たい水を浴びた。
いくら冷たい水で顔を洗っても
はれぼったい瞼はなかなか引っ込まない。

なんか立ってられなくて、
タブにへたり込んだ。
『若林君・・・』
冷たいシャワーの雨が、僕に突き刺さる。


僕・・・あと一回しか会っちゃいけないんだ
ちゃんと、若林君の事、受け止められるの
あと一回なんだ・・・

また暫く、坪田さんの言葉が蘇る。
昨日より悲しくなかった。
その言葉の意味を、僕自身が理解したから。
昨日までは悲しくて理解するのを拒んでたけど
昨日いっぱい泣いて、その事実が
本当に事実なんだと自分で理解した。

だって・・・
じゃあ僕が『イヤ』と言ったって、
僕等の周りはそれを受け入れるはずが無いから。
なんとしても引き離さそうと、
余計に悲しい結末になっちゃうって
なんとなく分かるから。
僕達はまだ子供で、自分ひとりの力で
全て一人で歩いて行くのは頼りないから。
やろうと思えば出来るかもしれないけど
それを選択するにはまだ現実は厳しいから。

シャワーから出てバスローブに身を包む。
大き目のバスタオルで頭を拭きながら
ダイニングテーブルの傍を過ぎる時
一枚のメモに気が付いた。

『元気出せよ』

見慣れたピエール君の文字で
短いけど心に響く優しい気持ちのメモ。

『あっ・・・』
昨日の出来事が蘇って来た。
あんまり覚えてないけど、
誰が僕をここに連れてきてくれたのか、
何にも聞かずにそっと背中を叩いてくれた事。

(ごめん、もう、泣かないから)
メモに指をはわせながら思う。
(僕、人前では泣かないハズだったのに)
(もう、大丈夫だから)

そう、シャワーの下で考えた。
この週末、僕はきっと言えるから。
僕の我侭で、二人の我侭で
誰も悲しまなくていいように。

僕と若林君で過ごした時間が
夢の中でずっと蘇ってた。
楽しくていとおしくて何にも変えられない
心が安らいだ時間。
この幻がずっと覚めないでくれたらいいのに。

いつまでもこの二人の至福の時が続くって
続かないって・・・考えたことも無くて
ただ二人でいる時間を大事にしていた時、
お互いがただ大事で、二人で紡ぐ時間が
離れている時もずっとお互いを考えて
僕等は少しずつ大人になっていって
いつの間にか心の中にお互いが住んでいて
いつの間にか僕の翼の片方が、自分の背中には
生えていないことを知ってしまったんだ。

そんなに他人の若林君が大事になるなんて
自分でも思ってみなかった・・・けど
もし、二度と会えなくっても
二度と触れ合えなくっても
若林君に対する気持ちは変わらないから。

きっとこの週末、その動作一つ一つが
僕の心にし染み込んで、
動かない映画の様に想い出に変わりそう。
これから先、言葉が交わせなくなっても
ずっと先、別の人生を歩んで行くとしても
ふっと蘇った時に僕は自分にこう言えるから。
『この人が僕のずっと愛してる人なんだよ』
心のフィルムがカラカラ回って
終わりを告げる時が来るまで。
今は考えられないけど、若林君が思い出になるまで。
だから大丈夫。僕、ちゃんと言えそう。

片方の羽がもげ落ちても、
きっとまた生えてくるから。
生活という時間の流れの中で
きっとまた僕は立ち上がって歩いていけるから。
多分、そんなに簡単に人の気持ちは変わらないよ。
会えないなら、逢えない分、きっと
きっと僕の中で若林君が前と変わらない
優しい笑顔でいてくれると思うから。

ただ、その笑顔は思い出の中で
二度と動くことは無いかも知れないけど。

同じサッカーしてれば、きっとまた
どこかでつながって行けるから。
若林君が僕をたとえ恨んだとしても
でも、それが若林君の人生で
若林君の為になるんなら、

僕の心の中の笑顔は動かなくってもいい。




気がつくと力いっぱいメモを握りしめて
立ち尽くしてた。
『時間・・・』
学校に遅れちゃうよ・・・

急いで身支度を始めた。

大丈夫。
僕には僕の日常があって、
若林君には若林君の日常があるから。
僕達の気持ちはちょっと日常を逸していて
違うところに存在してるから。

今まで僕は若林君の腕の中に帰るんだと思ってた。
だけど、僕達には帰るところがあって
そこで自分の気持ちを暖める事が出来る。

僕にとってどんなに大事な事も
胸の中になら閉まっておけるから。
心の扉と同時に部屋のドアにも鍵をかけて
僕は学校へ急いだ


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