朝と同じようなことを幾度と無く考えて
一日の授業がダラダラ進む。
いつに無く授業にも身が入らなくて
窓の外を、青く広がる空ばかり見つめてた。

お昼が来て、午後が過ぎる。
(僕、何してるんだろう)
クラスメイトのざわめきの中、
何にも見てない自分に気がつく。
何にも聞いてない自分に気がつく。

まだ明日もあるのに。
これから若林君に会うのに・・・
いまからこんなんじゃ、
来週の僕はどうなっちゃうんだろう・・・

頭を振って黒板に目を向けた。
先生の書く文字がぼやけて
先生の声が遠くから響く。

若林君と明日会えるよ。
だけど、その後は・・・
僕が言わなくちゃ・・・


『岬・・・』
誰かが僕を揺さぶった。
『岬、どうした?授業終わったよ』
気がつくと、部屋の中には数人残るのみ。
『珍しいね・・・』

お礼を言って飛び出した。
(ダメ、しっかりしなきゃあ・・・)

『ミサキ!』
学校の外でで、また声が掛かった。
って、あれ???
『ピエール君・・・』
僕の足が止まった。
『サッカー行くの、迎えにきたぜ』
(心配してくれてるんだね)
あんなに泣いた事、恥ずかしくなってきた。
広々とした車の中で、僕に話しかける。
昨日の事には一切触れずに、
なんで迎えに来てくれたとか一言も言わない。
ただ、僕に聞いた。
『元気になったか?』
よく分からないけど、僕が答える。
『うん』
ピエール君がにっこり笑った。


いつも通り走って走って、
並み居る強豪をドリブルで抜きさる。
『ミサキ、シュート!』
誰かが叫んで、僕の足が大きく振りかぶった時
GKが真正面に見えた。

若林君・・・

僕の放ったシュートが、キーパーの手をすり抜けて
勢い良くゴールに突き刺さる。

若林君・・・

単なる練習試合のはずなのに、
同じチームのメンバーがわっ!と僕を取り囲む。
僕と言えば・・・泣きそう。
みんなに肩を叩かれながら僕は一人立ち尽くす。

違うんだ・・・
若林君なら、きっと
きっと、止めてる・・・

ボールがまた弾かれても、
僕はうまく動けなかった。
体は動くのに、心が動かない。
必死にボールをキープしてゴールを狙いに行く。
がむしゃらに、半ば必死に。

休憩時間にピエール君が寄ってきた。
何も言わずに僕の頭に手を置いた。
『今日は、帰ろう』
えっ、と顔を上げた僕にまた、呟く。
『今日は、帰ろう』
何も言わずに周りに暇を告げて、
僕の腕を取った。
『なん・・・で?僕・・・』
半ばひきずるように僕をフィールドから連れ出す。
『僕、元気だよ!』
無言で二人の荷物を抱えると
ちょっと怖い顔して振り向いた。
『無理ばっかして・・・』
そのまま、また無言で僕を引っ張る。
暫くそのまま歩いて、立ち止まった。
『なんでそんな無理すんだよ』
『僕・・・』
無理なんてしてないよ!
そう言おうとした僕に畳み掛ける。
『いつもならパス出したり周りを見てるのに
 今日のミサキは全然違ってて・・・』
確かに・・・僕、自分以外、全然見えてなかった。
『全然、オマエらしくないよ』
痛いほど、ピエール君の言葉が胸に刺さる。
だって僕、しっかりしてなくちゃいけないんだ。
日曜日、若林君に言わなくちゃいけないんだ。
昨日いっぱい泣いたから、もう、
泣いちゃいけないんだ。
どんなに心が泣いたって、最後の時が来るから。
だからもう、泣くのやめたんだよ。
だけど、何かしてないと
自分の足では、立ってられなくて・・・

『ごめん・・・』
ピエール君、心配してくれてるのに。
僕、自分勝手でごめんね。
『ごめん』
掴んでた僕の腕を不意に放して
僕の顔を覗き込んだ。
『サボったから、遊ぼう』
え?って驚く僕を促して、午後も遅い町に繰り出す。
アンティークショップのウインドウを覗いて
僕に説明してくれたり、高級店の店先で
店を冷やかしたり、陽が落ちるまでブラブラした。
スタンドでジュースを買う。
一つを僕に手渡した。
僕の家の近く、以前に若林君が迷った公園に歩く。
赤く沈む夕日に、僕等の顔もバラ色に映える。
『やっと笑ったね、ミサキ』
さっきまでの晴れやかな気分が穏やかになった。
『昨日の事は、聞かないから』
ピエール君がまっすぐに沈む夕日を見つめた。
『ミサキが話したくなったら、言ってな』
僕の手が膝の上で握り拳を作る。
言っちゃったら、楽になるのかな?
『ピエール君は・・・』
言いかけた僕に首を向ける。
『お父さんも、お母さんも、好き?』
不思議そうな顔をして答えた。
『うん』
そうだよね、ピエール君のお家って
確か大きくて、すごい立派だって聞いた事あった。
いつも楽しいお家の話をしてくれるもん。
『どうして?』
きっと訳がわかんないよね。
若林君のお父さんも、きっとそう言われたいんだよ。
だって自分の息子に
(あの人は俺とは違うから・・・)
なんて言われたんじゃ、悲しすぎる。
『お父さんの事、尊敬してる?』
ピエール君がまっすぐ僕を見た。
『うん』
そうだよね。僕も父さんの事、尊敬してるもん。
(俺のオヤジは会社と結婚してんだよ)
違うよ、若林君。
それだったら、若林君の事、ドイツなんて、
遠くになんて出さないよ。
きっと若林君の事が大事だから。
自分の息子を尊重してるから。


だから僕にお願いしたんだよ。


『ミサキどうしてそんな事聞くの?』
不思議そうに僕を見つめる瞳に
地平線に消え行く夕日が映った。

今日が終わっちゃう。
そして、明日がやってくる。
来て欲しくないのに、無常にも
明日は僕に追いついて来る。

『ううん・・・』
この太陽が次に顔を出したら
僕は最後の時間を若林君と過ごす。
それはきっと悲しくて寂しい時間になるから
僕は噛み締めて笑ってなくちゃ。
だって、もう、そんな時間は二度と来ないから。
噛み締めて、心に残さなきゃ。

『ミサキ・・・』
急にピエール君が僕に向き直る。
『何か・・何か有ったら俺に言えよな』
その淡い色の瞳が僕を貫いて睫を伏せる。
(知ってるのかも)
僕と、若林君の事。
でも、何も言わないでくれる彼に感謝した。
自分の口から言うには勇気がいって、
嫌われると思った。

『ありがとう・・・』
それ以上、何も言えなかった。

夕日が完全に町に沈む。
後にはただ赤い色が残った。

『頑張れよ』
突然の言葉に驚いて顔を上げる。
(えっ?)
『俺、何もしてやれないけど、ミサキ、
 なんかスゴイ決心した顔してるよ』
途端に恥ずかしくなった。そうかな・・・
『だけど、ミサキが俺に一緒に居て欲しいなら
 俺、一緒に居てやるから。泣きたくなったら
 俺、肩を貸すから。』
一番星が輝いた。
『笑顔を忘れたら、俺が笑わしてあげるから』
手が伸びて、僕の肩に触れた。
『だから、頑張って来いよ』
ポン、と僕を弾いて、立ち上がる。
『明日は来ないんだよな、練習』
コクン、と頷く僕に優しく微笑んだ。
『じゃあ、また月曜日』
何も言わない僕を置いて、そのまま立ち去る。

僕は・・・一番星を見上げてた。
日曜日、なんて言おう・・・
目を閉じて夜風を感じる。

心が最後の時に向かって行く。
僕、このままこの公園に溶けて無くなればいいのに。
そうしたら僕は一生、ここで昇り沈む太陽を眺めて
子供達の笑い声を聞いて、風に吹かれて
ただ、自分をそこに置いて置けるのに。
また、若林君が迷い込んでくるかも知れないよ。

後ろから足音が近づく。
『ミサキ、お前、一生ここに居るの?』
『ピエール君・・・』
『なんか心配で戻って来た』
そう言いながら、僕の腕を掴む。
『家まで送ってやるから・・・』
大丈夫、と言おうとしても、言葉が出ない。
どうやって若林君に別れを告げたらいいんだろう。
『ほら、立って・・・』
夜の帳が僕を包むにつれて心が重く沈みこむ。
ああ、今日が終わっちゃう。
明日が来るよ。
『ミサキ?』
連れ立って歩きながら優しく話しかけてくれた。
『大丈夫だよ、ごめん』
ちょっと我にかえって僕が言う。
そんな僕に小さく笑いかけた。
『大丈夫じゃなさそう』
アパートに入って僕をソファに座らせる。
途端に電話が鳴った。
ハッと僕の顔が上がる。
『ミサキ、電話・・・』

イヤだ、怖いよ。

僕を電話の傍に引っ張って、
手を、離した。
電話台にしがみついて、その受話器を上げる。
『岬?』
ああ、やっぱり・・・
聞きなれた若林君の声が飛び込む。
『うん』
隣でピエール君が僕を支えてくれた。
『明日、六時頃着くから』
いつもと同じ、ワクワクした声で僕に告げる。
『うん、分かった・・・』
『・・・どうかしたか?岬?』
『ううん・・・楽しみにしてるから、
 気を付けて来てね・・・』
やっと、やっとそう言った。
『何かあっただろ?』
ああ、やっぱり若林君には隠し事出来ないね。
『ううん、違うよお・・』
少し沈黙が流れた。
『そんな感じ。俺、勝手にそっち行くから、な?』
『うん、僕、お家で待ってるね』
ちょっと安心した様に若林君が言う。
『じゃ、明日、な?』
『うん、明日ね』
『オヤスミ・・・』

『おやすみなさい』
そう言って暫く受話器を耳に押し付けてた。
それをそっと戻す。
一つ大きくため息をついたとき、
ピエール君に気が付いた。
『ワカバヤシ・・・だろ?』

顔から火が出そう。
そんな僕を無視して続ける。
『お前ら、仲いいよな・・・』
何も言わない僕をもう一度ソファに連れてくと
勝手に電話を手に取った。
『うん、うん、そう、今、ミサキの家・・・
 うん、分かった、じゃあ頼むね・・・』
誰かと話すと、受話器を置いた。
何も言わずにキッチンで何か音がする。
暫くすると、マグを手に戻って来た。
『あと少しで迎えが来るから・・・』
そう言って、ホットミルクを差し出す。
『良く、寝れるよ・・・』
それ以上何も言わずに僕の隣に腰を降ろす。
『さっき言った事、覚えてる?』
マグを両手に抱えて吹き冷ます僕に問いかける。
『何か有ったら、俺に言ってな』
僕の動きが止まる。
『泣きたくなったら、傍にいるから』
恥ずかしくて、ホットミルクを一口飲んだ。
(多分、絶対、気がついてるよね)
さっきの電話。
日本語が分からなくても、きっと
僕が動揺してるのはわかっちゃったハズ。

『ミサキ・・・』
ピエール君が僕に呼びかけた時、
窓の外で短くクラクションが鳴った。

『じゃ、月曜日・・・』
立ち上がったピエール君の姿に
思わず手が伸びて、上着の裾を掴んだ。
『・・・MERCI』
小さく呟いた言葉。

僕の手を軽く握って・・・
無言で部屋を出て行った。

走り去る車の音の後には、ただ沈黙が流れた。
あと数十時間で、若林君が来る。
僕の人生の中で、ほんの一瞬。
でも、人生の中で大きく深い一瞬。

明日、目が覚めたら、
僕は違う自分を演じなくちゃいけない。
若林君に二度と会わないからって
伝えなくちゃ。

なんて言おう。
ミルクを飲み干して、ベットに足が向かう。
汚れた服を脱ぎ捨てた。
ああ、シャワー浴びなくちゃ。
そんな事を考えつつ、枕に頭をつける。
ちょっとだけ、ちょっとだけ横になりたい。

電話越しの若林君の声。
僕の異変に気がついて、ちょっと疑ってた。

だめだよ、そんなの、
ちゃんと言わなきゃ。
誰かに言わされるんじゃなくて
自分からお別れ告げなくちゃ。
気がつかれちゃ、ダメだよ。

シャワー浴びなきゃいけないのに
心が痛んで、瞼が重くのしかかる。

明日目を開けたら、始まってるんだ。
明日、若林君に会えるんだ。

ちゃんと最後、言わなくちゃ。

もう、二度と彼氏としては会えないんだ。

ちゃんと言わなくちゃ。

その笑顔、心に焼付けて置こう。
二度と触れ合う事もないんだ。
額にかかる髪を梳く事も
腕に抱かれることも、
大きな手で僕の頬を包むことも
すぐ真近で微笑む顔を見ることも

(ちゃんと言わなくちゃ)

腕を広げて、僕を包みこむ。
生まれて初めて、人が恋しいと思った。
この腕に抱かれてたら、僕は
自分に帰れると思った。
安心して、寄りかかる。
僕を大きく包んで、決して無くならない。

若林君が好き。
若林君だけ、好き。

(だからちゃんと言わなくちゃ)

意識のどこかが起きてるけど、
僕は若林君の広げてる腕の中に
誘われるままに落ちて行った。

明日、ちゃんと・・・

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