その日の練習は本当にハードで、
いつもはタフガイを気取ってる俺も
家についてほっと息をついた。

熱いシャワーの下で本日の反省。
緊張していた筋肉が徐々にほぐれる。

ふいに鳴った電話の音に気づいて
慌てて蛇口をひねる。

『源三坊ちゃまで・・・』
あいかわらずな坪田の声。
こいつだけだ、未だに坊ちゃまなんて呼ぶの・・・
『ああ』
『お疲れの所申し訳ありませんが
 週末、フランスから直接日本にお帰り頂く様
 ご主人様からご連絡がありました』
『直接?』
『はい。私も日曜に空港のラウンジで
 坊ちゃまの事をお待ちしておりますので・・・』
なんか嫌な予感がした。
普段こんな事は無いのに・・・
『なんでだよ、何かあったのか?』
『はい、実は・・・』
神妙な口調で役員が倒れたこと、
俺も会議に出席しなくちゃならない事を
トクトクと説明された。
『あー、もう分かったから・・・』
ちょっと、面倒くさい。
『分かった、分かったから・・・
 俺も日本行きの支度してフランス行くよ
 フライトの時間は?』
坪田が言う時間と便名を書き取って
受話器を置く。
しばらく置いた受話器を見つめてた。
(これ、岬に言ったほうがいいかな・・・?)
(でも、別にいっか・・・)
一瞬のためらいを振り切ってソファに身を置く。
(に、しても親父、今度は何考えてるんだか・・・)




受話器を置いて、坪田は息を整えた。
(坊ちゃまへのご連絡は済んだ・・・後は・・・)
興信所で調べたフランスのNO.を見つめる。
(私は坊ちゃまを裏切るのだろうか?)
(でも、ご主人様の言う通り、コレが坊ちゃまの
 今後の為になるなら・・・)
大きく息を吸って、番号を押し始める。
(私は仕える身分で私情を挟む余地はない)
呼び出し音が鳴り始める。



その時不意に電話が鳴った。
『ピエール、僕ね・・・』
ピエールが冷たく言い放つ。
『電話、鳴ってるよ』
そのままソファに腰を降ろす彼を見ながら
受話器に手を伸ばした。
(誰だろう?)
おそるおそる持ち上げる。
(若林君???)
『アロウ』
そう言い掛けて相手が違うと悟った。
『岬さんのお宅でいらっしゃいますね』
『は・・・はい』
僕も急いで日本語の頭に切り替える。
『突然で申し訳御座いません。
 私、若林家に従事する坪田、と申します』
あ、若林君の執事さんだ・・・
すぐにいつも送り迎えしてた人の顔が浮かぶ。
『あの・・・』
でも、でもなんで???
なんでウチの番号知ってるの?
『驚かれていらっしゃるかと思いますが
 本日は少々お話がありまして・・・』
とっさに若林君の顔が浮かんだ。
『わ、若林君に何かあったのですか?』
まさか事故とか???
一瞬、向こうがためらうのが感じられた。
『いえ、その様な事では御座いません・・・』
コホン、と咳払いが一つ聞こえる。
『突然にお電話致しまして大変恐縮なのですが
 本日はお願いが御座いましてお電話いたしました』
『お願い???』
『はい。岬さんと坊ちゃまが大変仲が良く
 友情を暖められていらっしゃると思うのですが
 ご主人様、つまり坊ちゃまのお父様が懸念されて
 いらっしゃいます。ご主人様は岬さんをご存じないので』
そこでちょっと言葉が切れた。
『出来ましたら私と一度、お話して頂けないかと・・・』
若林君のお父さんが僕達を心配してるって事?
『あの、僕・・・』
意味も分からないし突然の出来事で
頭がパニックし始める。
『突然この様な事を申し上げる失礼は重々承知です。
 坊ちゃまが岬さんと仲良くされてから殆ど
 日本に戻られてません。いつも
 フランスに行かれますので。ご主人様もきっと
 その辺りがお寂しいのと、坊ちゃまの近くにいらっしゃる
 お友達の事がお知りになりたいだけだと・・・』
この人の意図が見えない。
『坊ちゃまの性格上、ご主人様がお尋ねになっても
 返答なさらないので。今回私に依頼が来たのです』
なんとなく躊躇いがちな口調から
彼も本当は望んでないのかも、と思う。
『宜しければ私、そちらに伺いますので
 少しだけでもお時間頂けないでしょうか?』
横目でピエールを見た。
怖い顔して僕をにらむ。
そんな突然に言われても・・・どうしよう・・・
『じゃあ、水曜日の午後とか・・・』
早く電話を切りたくて、考えなしに呟いた。
受話器の向こうで執事さんがホッとしたのが
わかる。これで良かったのかな・・・?
『では午後の5時頃で宜しいですか?
 コンコルド広場の噴水の前でお待ちしております』
半分うわの空で僕が答える。
『はい』
『ありがとう御座います。ただしご主人様も
 坊ちゃまに知られるのを大変気にしておられます。
 どうかしばらくは坊ちゃまの耳に入れないで下さいね』
『分かりました』
若林君が知ったら怒るよね・・・
僕にもそれは察しがついた。
『言わないでおきます』
『では水曜の午後にお待ちしております』
彼はあっさり電話を切った。
これって本当かな?



今置いた受話器をじっと見つめる。
あの岬と言う少年は、驚いた事に
まず、坊ちゃまの身を案じてくれた。
私も彼も、坊ちゃまを思う気持ちは一緒。
だが、もう始まってしまったんだ。
胸に詰まる想いを押し込んで
ご主人様に報告するべく、

再度受話器を上げた。




                   
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