『岬!』

どこをどうやって歩いてきたか
僕の記憶が抜け落ちてる。
気が付けば家の近くの店先で
走ってきたピエール君に肩を掴まれた。

『あ・・・』
『凄く心配したんだぞ!どこ行って・・・』

肩にかかる指に力がこもって
僕の体が大きく揺れた。
言葉を切って僕の顔を覗き込む。
『岬・・泣いてるの?』

顔を見られたくなくて彼の体を
のけようとするけど、手に力が入らない。
涙と共に、全てが流れてしまった様に。

僕の手を掴んで、優しく引き寄せる。

『岬、もう、大丈夫だから』

肩に手を回して、よろけてる僕を支えると
そのまま並んで家の方へ歩き出す。

『今日、練習来なかったから具合悪いのかなと
 思って、何度か電話しても出ないから
 ちょっと心配で・・・』

ピエール君の声が響く。
ちょっと遠くから聞こえる様な
現実じゃない僕の心の外側で。

心の中でまだ坪田さんの言葉が響く。l
若林君・・・

『家も明かりも点いてないし、ちょっと外で
 待ってたんだけど、全然帰って来ないから』

アパートの階段でもう一度僕を支えなおした。

『階段、登れる?』

頭で理解していても、体が動いてくれない。
涙が止まっても、心の傷から溢れ出す。

そんな放心した僕をひとしきり見つめると
大きくため息をついて、僕を胸に抱え上げた。

僕の手が彼のシャツを掴む。

なんとか鍵を開けて、暗い室内へ。
僕の寝室へ入ると、そっとベットに座らせてくれた。

『岬、どうしたの?』
ピエール君が優しく僕の肩を何度も叩く。

その優しさに、また涙が溢れて来た。

どおして僕は若林君と一緒に居られないの?
どおして僕はサヨナラを言わなきゃいけないの?

噛み締めた唇から嗚咽が漏れて涙が落ちた。

だけど皆の気持ちが真剣で
ぼくはそれを理解しなきゃ。

助けて。

若林君、
心が、
痛いよ。

助けて。

周りが暗くなってまた
坪田さんの声が響く。

エンドレスのテープみたいに
また始めから再生が始まった。

『岬さんから別れを告げて下さい・・・』

僕の目をじっと見つめて彼が言う。

『岬さんから別れを告げて下さい・・・』

『岬さんから別れを告げて下さい・・・』

いつまでもいつまでも頭の中にこだまする。



『僕が・・・僕がちゃんと言います』



片方の翼が
折れた。

僕の中の半身がもぎ取られて
誰かが心をかき回す。


若林、くん・・・
心が、痛いよ。




しばらく震える体を抱きしめて
俺の腕の中で岬は眠りに落ちた。
切なくて苦しい表情で涙で頬を濡らしながら。
『岬?』
そっとベットに横たわらせて
岬の靴と上着を取ってやる。

その体が小さく丸まった。
子供の頃、お腹が痛いとか、そんなんで
自分で自分を守るように、
岬の体が小さく小さく丸くなる。

『風邪引くよ』

オヤジさんの部屋から毛布を取って
岬の体にかけてやる。
しばらくふちに座ってじっと見つめた。

昔、聞いたことがある。
人間の自己防衛本能で、痛いときは眠くなるらしい。
痛さを自己の意識下に置くことによって
痛みを感じなくて済むからだ。
だから事故で傷ついた人間に
救急隊員は必死に話しかけるんだって。

岬も同じ。
俺が話しかけても全然気づいた様子も無かった。
何があったかなんて分からないけど
岬の心の中できっと今も
傷口から血が流れてるんだろう。

毛布を肩まで引き上げてやる。
その小さな手を握った。
力なく、でも、微かに優しく握り返す。
『元気、出せよ』

俺は何もしてやれないかも知れないけど
こうやって傍に居て、励ましてやるから。
だから、早く元気になってくれよ。

俺がそっと手を離すとき、
岬が小さく呟いた。

『若林君・・・』

ほんの一瞬の、ほんの小さな呟き。

俺の中で何かが、はじけた。


やっぱり。


ベット脇の幾枚もの写真。
一番隅のアイツと岬の写真。

岬、こんなに笑顔を見せてるのに。
俺達といるよりずっと安心した顔してるのに。
こんな顔させといて・・・



俺の手が、その写真を伏せた。






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