初めて会ったとき
なんて小柄なんだ!と驚いた。
一緒にサッカーやるなんて信じられなかった。
濃い茶色の髪の毛と
東洋人らしからぬ大きな目で俺を見上げる。
『僕、岬 太郎。宜しくね』
そのたどたどしいフランス語で
俺に手を差し出した。
始めはちょとムカついた。

俺達のサッカーは子供の遊びじゃないんだ。

そんな思いが胸をよぎる。
『エル、あいつすごいぞ』
チームメイトの言葉も耳に入らず
凄いもんか、と勝手に決め付ける。

だけど・・・

練習が始まって驚いた。
その小さな体からは想像も出来ないほど
パワフルな動き。
巧みにボールを操ってチームメイトを
どんどんかわして行く。

『なん・・だ、あいつ・・・』

練習の後、
驚いて口も利けない俺の前に
岬がやってきて微笑んだ。

『ピエール君、やっぱりすごいね』

違うよ、凄いのはオマエだよ。



その日から、俺はこの東洋の少年に夢中になった。
殆ど持てる時間の全てを
この新しい友達に使った。

周りの仲間は驚いていたけど、
俺にとっては新鮮で、一緒に居て楽しかった。
だって周りの誰よりもサッカーが上手くて
気ィ使いで、からかいがいがあって
優しくて、ちょっと寂しげで、頑張りやで
俺にとって、弟みたいに感じてた。

茶色い目の東洋の少年。

いつの間にか俺の中で大きなウエイトをしめて
何をするにも一緒にやりたがった。

でも、時折、岬の日本のトモダチが訪れる。
俺もその名くらいは知ってた。
日本の天才キーパー、ワカバヤシだ。

ワカバヤシがフランスに来る時、
岬は最高に嬉しそうに笑う。
時折岬がドイツに行く。

そんなに仲がいいのかな、と
俺の中で疑問が浮上する。

普段、一緒に居る俺より仲がいいのかな。
なんだか、胸の辺りがモヤモヤする。

『エル、今日も遅いの?』
母さんが心配そうに俺をみやる。
『ううん、早く帰るよ』
そう、と笑って俺を見送ってくれた。

岬の小さなアパートの前に立つ。
俺の家からは想像もつかない
フランス郊外の小さな住宅街。

『岬、迎えにきたぜ』
勝手知ったる他人の家。
中に入って岬を呼ぶ。
『もうちょっとだけ・・』
洗面所から濡れた頭の岬が覗く。

今日もオヤジさんの姿は無い。
『早くしろよ、ばーか!』

いつの間にか俺の中の日常が決まった。
ミサキと一緒に居る事。
殆ど、おれが何やかや、構ってるんだけど。

『お待たせ、ごめんね』
でも、ミサキが俺にむける笑顔が
俺にとって、居心地のいい場所なんだ。

『ミサキ』
なんか、こいつと居ると安心して
俺の心が満ちてくるんだ。



岬の涙にくれた顔。
小さく呟いたアイツの名前。

本当は、気づいてるんだ。
岬の心に住み着いてる、
アイツの存在に。
岬の笑顔の根源が、
アイツだって事くらい。

気がついてるんだ・・・




『坊ちゃま、週末の件で・・・』
坪田が俺に電話をよこした。
今日は練習も早く引けて、夕方から
自分の時間が持てた。久しぶりに。

『いてっ!!!』
週末から留守にするから、
俺にしては珍しく、掃除なんか始めてみた。
普段から余り部屋にもいないから
大して散らかってるわけじゃないけど。
掃除機をかけて、思いっきり棚にぶつけた。
ぶつけた拍子に写真が落ちて
岬と写ってる額のガラスが割れる。
ガラスを拾おうとして、小さな破片が
俺の人差し指に食い込む。
『いってぇ・・・』
ガラスを抜いて、面倒くさいから
掃除機であらかた吸い取る。
流れ出る血を抑えるため、口の中に
指をくわえた。血の味が口いっぱい広がる。
『もう、気をつけなきゃダメだよ!!』
岬の怒った声が聞こえてきそうだ。
岬。
元気にしてるかな。
早く時間が過ぎて週末にならないかな。
思いのほか楽しみにしてる自分に気づく。

『だって、会いたいよ』

割れた額を取り除いて
岬と俺の写真を壁に貼り付けた。

『早く会いたいな』

写真の中で笑いかける岬に俺が呟く。
今日は水曜日。

『あさって、会えるな』

岬は写真の中で、静かに俺に微笑み続けた。
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