BEAUTIFUL RAINDORPS







『なあ、岬、もういいだろ?』

俺はビデオのリモコンを取って
映し出された試合をプチッと消した。

『え〜っ・・・』

ちょっと不満げな顔で俺を見上げる。

『ビデオの中の若林君、格好いいのに』






岬の夏休み。
俺も日本の実家に戻ってた。
って言っても殆どの時間を
岬と過ごしてたけど。

もう8月だってのに
日本には冷たい雨が降り続いてて
梅雨とやらの明ける気配が無い。




岬と会う時はいつも・・
そう、
陽光輝く青い空の下って
勝手に決めてたから。

『今日は雨だから』
何しよう。。。








土砂降りの雨の中、
岬の家で、先日行われた
俺の試合のビデオを見てた。

『やっぱりプロって違うよね』

真剣に見入る岬の横顔を見て思う。
『(なんか、違う。。。)』

そう、俺の思い描いてたのと
ホンのちょっと違うんだ。


外が雨だから?
岬が側に居るのに?




『ビデオ、もういい』

不意に窓辺に寄って
灰色の外を眺めた。

夏の初めの雨は
容赦なく辺り一面に降り注いで
所構わず憂鬱な影を撒き散らす。



そんな俺の腕にそっと
岬の手が伸びた。


『若林君、出かけよう』








傘を持って岬の家を出た。

『(結構降ってるじゃん・・・)』



どこへ行くとも告げられないまま、
ちょっと仏頂面の俺が岬の青い傘を追う。

















『若林君、見て』

岬がツと走り出して
大きな花壇の前にしゃがみこむ。

『ホラ、これ、
 クサキョウチクトウって言うんだよ』

岬の白い指が、
その小さな桃色の襞に触れ、
細かな雨が地面に落ちる。

『キレイだね』

降り注ぐ梅雨の雨の中
岬の笑顔が俺の目の前で花開いた。






雨の中、植物園かよ














『若林君』

俺の沈んだ気分に反して
岬の明るい笑顔。

『ここの植物園、結構いいんだよ』

イギリス調に整えられた
緑豊かな植物園の中を
傘をさしたままゆっくり歩く。

7月に咲いている花は数が少なくて
岬が時折歩を止めて
俺に花の名前やら何やら
色々と呟いて行く。











『疲れた?』

さして大きくは無い植物園の中を
アノ道、コノ道と歩いてから
まだちょっと不貞腐れ気味の俺に声を掛けた。



『いや・・・』

なんか見透かされたみたいで
ちょっと気恥ずかしい・・・





小高い所の
丸い小さな東屋。
今は咲いてないけど、
その時期が来たら満開になるであろう
バラの蔦が絡まる白い空間。

俺たちは傘を畳んで
中に座って息をついた。




空はどんより灰色に立ち込めて
雨の落ちる音が外界を遮断する。

零れ落ちた水滴が
雲の隙間から地面に落ちる。








その繰り返し














『若林君、怒ってる?』

岬がコクンと首を傾げた。。。





『(この感覚)』
俺の中の何かがハッとする。

なんて言っていいか分からないけど、
何かが心の憐憫に触れた・・・


いつもは俺が岬の事見守ってるのに
今日はなんだか岬に包まれてる気分。



岬の首を傾げる姿が
俺の心に光を投げかける。


『怒っては無いけど・・・』




心の中のモヤモヤをうまく言えなくて
ただ肩をすくめる俺に岬が笑い掛ける。










『ビデオの中の若林君・・・
 格好良くてビックリした』


岬が笑いながら大きく息を吐き出す。



『僕なんかと違う所にいて
 全然違う人に見えたよ』





一羽の鳥が小さく鳴いた。




全てを掻き消す雨音が
俺たちの周りに反響して
灰色のベールを投げかける。


『若林君が活躍する度に
 どんどん僕から遠くなっちゃって
 普段一緒に歩いてても
 誰もが若林君に気が付いて

 どんどん僕の居場所が無くなっちゃうって
 本当は思ってたから・・・』



雨音は激しくて
それでも沈黙は深くなって行く。



『こんな天気だけど
 大きな空の下で、ちょっとの間でもいいから

 若林君と一緒に
 同じ空気を吸いたかったんだ』





『岬・・・』





『どんな朝に起きても
 どんな天気の日にも
 僕は絶対空の下にいて
 朝一番に大きく息を吸い込んで
 地面に立って歩くけど

 若林君と一緒の時には
 そんな当たり前の事ですら
 中々一緒に出来ないんだもん』










俺の手が岬の手を掴む。










岬が普通の高校生活を送ってる時
俺は徐々に有名になっていて

確かに日本では息つける場所が殆ど無い。






『感謝』







岬の指先から
じんわり伝わる体温から
岬のキモチが伝わってくる。






『ごめん』






朝起きて大気に触れて
夜、陽が沈んで
星々が天空を飾っていく

そんな普遍の中に
岬が溶け込んでいる事を
俺自身が忘れてるなんて。








『靴、汚れちゃったね』










岬がまた首をコクンと傾げる。










俺の大好きなヤツの癖。











そう。
多分、俺、忘れてたかも知れない。

コンクリートに覆われたこの街の中でも
靴を覆うのは何故か砂埃で

どんなに着飾っていても
人間には 心 ってモノがあって


どんな秤に乗せても
どんなに外見が良くっても

本当の答えは一つしか無いから。







『植物園、万歳』










辺り一面
匂い立つ緑と
灰色の雨が映し出す

俺と岬以外の
他の誰をも締め出した

この空間に 感謝。





『わかっ・・・』










岬にそっとKISSをした。









さっきまで激しく打ち付ける夏の雨。

今では優しいとさえ感じてた。
























『(試合中の俺、本当に格好いいのかな?)』
もう一度ビデオの電源を入れる。


岬の家に戻ってから
順番にシャワーを使う。


『(でも岬、さっき言ってたよな・・)』




確かに。
試合中の俺は精悍に見えた。




















『若林君、何見てるの?』

匂い立つ様な
しなやかな動作でリモコンを奪う。





プツ。





『なんだよ、さっき言ってただろ』

ちょっとムクれた俺に岬が笑い掛けた。











『ビデオの中の若林君より
 本物の方がいいもん』













灰色の雨が
優しく 優しく 打ち付ける。


その雨音は
どんな旋律よりも 

甘くせつなく俺の胸に響く。














明日はきっと晴れ。


だって 俺、

岬と会う時はいつも・・
そう、
陽光輝く青い空の下って
勝手に決めてるから。












夏の雨が
そっと俺たちに降り注いだ。


















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