FRIENDS


春麗らかな日差しの下で僕らは走った。
飛び散る汗、激しく胸打つ鼓動、
ぶつかり合う激情が時の経つのも忘れさせる。
僕は今、サッカーを通じて知り合った仲間と
お互いを高めあうためにここにいる。

僕らはサッカー協会の強化合宿に参加していて
一週間のプログラムがきっちり組まれていた。
練習はとてもとてもハードだったけど、
久々に集う仲間たちに刺激されて
僕の中の闘志に火がつく。

今日で3日目・・・
もう、一週間はいたような気がするよ・・・

『はあ・・はあ。岬君、やっぱり君と組むのが一番!』
10分の休憩で翼君が僕の隣に倒れこむ。
『楽しいね・・・』
晴れやかな翼君の笑顔。
こんなにきつい練習でも楽しく感じてる。
『うん、僕も・・楽しい』
切れ切れの息で僕も笑顔を返した。
『ずっと一緒じゃないのに僕たち息がピッタシ!』
『ほんとだね、翼君』

空は青くどこまでも澄み渡って
細く薄い雲が長くたなびく。

(今日から若林君も参加するんだ・・・)
なんとなく照れくさくなって肩をすくめた。
(でも、みんなと一緒だと会いづらいな)

だって・・・
誰も僕と若林君の事、知らないんだもん。
僕たち、二人の時はいっつも一緒にいて
仲良しだけど、合宿の時は違う。
暗黙の了解。
若林君はみんなの厳しいまとめ役で、
いつもたいてい途中参加する。
忙しいスケージュールを縫って・・・って奴。
時折、僕と翼君の部屋でみんなが寝ちゃったり
よっぽどのことが無い限り、お互い
あんまり口もきかなかった。

フラッと松山君が寄ってきた。
『なあ、岬、次のパス練習、一緒に組もうぜ』
『ダメ!』
翼君が間に入る。
『うるさいよ、お前ら合宿中、
 いつも一緒にいるんだからたまにはいいだろ』
『だめったら、ダメ!』
翼君と松山君が楽しそうにじゃれあう。
僕も顔は笑ってるけど、目は外の駐車場に釘付け。
(いつ、くるのかな・・・)
車の入ってくる気配は無い。
(早く顔、見たいのに・・・)

『休憩終了!ほら、そこふざけないで』
もう一人のまとめ役、三杉君が割ってはいる。
『な、岬、やろうぜ』
晴れやかな松山君の笑顔。
『岬君、僕と・・・』
翼君が言い終わらないうちに
三杉君の鋭い一言。
『じゃあ、翼と松山、お前らペアね』
『え゛え゛〜っ!!!』
『はいはい、後は適当に組んで』
松山君も翼君もぶちぶち言いながら
練習を始める。
僕は・・・と首をめぐらせた。
『おい、岬』
叱り付けるような、精悍な声。
『来いよ』

小次郎だぁ!

『うん、よろしく』
小次郎と組むのも久しぶりで楽しい。
しばらく若林君の事も忘れて
練習に勤しむ。
『ほら、岬、こっち』
僕が小次郎の蹴ったボールを追いすがった時、
黒い車が滑り込む。
(あ・・・)
黒いジャージに真っ赤な帽子スタイルの
若林君が勢い良く開いたドアから降り立った。
(若林君・・・)
僕の両足が大地を捉える。
ボールは僕の頭上を越えて転がって行く。
彼の黒いサングラスからは視線の先はわからない。
(久しぶり・・・)

『・・・っておい、岬』
突然に腕を捕まれてわれに帰る・・・
あ・・・小次郎・・・
『何ボーッとしてんだよ!』
『あ・・ご・・ごめん』
胸がドキドキして止まらない。
なんか悪いことを見つかった子供みたいに
僕の頬がカァーと上気してくる。
『お、若林じゃん』
小次郎が視線を投げた。
ゆっくりふりむいて
しばらくじっと僕を見つめる。
『へえー。』
急ににやけ顔。
『な・・・何???』
小次郎の意味ありげな顔に
ますます顔が熱くなる。
『ふーん、岬・・・』
『な・・なんだよ、小次郎・・』
僕をつかんだ腕に力が入る。
『そっかぁ・・・』
『痛いよ、小次郎、はなしてよ』
小次郎はニカッっと笑うと手を離した。
『成る程な・・・』
もう、ついてけない!
『練習、しよ?』
僕が懸命に問いかける。
『岬と、若林!』
『えっ?』
一瞬、耳からカーッと血が上って
心臓が飛び跳ねた。
『練習再開!』
僕の肩をポンっと叩いて
小次郎は転がったボールに向かって
スタスタ歩み去る。
(えっ、小次郎、気づいちゃった???)
嘘・・・・
頬が上気して不安いっぱいの僕を残して
何事も無かった様に走り出す。

結局その日は若林君は練習に参加せず
僕らは走りに走って
沈む夕日を眺めてた。
帰り際、不安一杯の僕に小次郎が気づく。
『誰にも言わねえから安心しな』
一言すれ違いざまに残して
チームの中に紛れ込んだ。
(どおしよう)
そんな僕の心配をよそに
小次郎は若島津くんと共に宿舎に消える。
(気づかれちゃった???)
遠くでカラスが鳴いている。


シャワーの後の夕飯時。
いつもの様に翼君の隣に座る。
チームの中での指定席。

みんなでわいわいご飯食べてると
三杉君が部屋に入って来た。
『みんな、ちょっといいかい?』
その後ろには・・・若林君。
『今日から参加の若林君の到着だ』
少し俯き加減の彼が顔を上げる。
『みんな、久しぶり』
誰かれなくちょっと緊張。
『さっき、練習見せてもらった。だが・・
 遊びに来たのとは違う、これは強化合宿だ』
若林君が一人一人の顔を見渡して・・・
僕の前を過ぎる・・・
『残り実質3日間、ビシビシいくから覚悟してな』
ええ〜・・・石崎君が思いっきり反論の声を上げる。
隣の来生君が小さく小突いた。
『特に、石崎!』
『やっぱりなあ〜!』
みんながちょっと和んで、彼らも席に着く。
僕より3つ向こうの向かい側。
テーブルの端に三杉君と向かい合って
なにやら話す若林君。
翼君と松山君にワイワイされながら
どおしても視線がそちらにさ迷う。
(ダメ!!!)
自分で自分を叱咤。
(でも、元気そうでよかった)
僕が何気なく左に目を向けると
小次郎と目があった。
また、一瞬心臓が飛び跳ねる。
小次郎がにやりと笑った。
(やっぱ、気づいてるよねえ・・・)

『岬君、部屋、戻ろうよ』
翼君が僕の手を取る。
『う・・うん』
自分のトレイを持って翼君の後から席を立つ。
『おーい、翼、岬、すぐ行くから!』
石崎君が勢い良く声を掛ける。
『俺も』
『俺も!!』
松山君やら来生君やら井沢君が盛り上がる。
『うん、待ってるね』
僕と翼君が若林君の傍を通り過ぎるとき
若林君が声を掛ける。
『翼、岬、久しぶり』
翼君は何やかやと雑談を交わす。
僕は順番を待ってるみたいに傍に立ち尽くした。
『久しぶり』
やっと交わせた短い言葉。
『おう』
若林君も照れくさいのかな、
なんかお互い今回は妙に意識しちゃって
普通に出来ない。
違う、僕が。
小次郎に気づかれちゃったから・・・
『僕、先に行くね・・・』
『待ってよ岬君、じゃあ、若林君!』
翼君が僕に追いつく。
『どおしたの、具合悪いの?』
『え?』
『だって、夕飯もあんまり食べて無かったよ』
さすが翼君、僕のゴールデンコンビ。
ちゃんと見てたんだ。
『ううん、何でも。ちょっと疲れたかな?』
『明日からはもっとハードだよ、
 若林君がきたもん!今日は早く寝る?』
『ううん、大丈夫』
二階の僕らの部屋に着くや否や
みんなが枕を持って押しかけた。
手にはおやつやジュースも持って。

『あれ、石崎君は?』
なんか静か。と思ってたら石崎君がいない。
『なんだかんだ若林に絡んでたぜ』
滝君が答える。
(そっか、僕、意識しすぎだよね)
雑談の波が僕らを襲う。
『いっやあ、ごめんごめん!』
石崎君がニカニカ笑って入って来た。
『若林の近況聞いてて遅くなった!』
またもや取り留めの無い話が続く。

そんな中、不意に井沢君が口を切る。
『そういえば、若林ってお見合いしたらしいじゃん!』
(えっ???)
『あいつ、まだ若いのに大変だよね』
『財閥だもんな〜』
『相手は誰?やっぱ金持ち?』
『俺たちまだ子供と思ってたけど
 奴は違うよなあ〜!!!』
みんなが口々に感想を述べ立てる。
(お、お見合い?)
僕だけが口も利けずに釘付けになる。
『なんでもどっかの資産家のお嬢さんで
 もちろん今すぐじゃないけど、
 顔合わせって奴?母さんが言ってたから
 ほんとかどうかは分かんないけどさ!』
(う・・うそ)
『やっぱ金持ちはちがうよな〜!』
(僕、そんなの聞いてないよ・・・)
『あいつ、将来決まってるもん』
(いつ、いつ?もう終わってるんだよね?
 誰と?その人と若林君、結婚するの?)
僕の頭の中をグルグル、グルグル思考が回る。
誰かが心臓をわし掴みにして離してくれない。
(なんでそんな重大な事僕に言わないの?)
みんなの声が遠ざかる。
(重大だから言えないの?)
切なくなって涙を堪えた。

『岬くん?岬君ってば・・・』
隣の翼君が僕を揺さぶる。
ハッとわれに返った。
『ぼ・・・僕・・・』
『眠くなっちゃった?』
翼君は僕に優しい。
『うん、でも、ちょっと・・トイレ』
よろよろ立ち上がり、みんなの輪をまたぐ。
『大丈夫?』
翼君の声が後ろからかかるけど、
僕は飛び出して、階段を駆け下りた。
ホールを抜けて食堂の前を過ぎ、
角のお風呂場の前を抜けると、またいくつか
部屋が並ぶ。
三杉君と若林君とスタッフの部屋だ。
三杉君と若林君はそれぞれ個室をもらってて
それでたまに僕もお邪魔してる。

若林 源三

そう書かれた部屋の前で立ちすくむ。
(聞きたい。)
(でも、聞いてどおするの?)
(もし、ホントって言われたら?)
いろんなパターンが頭をグルグル回って
ノックする手がためらって・・・落ちた。
(もう、要らないよ、って言われたら?)
胸が苦しくなってもどかしくなって
でも僕の瞳は扉に釘付けで・・・

『おい、何してるんだ?』
ぎょっとして髪の毛まで逆立つ!
角から湯気を上げた小次郎が覗いてる。
『あ・・』
内心、恥ずかしいのと静かにして欲しくて
僕があわてて小次郎に近寄る。
『お、岬、だいたーん!』
『もお、静かにしてよ!』
小次郎をホールまで押しやって荒く息をつく。
『何?岬?若林に夜這い?』
『違うって!!!』
小次郎はニヤニヤしながらホールにある
ベンチに腰をかけて、洗い立ての髪を拭いた。
『き・聞きたい事があったの!』
必死に反論する僕。
頬が熱くて死んじゃいそう!
『でも、若林君、今日着いたばかりで
 疲れてるかな、と思って・・・それで・・・』
うそ、僕、泣きそう・・・
『ばーか、何必死なんだよ』
小次郎は笑って立ち上がると
小銭出して僕の分もお茶買ってくれた。
『お前ら、付き合ってんじゃねえの?』
善悪無し、しらっと聞いてくる。
どう答えていいのかわかんなくて
無言でお茶を頂いた。
『俺さ、前からそうじゃねえかなーって
 ずっと思ってたんだ』
またも小次郎のニカ笑い。
『でも、どっちかって言うと・・・
 若林がお前を追ってるんだと思ってた』
『ちが・・・』
『うん、今のお前必死だもんね。
 スリッパも履かないで裸足だし・・・』
そう言われて足元を見やる。
通りで冷たいと思った・・・
『ホントに僕、聞きたいことあって・・・』
それはホント。
今すぐ聞いてみたい。けど・・・
『なんで小次郎、そんなん、わかるの?』
『ばーか!お前ら見てたら、語るに落ちてるだろうが!』
そっかな・・・
そんなに、バレバレ?
『少なくとも、俺にはわかるんだよ!』
小次郎もちょっと照れくさそう。
『で、奴に何聞きたかったんだよ?』
それは・・・
恥ずかしくて言えなかった。
『いいじゃんか、聞いて来いよ』
(そんなに簡単に聞けないよ。)
僕がまた思考の波に押しやられそうになった時
別の足音が聞こえた。
『日向さん・・・』
ホールの入り口に立つ若島津くん。
僕と小次郎の取り合わせにちょっと
驚いた表情を浮かべる。
『遅いから、迎えに来ましたよ』
『お・・おう』
さっきまで僕に強気な小次郎が
瞬時におとなしくなった。
『そっか・・・』
そっか、小次郎、だから分かるんだね。
『岬、うるせえぞ』
ちょと安心して僕もつられて笑い出す。
『ふーん、小次郎、そっか』
『てめえ、しばくぞ!』
僕らの不思議なやり取りに若島津くんが
難色をしめした。
『日向さん?』
『今行くから!とにかく岬、
 お前、聞いて来い!』

二人が去った後で僕は一人ベンチに座ってた。
販売機のブーンと言う音だけが静かに響く。
こんな気持ち抱えてるの、一人じゃないんだ。

結局、僕は聞きに行けず、
部屋に戻ると松山君が僕のベットで寝息を立ててる。
(もお!)
いつもの事ながらちょっと苦笑。
松山君の部屋に行くのも面倒くさくて
そのまま背中合わせで隣に滑り込む。
(小次郎ったら、そうなんだ!)
(だから僕の事、気がついたんだ)
若林君の事はもちろん気にかかるけど、
なんがちょっと心強くて、安心してまどろむ。
(そっかぁ・・・)

翌朝、僕は重くて目がさめた。
松山君の手が僕の頭を押しつぶす。
『もお!』
その手をどけた途端、松山君の瞳が開いた。
『うん・・み・・岬!』
途端に驚いた表情の松山君。
『おはよ・・』
驚くのはこっち。
だって僕のベットなのに。
『岬!』
松山君がうれしそうに僕に腕をまわす。
『ちょ・・ちょっと待って!!』
僕の驚いた声に翼君が反応する。
『あ、松山君!何してるの!』

それから10分間のドタバタ劇。
三人で笑いながら。

歯を磨いて着替えてから僕たちは下に降りた。
食堂に入るとすでに殆どみんなそろってる。
昨日とはうって変わって僕も笑顔でご飯食べた。

今日の若林君はとおっても機嫌悪そう・・・
『じゃあ次は・・・』
午前中に僕らはヘトヘトになって、
15分の休憩の間もしゃべることも出来ない。
僕も大地に身を横たえて、息を整えるので精一杯。
(これがプロなの?)
翼君だけが飄々と僕の隣に座った。
『岬君、大丈夫?』
『う・・うん・・・』
『若林君、今日は荒れてるね』
(荒れてる?ううん、むちゃくちゃだよ!)
『じゃあ休憩終わり』
三杉君の声が飛ぶ。
僕もヨロヨロ起き上がり、
次の練習の為に体制を整えた。

お昼、みんなは昼食を取りに食堂に引き下がる。
僕は・・・日差しを避けて水のみ場へ歩く。
珍しく誰もいない。
頭から冷水をかぶって、ホッと一息。
しばらく水道の下で動けなかった。
普段からサッカーで鍛えてるとはいえ、
今日の練習のきつかった事。
(まだ午後もあるんだ・・・)
へたり込みそうになるのを抑えて
水道を止めた。
『岬君?』
気がつけばタオルを持った翼君がいた。
『翼君?』
『はい、これ、使っていいよ』
差し出されたタオル。
『あ・・・ありがと・・・』
髪から水を滴らせた僕が受け取る。
『岬君、食堂に来なかったから・・・』
僕の口元に優しい笑みがこぼれた。
『ありがとう、僕、持っくるの忘れてた』
渡されたタオルで髪をぬぐう。

翼君と共に食堂に向かおうとした時。
『あ、若林君』
翼君の声に僕の顔が上がる。
『お前ら、早く飯くっちまえ』
若林君の手に、新しそうなタオル。
決まり悪そうに彼自身の首に掛けた。
(もしかして・・・)
また僕の胸が高鳴る。

もし、僕の事要らないんだったら
きっと若林君はそう言うって。
だって、要らないんなら、
タオルなんて持ってきてくれないよ。
だけど・・・お見合いって言っても
結婚するならまだまだ先の話しだし・・・

ありとあらゆる過程が
頭の中で駆け巡る・・・

午後の暑い日差しの下で、
僕達は若林君の組んだメニューで走らされる。
みんな、夜の雑談も出来ないくらいヘトヘトに。

次の日もそんな調子で一日が過ぎた。
朝目覚めて今日が最後の練習と気がつく。
もう、6日間も走りっぱなし。
朝食の席で三杉君が発表する。
『若林君のメニューは午前中まで。
 午後からは各自体調整えてくれ』
あと半日、若林君のメニューで
全力疾走をかます。

やっと体が慣れてきたのに、
午前中の練習は終わってしまった。
ヘトヘトだけど、心地よい充実感。

『おかわり!』
石崎君が元気に叫ぶ。
これで強化合宿も終わりムードが漂う。
みんなの顔にも笑顔が戻る。
隣で翼君が大きくため息をついた。
『あーあ、岬君ともお別れだね』
僕もなんだか寂しくなった。
『午後も・・・午後も一緒に練習しよ?』
『うん!』
太陽の様な翼君の笑顔を受けて
僕の心も温かくなる。
普段はバラバラでも、暖かく迎えてくれる仲間。
きっといつまでも無くならない。
『なあ、みんなで試合しようぜ!』
松山君の提案にみんな盛り上がる。

不意に石崎君が声を上げる。
『若林、見合いしたって本当?』
びくん!
『やっぱ、金持ちの子?』
『かわいかった?』
『なあ、結婚すんのかよ?』
みんなの言葉が宙を飛ぶ。
(やだ、聞きたくないよ)
不意に立ち上がった僕と同時に
若林君がみんなに答える。
『まあな・・・』
僕はトレイを必死につかんで
返却口に歩いた。
がちゃん・・・
トレイを置いて足早に部屋を出る。

『まあな・・・』
若林君の声が耳に残る。

『俺、絶対岬の傍にいるから・・・』
『岬を泣かせたりしないから・・・』

うそつき・・・

思わず外に出て、まぶしい太陽を見上げる。

うそつき・・・

涙がちょっとこぼれた。

うそつき・・・

大木の下の木陰にへたり込む。

数週間前、僕の家で若林君が言った。
『俺を信じて、岬』

うそつき・・・

ひざを抱えて熱く流れる涙を感じた。

うそつき・・・

『おい・・・』
小次郎の声に僕の顔が上がる。
『泣いてんじゃねえよ、バカ』

僕の前に仁王立ちの小次郎。
『立てよ・・・』
僕がじっとしてるとまた怒った顔になる。
『俺からボール、奪ってみろよ』
小次郎の挑発を受けて、僕の足も走り出した。
いつの間にかみんなが来て、
いつの間にか試合が始まる。

みんなと同じ空気の中、
ちょっとだけ彼を忘れる

午後も遅くなってみんなで大地にへたり込む。
『やっぱこのメンバー最高!』
松山君が荒い息で叫ぶ。
『早く試合したいよな!』
みんながそれぞれ合宿の終わりをかみ締める。
『また早く組んで試合したいね、岬君!』
翼君の笑顔。
『うん!』
ああ、きっとそう。
この仲間達はいなくならない。
よっぽどの事がない限り、
ずっとずっと僕の傍にいてくれる。
誰かの様に不安にさせられる事も無い。
だから大丈夫。
僕は一人じゃないから・・・

『おい、岬!』
小次郎に呼ばれる。
『さっき、お前俺からボール奪ってねえぞ』
小次郎の顔見ると現実が戻ってきた。
『もういいよ、小次郎・・』
僕の頭をポンと叩く。
『お前、もう少し練習付き合え!』

『僕も』『俺も』の自己申告を
小次郎は一喝して僕と二人フィールドに残る。
迫りくる夕日の中、二人でボールを奪い合った。
『岬、やる気あんのか!』
あるよ、だけど、ごめん。
頭の中、違う事で一杯なんだ・・・

大木の下で二人並んで座る。
『ごめん、小次郎、ありがと』
わかってるんだ。
これが小次郎の励まし方って事。
『なあ、岬、俺達ってサッカーでつながってるだろ?』
『うん』
『だから、なくならないから大丈夫』
それってみんなの事?
それとも、若林君?
『僕、ダメだね・・』
若林君の事でみんなに心配されちゃって。
自分でも嫌になるよ!
『お前さあ、普段はなんかスカシてんのに
 奴のことになったら途端アウトだな』
またもや顔面に血が上る。
『聞きたかったのって、見合いの事だろ?』
『うん』
恥ずかしくって顔も上げれない。
小次郎ってどおしてこう、ストレートなの?
『聞きに行けばいいじゃんか
 あいつだって答えてくれるよ』
『だって・・・』
だって、結果が怖くて・・聞けなかったんだ。
『さっきから言ってるだろ、岬』
俯く僕の頭に小次郎の手がかかる。
『サッカーしてる限りはなくならねえんだよ』
『それってどんな答えでも?』
見上げる僕の視線を
小次郎はシッカリ受け止めた。
『もちろん』
いつもより寂しげな微笑。
『俺達、いつも一緒にいるだろ。
 だから奴の事信頼もしてるし、
 へんな話、こいつしかいねえと思ってるんだ』
あ、若島津くんの事だね。
『だけど世の中、絶対なんて事はねえんだよ。
 今、お互いがどんな風に思っていても
 時間の流れが方向を変える事もあるしさ』
そうかな・・・
『俺とあいつ、今はずっと一緒にいるけど、
 大人になっても一緒にいれる保障はねえし』
小次郎の目がまっすぐ前を見つめる。
『大人になってもし、俺達だって結婚とか
 するかもしれねえじゃん。家庭つくってさ』
小次郎の周りだけ、涼しい風が吹く。
『だけど俺、そうなってもあいつとは・・・
 ずっと一緒にサッカーしてると思うんだ』
僕の中にも暖かい風が吹く。
『小次郎・・・』
『俺、難しい事は良くわかんねえけど、
 それだけは確信してるんだよ』
いつもの小次郎の笑顔。

そうだよね。
僕達のこれからなんて絶対わからない。
けれど、その行く先々を心配していても
きっと道はつながって行かない。
それより今ある現実を大事にしたほうが
自分の描く未来につなげられるよね。
僕達はサッカーでつながってる。
それは一生なくならない。

『僕、若林君に安心して、基本忘れてた』
若林君の言葉・・・信じてない訳じゃないけど、
見えない未来にまで怯える程
信じられなくなってただけだ・・・

『ありがと・・・小次郎・・・』
不意に小次郎がそっぽ向く。
『だいたいお前はサッカーにしても技術ばっか
 上がりやがって、基本覚えてんのか?』
『ひどーい!』
僕らは笑い合って夕日の中を歩き出す。

『ねえ、小次郎、みんなはきっと居てくれるね』
『ああ、サッカーしてる限りは、な』
『でも小次郎の中の特別席は埋まってるよね』
ちょっと考えてから小次郎がつぶやく。
『お前もだろ、岬』
『うん』
宿舎が大きな影を投げる。
『でも、岬の特別席は広すぎだぞ』
『え?』
小次郎が見上げる方向を向くと、
赤い帽子が急いで窓から離れるのが見えた。
『心配されてんじゃーん!』
『もお!やめてよ!』
『合宿来ると皆がお前といるから
 奴も心配してんじゃねえの?』
『そっかなあ・・・』
『だから練習で俺達にキツイんだよ!』
シューズ脱ぎながら小次郎がつぶやく。
『今日は行って、お前の特別席、奴にやれよ』
『ううん』
僕が笑って答える。
『指定席にしとく』
安心したような小次郎のニヤケ顔。

『日向さん、もうすぐご飯ですよ』
若島津くんがホールに降り立つ。
『小次郎、心配されてんじゃーん!』
小次郎のモノマネで僕が囁く。
『岬、てめえブッ殺すぞ!』
小次郎、赤くなってる!
『ありがとう、小次郎!』
僕は笑って二人の傍を駆け抜ける。

友達っていいね。

胸の中があったかくなった・・・

わいわい最後の晩餐が進む。
明日からはまたそれぞれ違う生活が始まって行く。
小次郎との友情もまたの機会にお預け。

『もう、部屋に行こうよ、岬君』
『うん』
翼君と連れ立って席を立つ。
今日、皆が寝たら、彼の所に行こう。
そして聞こう。
結果がどんなになっても
僕と彼が離れる訳じゃないから。

『俺達もすぐ行く〜!』
いつものメンバーが声を上げる。
『うん』
僕達が通りすがり、
一瞬だけ若林君と目が合う。
何か言いたげな視線だったけど
すぐに三杉君に戻って行った。
(気にしない、気にしない)

またもや石崎君が一人来ない。
『何してんのかなあ・・・』
僕達の心配を他所に、
コンビニの袋抱えた彼が飛び込んできた。
『おやつ買ってきたぜ!』
沢山の袋を次々取り出す。
『そんでもって、コレ!』
ビニール袋の底から3本のビール。
『い・・石崎君!』
『今日で合宿終わりだから
 ちょっとした祝杯ってトコ!』

僕らはビールを回し飲みして
いつもよりはしゃいでた。
ああ、ここに若林君も居てくれたらなあ・・・

いつもよりご機嫌の翼君が寄ってくる。
『ねえ、岬君、僕達ずっとずっと
 コンビ組んで行こうね!』
『うん、もちろん!』
『おじいさんになっても、だよ!』
あはは・・・
皆は笑うけど、翼君は真剣。
『約束!』
僕も笑うのをやめて、差し出された手を握る。
『うん、約束』
『俺も約束するうー!』
松山君が飛び込んだ。
笑い合う仲間を見て思う。

小次郎、鋭い。
僕の特別席は人数いっぱいだよ・・・

僕らの盛り上がりも最高潮に差し掛かった時
勢い良くドアが開いた。
『てめーら、静かにしやがれ!』
小次郎が飛び込んでくる。
『お、いいもんあるじゃん!』
残ったビールを一気にあおる。
『あー、小次郎てめえ!』
松山君と小次郎のじゃれ合いが始まった。
そんな中、小次郎が僕の目を見て
声に出さない言葉をつぶやく。
『い・け・よ』

小次郎に背中を押されて、僕はそっと立ち上がる。
ドアを閉めて中の喧騒に耳を傾ける。
誰も気に留めてなかったみたい。

またも裸足でソロソロ階段を下りる。

部屋の前で躊躇した。

勇気を出して。
僕の手が扉を叩いた。

『誰だ?鍵開いてるよ』
中から聞こえる若林君の声。

そっとノブを回した。

ホノ暗い照明が机の上で光る。
僕らの部屋とおんなじ広さだけど
ベットは一つで、代わりに簡単な
応接セットが置いてある。
『岬・・・』
とたんに若林君の表情が和む。
『今、いい?』
ドアを閉めて2、3歩近づく。

いざとなったら、聞くのが怖くなって
両手でパジャマの裾を握る。
『あのね・・・』
若林君の困った様な表情。
せっかく小次郎が背中押してくれたのに。
聞かなきゃ・・・
聞かなきゃ・・・

『お見合い・・・したって、ホント?』
若林君の事見てられなくて
ちょっと視線が外れる。
『若林君、どこか・・行っちゃうの?』

何も言わずに僕に向かって歩いてくる。
僕の胸がドキドキ高鳴る。
怖いよ・・・

緊張した僕の体をギュッと包む。
『岬の、馬鹿』
ば・・・ばか?
『俺、前に言っただろ』
ますます力を込めて僕を抱きしめる。
『お前しか見てないのに・・・』
答えにはなってないけど
僕の体から安心して緊張が解けた。
『そんなくだらねえ事、心配すんなよ』
『く・・くだらなくないもん!』
若林君にとってはくだらなかったかも
知れないけど、僕にとっては・・・
『親の手前、知らねえ女と飯食った。
 けど、俺には何の意味も無いよ』
でも、将来的に意味があるかもよ。
『そお言う話なら絶対断るって
 本人の前で言っちまった。
 親なんて慌てて、面白かったぜ』
え?
『ちゃんと断った、って事』
若林君が体を離して僕の瞳を覗きこむ。
『俺の中にはちゃんと岬がいるのに。
 そんなん承諾する訳ねえだろ』
あ・・小次郎、どうしよう。
若林君の指定席は埋まってたみたい。
僕一人でモヤモヤして・・・
馬鹿みたい。
『岬の方が離れて行きそうで、怖いよ』
びっくりして僕が面食らう。
『僕が???』
若林君の真剣なまなざし。
『合宿中はお互い一緒にいられないけど
 お前の周りにはみんながいて、俺・・・
 ずっと心配で・・・』
またも小次郎ビンゴ!
『僕?僕が??』
『翼や松山はお前にベッタリだし、
 今日だって日向と一緒だっただろ?』
ずっと握ってたパジャマを離して
若林君に飛び込んだ。
『若林君の、馬鹿』
今度は若林君が面食らう。
『僕ね、ちょっと反省した。
 でも僕の特別席は広いけど、
 指定席は一つしかないんだ』
僕がギュッと彼に抱きつく。
『若林君だけ、指定席なんだよ』
意味は通じてたかわかんない。
けど、言いたい事は伝わったかな?
『なあ、俺達、普段から一緒には居られないけど
 居られないから余計、お互いを信じよう』
『うん』
若林君の優しい口付け。
『ごめんね、若林君・・・』
小次郎、指定席のキップ、渡せたよ。
背中押してくれて、ありがとう。
僕の周りにいつもの暖かい海が広がる。

『なあ、岬、前から日向と仲、よかった?』
ベットに入ってお互いに向き合う。
『うん、でも今回は特別』
若林君がちょっとムッとする。
『なんだよ、特別って・・・』
『同じ悩みを持ってたの』
おっと、これ以上はフェアじゃない。
若林君のキョトンとした顔。
『あのね、小次郎、知ってるんだ』
『何を?』
怒るかな?
『僕達の事』
一瞬ギョっとした顔したけど、
すぐに笑い出した。
『何?なんかおかしい?』
『いや、別に。あいつ、そんなん鈍感そうなのに』
『知られちゃったよ、いいの?』
若林君が僕に向き直る。
『俺は全然、構わないよ。
 あいつ、信用できそうだし』
僕、絶対怒るかと思った・・・
『悪い事してる訳じゃないし
 何言われても構わないさ』
僕の心臓がドキンと鳴った。
『ホントなら皆に公表して
 お前を誰にも触れさせたく無いよ』
ああ、ホント、小次郎の言う通り。
絶対、なんて存在しないんだ。
『小次郎に今日、お説教された』
ちょっとドギマギしながら僕が話す。
『絶対なんて存在しないんだって』
『そうだよ、岬、だから俺は・・・
 絶対って言った事を絶対にするために
 頑張ってるんだよ』
一瞬時間が止まった。
『だから俺、岬に言っただろ?
 俺は 絶対 岬から離れない。
 俺は 絶対 岬の傍にいるよ。
 絶対は絶対にするからな・・・』
胸の奥からさざなみが押し寄せる。
涙が落ちた。
『うん。僕も、絶対・・・』
言葉が詰まって、言えなくなっちゃった。
そのまま大きな胸に引き寄せられて
僕らは安心な眠りの波に引きずりこまれる。
僕、もう不安にならなさそう。
若林君を信じていればいいから。
これから先、何度同じ事があっても
絶対の過程が分からないだけで
絶対は絶対なのかも知れないね・・・

朝早く自室に戻った。
相変わらず、松山君が僕のベットを占領する。
僕の特別席。
でも、若林君、コレだけは知っていてね。
特別席と指定席の間には
大きく差が開いてるんだよ。

朝食の後、各自荷物をまとめに入る。
またね、またね、と声が飛ぶ。
『ちゃんと言えたのかよ、岬』
小次郎が大きな荷物を持って通りかかる。
『うん、ホントありがとう』
僕の笑顔を見て安心した顔をする。
『また、な』
『ま・・待って、小次郎!』
『なんだよ』
『絶対ってあり得ないけど、
 絶対にする事は出来るって。』
必死に訴える僕に笑いかける。
ちょっと間を置いて小次郎が言う。
『知ってるよ、ばーか!
 お前は基本を勉強しろ!』
あはは、と笑って小次郎は行ってしまった。
照れくさい僕を残して。

翼君も松山君もなごりおしそうに
お別れの挨拶をした。
『またね、元気でね』

『岬!』
若林君の声がする。
『乗っけてってやるから待ってろ』
『うん、ありがとう』
えーと・・基本基本!

今回の合宿で僕は色んな事を勉強した。
小次郎との友情。
絶対の定義。
特別席と指定席。

でも、小次郎の言う通り、
基本が大事。

僕が大事にしてる基本。
そう、若林君の傍に居る事。

またしばらくみんなとはお別れ。
でも、みんな僕の傍に居てくれる
大事な大事な仲間達。
それだけで胸が温まる。

『なんだよ、岬、ニヤニヤして』
そして、僕が若林君の隣に居ること。
『ううん、友達っていいな、と思って』
『友達?悪友のまちがいじゃねえの?』
そう言う若林君の目元も笑ってる。

空高く上った太陽が僕達を包む。
また違ったそれぞれの日常が始まる。
何が絶対で何が違うのか分からないけど
僕が信じていれば絶対になるって
みんなも小次郎も若林君も教えてくれた。

若林君とのお別れの時。
『またな、岬、電話する』
『うん、僕も』
いつもみたいに悲しくなかった。
『またね、若林君』

僕の胸に柔らかな風が吹く。
サッカーの技術も心の中も強くなった
今回の強化合宿。
僕の周りにはみんなが居てくれる。
そして特別席には・・・ホラ・・・
若林君が居るから・・・

若林君に明るく手を振って
晴れやかな気分で
僕はその一歩を踏み出した。

END




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