『ヨッ!!岬!』
小次郎が僕の肩を叩いた。
『なあなあお前、今日誰かにチョコ渡す?』


そう。
今日は2月14日。
世間で言うバレンタインデー。
僕らの通う男子校ですら
ちょっとピンク色ににぎわってる。

『ううん』
『でもさあ、サッカー部の先輩とか
 結構期待して待ってんじゃねえの?』

『知らないよ!!!』






僕は昨年の秋に全寮制の男子校に編入した。
画家の父がちょっと長い間放浪の旅に出るから
1年くらいをメドにココに入学したんだ。
結構サッカーが盛んな学校だったから
チームメイトとは直ぐに仲良くなれた。

僕、一つの所に長くいなかったせいか
今まで誰かを好きになった事なんて無かったけど
今回、僕、好きな人が出来たんだ・・・・・





『岬 太郎です、宜しくお願いします』
校長室の大きな革張りのソファ。
父・一郎と共にペコリと頭を下げた。
『お父さんのお話は伺ってますよ』
校長がニコニコしながら話を続ける。
ココは伝統ある学校で
成績優秀者も多く出てて、それ以前に
スポーツが盛んで特にサッカーには
力を入れてて優秀な選手が揃ってて・・云々。

僕と言えば窓の外に見える
寒々しい空に、長く尾を引く白い雲に
その移り行く様にちょっと夢中になってた。

『じゃあ岬君のルームメイトを紹介するよ』

校長が電話で何か喋ると直ぐにドアが開いて
背の高いガッチリした青年が入って来た。
190cm近くある???
『若林です』
その余りにも堂々とした風格に
先生かと思っちゃった・・・・・
でも、制服着てる・・・

『岬君より一学年上になる若林君だよ』

紹介されて手を握ると
『わあ・・大きい・・・』
その大きな手、僕がビックリして見上げると
顔色一つ変えずに僕の顔をじっと見る。
『2年の若林だ。宜しく』

『そうそう、若林君はサッカー部のキャプテンで
 ゴールキーパーなんだ、サッカー留学も経験していて
 ウチの学校を代表する選手なんだよ』
あ、だからこんなにガッチリして・・・
『転校してきた岬です。僕もサッカーしてるんです、
 これから宜しくお願いします・・・』
見上げた僕を見下ろして今度は・・・・・
クスリ  と笑った。
『ふーん・・・』

うわあ!!!!!
ちょっとムカつく〜!!!

確かに僕は今は165cmしかなくて
体格も細身で顔も童顔でいっつもバカにされてるよ
だけどこんなアカラサマに!!!

僕がムッとしたのを見て、今度は優しく笑ってくれた。
『校長、もういいですか?』

校長先生はニコニコしながら僕たちに言う。
『岬君、お父さんと手続きをする間、
 部屋に荷物を置いて来なさい』

『はい。失礼します』


僕らは並んで廊下を歩いた。
『ココは教室がある建物、あっちが図書館。
 あの木の隙間から覗いてるのが体育館な』
僕は先輩の指差す方向を一生懸命キョロキョロする。

『この渡り廊下の向こうが寮だよ』
校舎のドアを開ける瞬間、先輩が僕に目を落とす。
『お前、荷物少ないな』
『え?』

確かに。ちょっと大き目のディバックと
洋服なんかが入ったスポーツバックのみだもん。
だって僕ら親子はいつも転々としてて
荷物は出来るだけ増やさないようにしてたから。

『貸せよ、持ってやるから』
『え?あ、いいですよ!!!』
ちょっと慌てる僕からスポーツバックを奪うと
軽々と肩にかける。
僕のバックが・・・小さく見えるよ。


『ココ』
若林先輩が2階の突き当たりで歩を止める。
ポケットからカギを出して
大儀そうにドアを開けた。

『俺がずっと一人で使ってたから・・』
思ったより広い1Rの部屋。
入ってちょっとした廊下があって
左側にユニットバスがついてる。
大きなソファやTVラックなんかもある。
真正面に大きな窓、その下に2つ
壁にくっついて机とベットが置かれてた。
本当、ベット1つだったら相当広い空間で
父さんと過ごしたアポート並み???
端部屋だから2面に窓がついていた。

『お前、ベットどっち側でもいいぞ』
『え?いいですよ、僕が後から来たし』

暫く若林先輩は僕の顔をじっと見つめて
横に窓のあるほうに座った。
『じゃあ、俺こっち側な』
『はい』

僕が荷物を降ろすと先輩が動く。
『コレ、カギ』
僕の手のひらに、銀色のカギが落ちた。



『じゃあ、太郎、しっかりな』
『うん、父さんも頑張ってね』

こんなに長い間父さんと離れるのは
今まで無かったからちょっと胸を突かれた。
『手紙かいてね・・・』

小さくなる父さんの背中を
見えなくなるまでずっと、ずっと見送った。





『僕、大空 翼!宜しく!!!』
食堂で一人でいると、僕の隣に
元気のいい少年が滑り込む。
『転校生・・・だよね?』
ニコニコしながら僕の手を握った。
『うん、岬太郎だよ、宜しく』
『今日は君のウワサで持ちきりだったんだよ』
食べながら色々話てくれる。
不思議。
今初めて会ったのに、ずっと友達だったみたい。
『ねえねえ、サッカーするって本当?』
わあ。ドコまでそのウワサって広がってんの?
まだ誰にも何も喋ってないのに何で知ってんの???
『うん』
『俺もサッカーしてるんだ、一緒に頑張ろうね』

『なんだよ、翼、俺らにも紹介しろよ!!!』
数人が僕のテーブルの周りに集まった。
『僕、岬、宜しく』

聞けばみ全員同じ1年でみんなサッカー部。
ええっと・・・左から
石崎君、来生君、井沢君、松山君、滝君、
そして・・・翼君。
今日、父さんと別れるときは寂しかったけど
こんな仲間が居たら・・・楽しく過ごせそう。

『岬君は若林先輩と同室って本当?』
『うん』
『あの人スゲェよ』

そこから先輩の話題になった。
僕が知ったこと。
先輩のフルネーム。サッカー留学の事。
もの凄いGKだって事。
家がお金持ちって事(だからあの部屋?)
ちょっと寡黙で三杉先輩って人とツルんでる事。

『僕、どうして先輩と同室なのかな?』
『うーん・・・この時期、転入って珍しいからな〜』
『そうそう、一年生で空いてる部屋、無いもんね』

食事が終わっても僕らはそのまま談話室で話してた。
そこでまた同じチームメイトの紹介を受ける。
日向君と若島津君。
『え?日向???』
『岬って・・・オイ、お前かよ!!!』
『もしかして・・・小次郎???』

小学生の頃ほんの数ヶ月住んだ町で
僕らは一緒にサッカーをしてた。
『懐かしいね!!!』
『お前まだサッカーしてんのか?』
『うん、モチロン!!!』
『みんな、こいつスッゲェんだぜ!!!』
小次郎が僕の話をみんなにし始めて
ますます話が盛り上がる。

消灯時間が近くなってみんなと別れた。
2階の端に辿り着く。
カギを開けて入ると部屋に人影が無い。
(先輩、どこ行ったんだろ)
かすかに水音が響く。
(あ。シャワー浴びてるんだ)

ちょっと安心して、荷物を解き始めた。

ガチャ・・
ドアが開く音がしてそっちを向くと・・・

上半身裸でバスタオル巻いた先輩が見えた。
『わ!!!』
僕が驚いて先輩も驚く。
『あ、悪い・・いつものクセで』
ちょっとテレ気味に頭をかいた。
『今日から一人じゃ無かったの忘れてた』
『ううん、いいんです・・・』

『お前も早くシャワー入れよ』

『・・・は・はい』

バスタオルと着替えを掴んでユニットバスに駆け込む。

(僕、おかしいよ)
だって男の人の裸見てドキドキするなんて・・
(すっごく逞しかったな〜)
僕、何で?意識してる???

シャワーからあがると先輩は
ソファに座ってテレビ観てた。
『なあ転校生・・・』
『岬です!』

先輩がクスリと笑う。
だって早く名前覚えて欲しかったんだもん。
何でか、先輩にだけは・・・

『岬、友達出来たか?』
『まだ分んないですけど、出来たかな?』
だってみんな本当にイイヤツで、でも・・・
今日会ったばっかりで友達って呼んだら図々しいかな?
『あ、でも昔の友達がいたんです!』
ちょっと興奮して小次郎の事を喋ってた。

『お前、オモシロイな・・・』
先輩が立ち上がってテレビを消す。
あ、うるさくしちゃったかな?
『消灯だから。明日は早いぞ、もう寝ろ』
『あ、僕、歯だけ磨いて・・・』
立ち上がった僕の目の前に先輩が居た。
僕の頭に手を載せる。
身長、軽く頭一つ分は違うかな???

『お前が来て良かったよ』

え???

そのまま先輩はベットに転がり込んだ。

歯を磨きながら思う。

(僕が来て・・・良かった???)

うがいして鏡を覗くと
赤い顔した僕が写る。

(僕、絶対おかしい)

鏡に向かってイーーーッってする。

(だって今、凄く、嬉しいよ)

電気を消してバスルームを出ると
部屋の明かりは既に落ちてて
僕のサイドランプだけが灯ってた。

上掛けをはがして中に滑り込む。
真新しいシーツの匂い。

サイドランプを消して目が暗闇に慣れるのを待つ。
僕の反対側、先輩の大きな背中が見えた。

(僕も、ここに来れて・・・よかった)










それから数ヶ月、僕もココの学校にすっかり慣れて
今は若林先輩と恋人関係だったりする。

皆には絶対内緒だけど・・・






『小次郎はチョコ誰かにあげるの?』
『バッカ!俺、もらうの専門』
二人でふざけながら教室に入る。

先生の退屈な授業の間、ずっと先輩の事考えた。
(今日、いつチョコ渡そうかな・・)

みんなは色めき立ってるけど
僕、女の子じゃないしチョコあげていいのか
わかんなくて、でもなんだか渡したいから
昨日、放課後一人で買いに行っちゃった。

(やっぱ、夜かな?)



授業が終わって部室に向かう。
(先輩、ビックリするかな?)

ハードな練習の後、いつもと違う現象が起こってた。

学校のグラウンドに女の子が沢山居る。
『小次郎、コレ、何事?』

『ああ、ウチの学校、全国大会とか出てるし
 結構人気あるんだぜ。お前、
 毎日女子が観に来てるの気づいてなかった?』
『ううん・・・』
全然知らなかった・・・

そんな中、僕、見ちゃった。
かなりの数の女の子に囲まれて
若林先輩が何か話してる。

ちょっとテレ臭そうな優しい顔。

別に・・・怒る事じゃ無いけど
なんとなく見てるのイヤで
足早く部室に戻る。

(僕だけの先輩じゃ無いけど・・・)
(でも、なんかちょっとイヤだ・・・)

普段ならみんなと夕食まで話しとかするけど
そんな気分じゃ無くて部屋に居た。
シャワー浴びて自分のベットの上で
コロンと横になる。

先輩が僕を好きって言ってくれたのが先月。
僕も好きだったから嬉しかったけど
よく考えたら僕、先輩の事全然知らなかった。
学園以外で女子にも人気あるとか、
どんな幼少を過ごしてたとか、
好きな音楽のジャンルは知ってるけど
どれが一番のお気に入りなのかとか、
趣味は何なのかとか、


どうして僕が好きなのか・・・とか。


その時部屋のドアが大きく開いた。
『なんだ、岬、居たんだ』

ドサドサ!!!

ベットの上に大量にチョコの山が出来る。
『こんなに貰ったって食べきれないよな』

『先輩、人気あるんですね』

『人気なんか有っても嬉しくないよ。
 俺、甘いモノあんまり好きじゃないしさ』

え〜っ!!!!!

僕の身がガバと起き上がる。

甘いモノ、好きじゃないの???


『岬も一個食べるか?』
先輩が困った顔で僕を振り向いた。

『いらない!!!』

そのまま部屋を飛び出した。


なんか、ちょっと複雑。
先輩、あんなに人気あるなんて思ってなかったし
僕、僕だけの先輩って気がしてたから・・・


食堂に降りて行くと皆が居た。
テーブルには・・・チョコの山???

『凄いね、みんなも貰ったの?』
『うん、岬君宛のもあるよ』

ええ〜っ???

僕の目の前にチョコの小山が出来た。
全く知らない人からの贈り物。
チョコに付いてる手紙を読んだ。

『お前らもチョコもらえたか?』

声がして顔を上げると三杉先輩が立ってた。
『あ、先輩、俺、9個も貰えたんですよ〜』
『俺なんか15個だぜ!!!』
皆が口々に自慢しあってる横で
僕は三杉先輩の横に立ってる若林先輩を見てた。

先輩も僕をじっと見る。
『岬君ももらったよね』
翼君がニコニコ僕に話かける。
『うん』


チョコについてる手紙を読んで思った。

今日、やっぱりちゃんと渡そう。




部屋に帰ると先輩のベットからチョコが消えてる。
あんなに大量に有ったのに・・・

ソファの隙間にチョコを押し込んで
見えない様に隠して座った。

チョコについてた手紙。
知らない女の子の切ない気持ち。
僕の練習してる姿を見て好きになったって。
お友達から始められたら嬉しいな、って。

彼女の気持ちに答える事は出来ないけど
なんか凄く勇気をもらった気がした。

僕、先輩が好き。
先輩の事まだあんまり知らなくても
これから知って行けばいいんだもん。
バレンタインデーだから
表現する形はチョコだけど
本当に伝えたいのは気持ちなんだもん。

『岬、カゼ引くぞ』
あ。。。アレ?
僕、いつの間にかウトウトして・・・

先輩がすぐ横に座ってた。

『先輩、チョコどうしたの?』
ネボケながらどうでもいい質問をする。

『実家に送ったんだ、母さんが施設に配るってさ』
『そう・・・』

先輩がちょっと心配げに僕を見やる。
『岬もチョコもらってた・・・』
『うん』
僕の手元に届いても
心にまでは届いてないけど・・・ね。

『あのさ、岬・・・』
『え?』


すっごいテレ臭そうに先輩が後ろから
一本のバラを差し出した。

『今日、バレンタインだから・・・』

バレンタインだから・・・花?

『外国じゃ男が花を贈る習慣なんだよ』
不思議がる僕を見て慌てて付け足す。

『花なんて買ったの、生まれて初めてで・・・
 スッゲェ恥ずかしかったんだぞ!!!』

『先輩・・・』

なんか胸がキュッと締め付けられて
そのまま大きな腕に飛び込んだ。

『先輩、ありがとう・・・』
そして、ゴメンなさい・・・



コレは僕から・・・
そう言って差し出したチョコ、
先輩は嬉しそうに貰ってくれた。

すぐに包み紙を開けて
一つを口に頬張る。

『先輩、甘いモノ苦手じゃないの?』
『ううん。沢山は食べれないけど別に・・・』


今まで僕の人生で
バレンタインって余り興味が無かったけど
今日、その意味が分った。


贈るのは形じゃ無くて気持ちだもんね。


今度、ちゃんと先輩と話ししよう。
どうして僕の事好きなのか、とか
なんで僕も先輩の事好きなのか、とか
問いだしたらキリが無いけど
今度ちゃんと話をしよう。

だって僕たちは今、
ちゃんとお互いに向き合ってるから。

先輩が僕にKISSをした。


軽くて甘いチョコ味のKISS。
だって今日は・・・
バレンタインデーだから。







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