『岬君、おはよう』

朝の食堂で翼君が僕に声を掛ける。

『おはよう』




転校してから直ぐに声を掛けてくれて
僕らは仲良しになった。

同じサッカー部で毎日毎日
同じ汗を流す。

翼君は1年生だけど、とにかく上手くて
他の選手に類を見ない。

彼の動きの一つ一つが神がかっていて
どんな所からもポイントを挙げる。

一緒にサッカーをすればするほど
彼と一緒に走ってるのが奇跡みたいで
僕は翼君と一緒に走っているウチに・・・

いつの間にかゴールデンコンビなんて呼ばれてた。
一年生だけど僕等の学校に年功序列は無い。
実力の有るモノがスタメンになれる。
僕ら二人も次の全国大会のメンバーに加わってた。

意識もしてないし
ただ・・・
ただ翼君と一緒に走っていたのに




分るんだ。




翼君が今何を考えていて
次にどんな動きをするか、

僕の出したパスがどんな可能性を与えるか
翼君がどんな風に受け止めるか、

周りの動きから
翼君の次の動きが・・・


僕には
分るんだ。





『翼君、宿題やった?』
『うん、でも問2だけ難しくてわかんないや』
『じゃあ、授業の前に教えてあげるね』

だって僕、昨日若林先輩に教えてもらったんだもん。

僕、先輩の事、大好き。
だけど違うんだ。

翼君の事も大好きだけど
そう言うんじゃなくて
ずっとずっと一緒に走っていたいから・・・






冬と春の境目はちょっと寒くて
でも、運んでくる新芽の匂いに
ちょっと圧倒される。

授業が終わって
僕等の部活の時間が始まると
僕は外で思いっきり深呼吸をする。

そんな僕の様子を見てる
隣の翼君に微笑む。


僕、きっとこの学校に来て良かったよ。
だって、本当の親友に出会えた気がするもん。

『今日も・・・行くよ、岬君!』
『うん!』



走り出した僕たちを誰も絶対に止められない。
あいだに吹く風でさえ遠慮してる気がする。

僕が出したパスを
翼君が出したパスを

人々の間を縫って
僕等の言葉が交わされる。

もう、周りの人が見えなくて
ただパスの通り道だけ

僕の横を走る、
翼君の姿だけ・・・





頬が熱くて上気する。
まだちょっと吐く息が白い。
周りの音も聞こえなくなって
風だけが僕の耳に囁きかける。

そんな、
そんな快感。




『お前ら、本当に息があってるな・・・』


うん、だって僕たち、
GCなんだもん。






『今日も練習、面白かったね』
翼君は決して疲れたとか言わない。

『うん』
そんな所、僕も見習おう。

『食事終わったら一緒に宿題しよう』
『あ、数学、明日テストだね・・・』





『x2−2x−8=0・・・』
翼君がちょっと頭を抱え込む。

『翼君、x−p で級数展開するんだよ』
『あ〜苦手だなあ・・・』
『ダメだよ、明日のテスト、こんなの出るよ』


図書館の窓際、
僕等のいつもの特等席。
本棚に囲まれた、
僕等の静かな空間。


『ホラ、簡単だよf(x)≡x2−2x−8 とすると・・・』
僕は転校して遅れを取りたくないから
ちょっと必死に勉強する。

明日のテストだって負けたくない。
一緒に居る翼君にも
一緒に頑張って欲しかった。

『ってなって、だから答えは
 x=4 or x=−2だよ!!!』

問題が解けた僕が顔を上げると
頬杖ついて微笑む翼君が居た。

『数学って難しいね』
『うん、でも答えは一つだよ』

『一つだから難しくない?』
『違うよ、一つだから解く方法があるんだよ』

『僕と岬君は簡単なのにね』
『え?』

翼君がプイっと外を向いた。

オレンジ色に照らされた木々が
春の風に優しく揺れている。

『俺、分るんだ』

あ、僕と同じ・・・

『俺が何処に居ても、岬君が見えなくても
 何処に居て、どこにパスをくれるか分るんだ』

『周りが全然見えなくなって、何も聞こえなくなって
 以前はただ、俺とボールがあっただけなのに、
 今はどこかで岬君を感じてるんだ・・・』

『翼君・・・』




『俺のサッカーの中に、岬君が居るんだよ』

そう言ってニッコリ微笑んだ。



『僕も・・・』

そう、サッカーに夢中になって
ボールが何処にあるか神経を集中してると
誰が何処にいるのか、
たとえ僕の後ろに居る人の事も、
なんだか分る気がするんだ。

だけど、一番心に掛かる、
そう、翼君の事。

『僕も翼君の動きが分るよ』

『全部の人を見て、ボールの動きを感じてても
 でも、僕も翼君がどんな動きをするか分るんだ』





『ね、簡単なのに・・・』

翼君につられて僕らは笑い出した。

『ホントだね、あはは・・』

『そこ、うるさいぞ!!!』

『スミマセン!!!』

でも、僕等のクスクス笑いは止まらない。
だって、本当に、簡単で
僕等はちゃんと繋がっているから・・・






『翼君、テスト出来た?』
『うん、岬君のお陰だよ!』

『じゃ、行こ!』
『うん!』

僕らはまたフィールドで
言葉にならない会話を交わす。
それはでも、とても暖かくて
きっとこの春風より
僕らの心に届くはずだから。




今日も練習が始まった。





                      
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