僕が転校してきてから数ヶ月。

学校の雰囲気にも、友達にもだいぶ慣れて来た。
落ち着いて一つの所に居られるのって不思議。

『すぐ転校しちゃうから』
って作り笑い浮かべてた自分も
『どうせここには長く居られないから』
そんな投げやりな部分が消えていく。

学生としていられる数年間、僕はここで
ずっと同じ所で自分を見つめて居られるんだ。




『岬〜!』
小次郎が僕の姿を見て声をかける。
『今日、サッカーの部活無いだろ?』
『え?なんで???』
小次郎が僕の肩に手をかけてニヤリと笑う。
『卒業式の練習、だろ?』

あ、スッカリ忘れてた。

『なあ、俺たちサボって街にサッカーしに行くけど
 お前も行かないか?』
『えええ〜!!!』
ちょっと驚く僕。僕、そんな勇気ないよ。
『いい、行かない』
小次郎がちぇっ、と呟く。
『何でお前そんな優等生なんだよ、
今月部屋替えあって
 同室になったら色んな所連れてってやるよ、
じゃな!』

走り去る小次郎に向かって叫ぶ。

『待ってよ、小次郎・・・』

部屋替えって・・・何?



僕は転校してきたから
空いてる若林先輩の部屋に来たけど
通常、一年生は大部屋で6人で過ごして、
二年生は大部屋か2人部屋、
三年では2人か個人の部屋を貰うらしい。
若林先輩は特別に一年生から
個室を与えられてたらしいけど・・・

僕・・・僕・・・
追い出されちゃうの?










若林先輩と使ってる部屋に戻る。
卒業式の練習、4時からだけど・・・
全然行く気がしなかった。

(3年生が出て行ったら、僕、部屋移るのかな?)

枕をギュッと抱きしめた。

見渡す限り、先輩の荷物に埋もれた部屋。
僕の机と僕のベット。
僕が持ってるものなんて殆ど無くて、
先輩に使わせてもらってる物ばかり。
でも、『人のモノだから・・・』って
先輩が居なくちゃテレビも見ないし、
音楽も聴かないし、
たまにソファに座らせてもらうけど
初めての落ち着ける空間に、
今では愛着すら感じてるのに。

(それより・・・)

大好きな若林先輩と離れなくちゃならないのかな?

(だってずっと一人で居たのに、僕が来たから・・)

そんなの、イヤだ・・・・・





初めて若林先輩に会った時から
僕の胸はドキドキして
先輩と話す度に
先輩と顔を合わせる度に
自分がちょっと萎縮する。

みんなに言われること。
『若林先輩って寡黙でわかんなくねえ?』
そう、確かに何ヶ月一緒にいても
僕の前でもふざけた事は一度も無くて
なんて言うのかな、

ずっと大人なんだよ。

でも僕に対して嫌な態度を取った事も無くて
ううん、むしろ優しくしてくれて・・・
みんなが僕に不思議がる。

『若林先輩ってどんな人?』
僕自身、やっぱり分らなかった。

サッカーが強くて、
大人で、
しっかりしてて、
いつも部屋に戻る前に勉強してきて
僕の前ではちょっとくつろいだり、
テレビ見たりするけど
本を読んでたり、
あんまり話したことも無い。
僕はだいぶ意識しちゃってるけど
先輩は僕を気に止めても無い風で
空気みたいに僕と居てくれる。

それって優しい事なのかな?
無言で我慢してるのかな?

わかんないや。


僕の中で確実に変わったことが一つ。


僕、だいぶ、先輩の事が好きみたい。
いっつも一緒に居るからかも知れないけど
翼君とか、他の友達とちょっと違う。
先輩の事考えるだけで
先輩の顔を見るだけで
胸がドキドキして、ギュッとなる。
先輩に僕の事気が付いて欲しくて、
あせって大声で話しちゃったり
ワザとチラチラ見ちゃったり
何でも無い事を報告したくなっちゃったり
いつでも側に居たくて
距離は有っても先輩の近くに行っちゃったり
ホント、おかしいんだ。



僕、男なのに。
先輩も男なのに。



誰かが言ってた。
自分に好意を持ってるのって分るんだって。
僕の胸がギュッとなって息苦しいのも
僕が好きな人が僕の事考えてるから、
お互いに通じてるから分るんだって。

そんな、嘘。
誰も居ない時に先輩の事考えてたら
胸がギュッとして、息苦しくなるの、
じゃあ、先輩も僕の事好きって事?

ありえないよ。

でも自室で一人で勉強してて
すっごく胸が苦しくなって
そんな時、先輩が部屋に戻ってきたら
やっぱり・・って思うの、
僕だけじゃないのかな?


あ、また胸がドキドキしてきた。

練習、4時だっけ?
もう、始まっちゃってるよ。

だけど、行きたくないや。


ソファに掛けられた先輩の上着に目が留まる。

すっごく息苦しくなって立ち上がった。
ソファに座って先輩の上着に怖々手を伸ばす。

口で息を吸い込んでも、
胸のドキドキが収まらない。

『先輩・・・』


その上着を手にとって、
思いっきり匂いを吸い込んだ。

『好き』









『おい』

力強い手で誰かが僕を揺さぶる。

『岬・・・』

ダメだよ、僕、今、先輩の夢見てて・・・

『岬・・・』

その声が先輩と気が付いて目を開ける。

あ、僕、ソファで寝ちゃったんだ・・・

『お前の担任が探してたぞ、
 一年生、何人もサボってたから・・・
 具合、悪いのか?』

ちょっと怒った感じの顔。

『あ・・あの・・僕・・・』

握り締めてた上着を離す。

『先輩、あの・・・』

寝ぼけてシドロモドロの僕の頭を軽く叩いた。

『お前らのクラスの日向とかサッカー部の連中が
 こぞって練習さぼってたんだ。明日、お前は違うって
 先生に言っといてやるよ、安心しろ』

時計を見たら8時だった。

ぐうぅ〜・・・

途端に僕のお腹が鳴って、
慌ててお腹を抱え込む。

『お前、メシ食ってないのか・・・』

『あ・・あの・・・』

先輩がクスっと笑った。

『インスタントしかないぞ』


電気のポットでお湯を湧かして
戸棚からカップメンを取り出す。

『コレで我慢しろよな・・』

何処にでも有って
僕も何度も食べてるカップラーメン。
でも、今日は
先輩の優しい味がした。



練習をサボってた小次郎とかはこっぴどく怒られて
先輩の口ぞえで僕は軽いお咎めのみ。

それからの数週間、
僕らはまたいつものルームメイトだった。





卒業式も本番に近づいて来たある日、
通りすがりの学生の言葉が耳をつく。

『春休み前、部屋替えの発表があるだろ、
 今度は一緒になったらいいな・・・』

卒業式も春休みもすぐソコだよ。
じゃあ、もうすぐ僕と先輩って・・・


先輩が部屋に戻るのって遅い。
練習終わって、シャワー浴びて
僕は翼君たちと宿題したり遊んだりして
消灯には部屋に戻るのに、
先輩はいっつも10時頃まで何処かに居る。

戻ってもちょっと喋って
本読んだりして、すぐ寝ちゃう。
やっぱり、僕が居るのがイヤなのかな?

時折、先輩が僕の事をじっと見てる。
週末、帰る所も無い僕に気を使って
ビデオ借りてきてくれたりする。

だけど本当は言葉にして聞きたかった。

(僕が一緒なの、本当は我慢してるんですか?)

答えはすぐにやって来た。



『岬君!』
今日も翼君が元気に僕に声を掛ける。
『部屋替えあるよね、俺、岬君と一緒だったらな〜』

翼君は今、6人部屋に居る。
時々お邪魔するけどとっても楽しそう。
『うん・・・』

ソレも楽しそう。
でも、僕、今は答えが欲しいんだ。

先輩の、本当の気持ち。




『なあ、岬、若林先輩と仲悪いのか?』
突然に振られたクラスメイトの言葉。
『え?なんで?』
僕は食べかけのフォークを下に降ろす。

『若林さん、よく、三杉先輩と居るじゃん、
 俺、昨日聞いちゃったんだ』
『何を?』
『三杉さんがなんか部屋の事聞いてたら、
 若林さんが『帰りたくないんだ』って言ってたぞ』

目の前が真っ暗・・・ううん、真っ白になった。

一緒に居る時も、練習でも、
そんな素振り見せなかったのに。
(やっぱり・・・)
やっぱり、イヤだったんだ。

だって僕が先輩の空間に割り込んじゃったから。
本当は、一人で居たかったのに・・・

『ごちそうさま』
残りをつついてから席を立つ。

『岬君・・・』
翼君が心配そうに僕について来てくれた。
『今日、翼君たちの部屋に行ってもいい?』
『うん、モチロン!』

翼君のベットに座って、みんなが僕を囲んだ。
『じゃあさ、先輩、我慢してたのかな?』
『でも、そんなの言わないの、おかしいよね』

僕がさっきの一言を気にしてるのを知って
皆が励ましてくれる。
僕が先輩をスキとかキライとか、そんなの関係なし。
ただ、ただ心配してくれる。

『別室になる前に聞いて、ちゃんと言った方がいいよ』
『そうそう、コレからも部活は一緒だし』

消灯もだいぶ過ぎて、皆で眠くなった頃。
『明日土曜日で休みだし、
 このまま泊まっちゃいなよ』
翼君が明るく言った。
『え?いいの?』
『だって、そんな思いして部屋に帰るのイヤじゃん』
みんながそうだ、そうだ、と口々に言ってくれた時・・・


コンコン


部屋がノックされる。
『わあ、先生かよ・・・』
『うるさかったかな・・・?』
緊張の色がサッと走ったその刹那、
『若林だけど、岬、居るか?』

僕の足が立ち上がった。
(先輩?どうして?)

『岬、居るのか?』


僕は怖々ドアに近づく。
後ろを振り返ると、
みんなが心配そうに僕を見てた。

そっとドアを開ける。

パジャマの上からガウンを着て
ドアの隙間から僕を見下ろした。

『岬、消灯過ぎてるぞ』

(もしかして、もしかして、迎えに来てくれたの?)

『ごめんなさい・・・』

後ろを振り返って皆に呟く。

『ごめん、また・・・オヤスミ』

部屋の外に出て、薄暗い廊下に立つ。



先輩は何も言わずに
突き当たりの部屋にずんずん進んで
僕の為にドアを開けてくれた。

通り過ぎる時、先輩が僕の手をギュッと掴む。
ドアにカギをかけて、
薄暗い部屋に手を引かれて行った。

フロアランプだけが周囲を淡く照らす。
手を引いたまま、僕をソファに座らせた。

(あ、また胸がドキドキするよ・・・)

先輩が僕の前の床に座って、
つないでる手に力を込めた。

『いつもお前が先に部屋に居るのに・・・』
恥ずかしそうにもう一方の手で頭を掻く。
『今日はいつまでも帰らないから・・・』

(心配してくれたの?それとも???)

『俺、何も手につかなくなって・・・』
先輩が恥ずかしそうに俯いた。
『何か有ったのかと思った』

僕の手を握りながら、先輩が肩から大きく息を吐く。

『良かった・・・』


僕には訳が分らない。
先輩のしてる心配って何?
僕に何かが起こるって事?
ただ単に僕を心配してたんじゃないって事?

『僕なら、大丈夫ですけど・・・』

ありがとうとか、素直な言葉が出て来ない。

『でも、何がそんなに心配なんですか?』


僕の言葉に先輩が我にかえった。
握ってる手を急に離す。

『何でも無い。部屋に居なかったから・・・』

パッと立ち上がって、ベットに向かう。

『もう寝ろよ』


僕には訳がわからなかった。
でも、今日、今を逃したら絶対聞けない!
そんな予感が胸をよぎる。

『ヤダ!』

先輩が驚いて僕を振り返る。

僕はと言えば、ただただ震えて、
先輩に聞きたくて・・・

『先輩、そんなに僕と居るのがイヤなの?』
『え?』

あ、ダメ・・
なんだか、涙、出てきた・・・

『だって先輩、部屋に戻りたくないって
 三杉先輩に言ったでしょ・・・』

『ソレって、僕と居るのがイヤだから?』




『岬』




先輩の足が止まった。

僕がしゃくりあげる。

『イヤならイヤって言ってくれたらいいのに』

う゛〜!!! 止まらない!!!

『僕、部屋に戻らないようにしようって決めたのに』

なんで、なんで迎えになんか来たの?

『先輩がイヤなら出て行くから・・・』



言っちゃった。
本当は先輩から聞きたかったのに
僕から聞いちゃった・・・


『岬』


先輩が泣いてる僕をそっと抱きしめた。
背中を優しくさすってくれる。

『バカだなあ・・・』

泣くのが止まらない僕を抱えて
ソファに腰を降ろす。

『なあ、岬、お前、神様って信じる?』

震える僕の肩を抱いて、静かにオデコに口を寄せる。
僕の額に、熱い先輩の唇が感じられた。

『お前、何年か前に地方の少年サッカーの大会で
 ベストアシスト賞とっただろ?』

ベスト?何?

『俺、たまたま、飛び入り参加してたんだ、その大会』

先輩の手が僕の背中をポンポンと叩く。

『驚いた。お前の技術のスゴさはモチロン、
 こんな綺麗な少年が世の中にいるのかって、驚いた』

先輩の唇が僕の目元から涙をすくい取る。

『その時、神様にお願いしたんだ。俺にもこんな・・・
 こんな友達を下さいって・・・』

先輩?何言ってんの?

『留学したりして、色んな友達が出来たけど、俺、
 ずっと忘れられなかったんだ・・・』

『ミサキタロウって名前が忘れられなくて、
 この間校長に呼ばれて名前を聞いた時・・・俺・・』

僕の前髪を優しく梳き上げる。

『絶対お前だと思った・・・』

横隔膜がちょっと収まって、うっすら目を開ける。

『時期はずれの転校生だから、
俺の部屋に入れてくださいって
 校長に頼んだんだ・・・』


ウソ・・・


『校長室で会ったら、本当にあのミサキタロウで・・・』

先輩のホホが僕のホホに触れる。

『こんな感動、初めてで・・・どうしていいのか・・・』


先輩の手が震えながら僕に触れる。


『お前が来てから、俺、どうやって接していいのか
 全然分らなくて怖くて部屋に戻れなかった・・・』

『せんぱ・・・何で?』

今や僕の目は落ち着いて、先輩の顔を覗き込む。

『三年のヤツラが話してたんだ、お前の事犯ろうって』

先輩の目が曇る。

『とにかく守ろうと思ってたけど、俺も・・・』

先輩の手が止まる。

『俺も同じ目でお前の事見てる気がして・・・』

先輩が目を逸らした。



『何年も僕の事考えててくれたの?』

僕の質問にビックリして先輩がうなづく。

『先輩・・・あのね・・・』



僕はまだ知り合って数ヶ月だけど
僕だって先輩の事大好き。

『僕、来年も先輩と一緒の部屋に居ていい?』

大きな腕に包まれた。

『先輩と一緒に・・・居たいよ・・・』


『岬・・・』












僕らはルームメイトの壁を超えて
恋人になった。


知り合っても一生
二度とすれ違う事が無い人も
沢山沢山いる世の中なのに、
僕らはすれ違って、
今度は一緒に同じ空気を吸っている。

本当、神様に感謝。

僕も先輩に会えなかったら
人生、後悔しそうだもん。

こんなに、こんなに好きになっちゃったから。

『岬』

先輩の手が、僕を抱きしめる。

『先輩・・・』

『好きなんだ、岬の事』



先輩の言葉が耳にこだまする。

『守ってやろうと思って・・・』

僕、先輩に包まれてる?


先輩の唇が、目元から優しく降りてきた。

オ ト コ ド ウ シ ナ ノ ニ

そんな言葉も、今では無意味。




僕はそっと目を閉じた。

憧れ続けた、先輩を受け入れたいから。


『岬・・・好きなんだ』


先輩の唇が僕を塞ぐ。


『僕も・・・』






部屋替えの日、先輩も僕も
続行する方に丸を付けた。


来年もこの部屋で、一緒に過ごそうね、
若林先輩・・・・・




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