車が邸宅の前に滑り込む。
黒塗りのロールスロイスが正面に見えた。
『親父さんかあ…』

こんな時期になんで帰って来たんだ?
そう首を捻りながら車を降り立つ。

常駐のメイドがドアを開けてくれて
三杉に声をかける。

『申し訳御座いません、三杉様、今お坊ちゃんは
 旦那様とお話中でして…』
『少し、待たせてもらってもいいかな?』
『え?でも…』

凄い音がして源三が玄関ホールに飛び込んで来た。

『源三、待て!』

屋敷のどこかから鋭い声が飛ぶ。

『源三?』
『淳、行くぞ!!!』
『え?』

そのまま、三杉の腕を引っ張って
勝手に三杉の車に乗り込む。

『早く!早く車出せよ!!!』
『でも…』
『いいからッ』
『あ…じゅあウチまで頼む』

車が走り出すのと同時に、
何人かが玄関から走り出て来た。

『源三・・・』
見るからに頭から湯気が出てる若林に視線を投げる。
『親父さんと何があった?』




********




足元を見た。
白いシューズに泥がこびりついてる。
見れば、おろしたてのジャージにも
幾つと無く泥が飛んで、斑な模様を描いてた。

『チッ』

軽く舌打ちして、若林が更に深くシートに身を預ける。

『で…親父がなんか言ってんのか?』
運転席をドンと蹴りながら運転手に聞く。

『いえ、私は早く坊ちゃまをお連れしろ…とだけ…』
『あのクソ親父が…』



家について、メイドが開けたドアをくぐる。

『坊ちゃま、旦那様がお待ちです』
『聞き飽きた』

ドカドカと着替えもせずに書斎に向かう。

会うのは…2年?いや、3年ぶりか?
ノックもせずに、扉を開けた。




『ひさしぶりだな、源三』

極力落とした光源に、
そのガッチリした姿が浮かび上がる。
久々の感覚に、源三も思わず唾を飲み込んだ。


『親父が俺に…何か用かよ』

紳士は立ち上がって数枚の書類を手にした。


『最近、お前の動向がおかしいと連絡が入った』
『あ?』

『そんな泥だらけになって…若林家の人間として
 恥ずかしいと思わないのか?』
『別に…サッカーしてたら泥くらい着くだろ?』

フウ、と紳士が溜息をつく。

『サッカー…河原で得体の知れぬ者に混じって…
 あれがお前の言うサッカーか?』
『テメエ・・・』
『私の事をテメェ、などと呼んで欲しくは無い』

両者の間に火花が散る。

『私が暫く居ない間に、お前の品位が落ちたようだ』
『偉そうな事ブッコイてんじゃねえぞ!』
『口の聞き方には気をつけるんだな』

若林が鋭い眼光で父親を睨む。

『私も長旅で少し疲れた…
 また明日、話し合うとしよう』

その言葉を合図に、執事の西田がドアを開ける。
足早に若林が部屋を出て行った。

『西田?』
『はい、会長…何で御座いましょう?』

『この少年…岬太郎? 彼の事について
 もっと詳しい資料が欲しい』
『ハッ!すぐにお持ち致します』


西田と呼ばれた執事が部屋を去り、
紳士が窓の外を睨む。

『源三…』



その日、源三の部屋の前、窓の外、
全てにSPが張り付いて、軟禁状態が続いた。

翌朝、学校に行こうと支度している若林の部屋に
父親が立ち寄る。

『朝食が済んだら私の書斎に来る様に』
『あ?俺ガッコあんだけど』

『今日は休むと連絡しておいた』
『…勝手な事してんじゃねえぞ、クソジジイ』

『源三、私に向かってそんな口は利かない方がいい』

またも冷静な火花が空を散る。


昼近くまで部屋の中をウロウロしていたが
周りにはSPが張り付き、どうにも身動きが取れない。
 ---明日昼飯、弁当作って来い---
『岬』
思わず、握り拳で壁を叩く。


『坊ちゃま、どうぞ今日だけは
 旦那様のお言いつけをお守りになって下さい』

専用のメイドに説き伏せられて、仕方なく
父親の居る書斎に足を運んだ。

『なんだよ、話って』
『卒業したら、ドイツに行く話だが…』
『俺、大学、日本で行くから!』
『?そんな事は以前は言って無かったぞ?』
『俺、決めたんだよ、もうちょっと日本に居るって』

紳士はフゥ、と溜息をついて椅子に座りなおす。


『その理由を聞かせてもらいたいね』

若林が胸を張って答える。

『大事なモノが出来た』

『大事なモノ?』
『そう…俺、今は日本で頑張る事にしたから』

紳士がやれやれ、と首を振る。

『何を言ってるんだ源三…』

『お前にはドイツで約束された将来があるんだぞ』
『どうせ親父が色々根回ししたんだろ?』
『何を言ってるんだ…』
『親父の敷いたレールを歩くのはごめんだって言ってるんだ』
『源三…待ちなさい…』
『俺は・・・俺は実力で世界一のキーパーになるッ!!!』

若林が勢い良く部屋を飛び出した。

『待て…源三!!!』

ホールを駆け抜ける音に続いて、
急発進する車の音が聞えた。

『西田?』

どこからともなく、西田が姿を現す。



『西田…やむを得ない…』
手元にある書類に目を落とした。

『かしこまりました。早速、手配致します』


柔らかな日差しが、厳格な書斎に降り注ぐ。



   ********


『親父にドイツには行かねえって言った』
『そっか…』

車が三杉家の車寄せに止まる。

『ま、ちょっとあがって行けよ』

三杉家は若林家の様なモダンな建物ではなく、
それこそ中世ヨーロッパを思い起こさせる様な
キッチリしたフランス仕様だ。

『相変わらず、お前の母ちゃんの趣味、スゲエよな』
『言うな、源三…』

薔薇園を抜けて三杉が自分の部屋のバルコニーから
自室へと歩を進める。
風でフワリ、と舞うレースのカーテン。
色とりどりのタペストリーが本棚の間で揺れる。

『俺もウンザリしてるんだから』
時代物の、猫足のソファに腰掛けて三杉が溜息をつく。

『あ…忘れてた』
三杉が立ち上がって、布に包まれたお弁当を渡す。

『これ、岬クンから…昨日の御礼って』

途端に若林の動きが止まった。
真っ赤な顔で三杉を睨む。

『お弁当だって…源三、愛されてるねぇ〜』
『ば…ばか言ってんじゃねえぞ…』

そう言いつつ、慌てて包みを解く。

『良かったな、源三vvv』
『絶対に一つもヤラねえからなッ!!!』

大事そうにお弁当箱を抱え込んで
そっと蓋を開ける若林を楽しそうに眺める。

『どおだい?愛しの岬クンの手料理は?』
『お前、コレ見ろよッ!!!』

大きなお弁当箱の半分に、大きなおにぎりが3つ。
どれも赤いハムで作った帽子を被って、細切りの海苔で
若林の顔が色々と表現されてる・・・・

『プッ』
三杉が思わず噴出した。

『すげえ!俺に似てるよな!!!
 笑ってんのと…怒って…って俺は
 こんなしかめッ面してねえぞ!!!』

散々楽しそうに眺めて
散々写メを撮ってから
美味しそうに頬張る…

『うまい…』

素直に感動してる若林を眺めた。


『なあ、源三、楽しんでるのに悪いけど…
 聞いてもいいかな?』
『あ゛?』
モグモグ…

『親父さんは…岬クンの事、知ってるのか?』

若林がピタリと動きを止めた。

『親父が?知らねえと思うけど…』

『そっか…ならいいんだけどね』


暫く、三杉は過去見た事も無いほどの笑顔で
お弁当を頬ばる若林を眺めていた。
シェフが作る以外の料理を食べる
若林源三なんて、滅多に見れるものでは無い。

でも…

三杉の胸のモヤモヤが消えない。



『何年も戻ってなかった親父さんが
 何で今この時期急に戻って来たんだと思う?』

ん?と若林が顔をあげた。

『…俺の動向がおかしいって報告が入ったんだってサ』
『報告?』

『美味かった!!!』

楽しげに弁当箱の蓋を閉める若林に
またも三杉が顰めた眉を向ける。

『お前の動向がおかしくなった原因は…岬クンだろ?』
『あ゛?』

若林の顔が一気に歪む。

『待て、源三、まず話を聞け・・・源三はさ、
 確かに岬クンに会ってから変わったと思う。
 俺や健は良い方向に変わったと思ってるけど…
 お前の親父さんが喜ぶ方向に変わったとは思えない』

『親父が喜ぶ方向???』

『そう…思い出せよ、昔お前が子供の頃は
 帝王教育を徹底させる為に、俺達ですら
 滅多に一緒には遊べ無かったんだぞ?
 俺達だって、資産家の息子だから
 付き合うのがやっと許された状態だったのに…
 なのにお前が俺達以外のヤツを連れ歩いて
 しかもそれが金持ちの子供でも無くて・・・
 お前が河原でサッカーしてるなんて聞いたら
 親父さん、卒倒するに決まってる』

『親父は昨日の庶民サッカーの事、知ってた』

『さすが親父さん!情報早いな・・・
 お前、デートでヘリ乗ってホテルでご飯食べたって
 そう言ってたけど、それだって全部、若林財閥絡みだろ?
 親父さんの耳に入らない事なんて何も無いんだよ』

『淳、何が言いたい?』

『親父さんが岬クンの事を知らない訳が無い、って事』

『・・・』

『そして、若林家の名にかけて、
 岬クンを源三の前から排除すると思う。
 岬クンがどんなにいい子でも、親父さんにとっては
 自分が思い描いてる、大事な息子の人生の中で
 邪魔な人物としか映らない筈だからね』

若林は身動きもせずに三杉の顔を見つめている。

『俺、さっき日本の大学に行くって親父に言った』
『え?』
『理由を聞かれたから、大事なモンが出来たって言った』

三杉が大きく溜息をつく。

   この素直な所がいいトコなんだけどね・・・

『じゃあその大事なモノが無くなれば
 お前が約束通りドイツに行くって、
 親父さんはそう考えるかも知れない』

『淳…』

『源三、お前本当に岬クンが好きか?』

若林が目をパチクリさせる。
慌てた様子で椅子から立ち上がった。

『当たり前だろ、マジで惚れてるよ!!!
 ・・あいつがどう思ってるかは…わかんねえケド』

『さっき健から電話が来て、源三がドイツに行くって
 そんな話してたら、岬クン…泣きそうな顔してたってサ』

『え?』
若林の顔が一気に朱に染まる。

『僕は結構、岬クンも源三に惚れてると思うケド?』

カチカチに固まって、若林がぎこちなく椅子に座った。
『そ、そ、そ〜か???』

若林が宙を仰ぐ。
嬉しそうな源三を見ながら、三杉がボソと口を開いた。

『お前の兄貴、どっちも結婚してるよな?』
『うん?ああ…』

若林には兄が二人いる。
歳の離れた兄弟で、どちらも若林グループにて
役員の座に納まり、現在は海外で生活をしている。
源三は遅く生まれた子供だったから、
余計に両親の愛情(?)を受ける形となった。

『2番目のお兄さんの話、覚えてるだろ?』
『え?』

若林家の一番目の兄は成績優秀、品行方正、
陽壱学園でも有名な卒業生として
現在ですら尚、その名前を轟かせている。
若林財閥唯一の弱点としていた
石油を扱う大企業の令嬢と結婚し、
大きく事業にも貢献している。

二番目の兄はどちらかと言えば源三に似て
何かにつけ腕力で物事を進め、
両親の頭痛の種であった。
高校2年で庶民の女性と恋に落ち、
何度も何度も家出を繰り返した挙句、
父親が相手の家庭に圧力を加えて破局させ
現在では見合い相手と落ち着いた生活を送っている。

『あの時、お兄さんの恋人の親父さん、
 会社をクビになって…家族全員、
 行方が分からなくなったよね?』
『・・・』
『源三…親父さんは自分の思う通りにならなかったら
 どんな手を使うか分からない』

三杉の言葉に、若林の顔も精悍さを帯びてくる。

『もし親父が知ったら・・・
 岬もどうなるか分からないって事だな?』
『そう』
『そしてお前が思うに…親父は知ってると思うんだな?』
『多分』

若林がガタン、と席を立つ。

『岬に会いに行く』

『え?』

驚く三杉に、振り返りザマ若林が声をかける。

『車と運転手借りるぞ』

スタスタと歩み去る若林に驚きつつ
三杉も慌てて立ち上がった。

『源三!!!待てよ!!』

三杉があたふたと後を追いながら
携帯電話に手を伸ばした。

『あ、教授…三杉です…すみません、
 どうしても外せない用事が出来て…
 ええ…すみません、また連絡します』

早口に告げながら、若林の背中を追った。



   *****


『じゃあ次はクロスで20本ね』

若島津が涼しい顔で笛を吹く。

『はぁ〜岬、キツくね?』

隣の松山が小さな声で呟いた。

『ホント…』


そう言ったけど、
練習がキツくなればなるほど、
練習をこなせばこなすほど、
父さんが近くなる気がしていた。

『(僕は絶対に負けないッ)』

3年の部員に混じって
次の大会に備えた本格的な練習。
本来の僕なら考えられないくらいの
凄いチャンスだもん、頑張らなくちゃ…

次の順番が来てボールを蹴った瞬間。。。


僕の前に走り出た人物に
思い切り
抱き締められてた。


『ちょ…』


僕の身体を包む、大きな腕の中。

『若林・・・さん?』



みんなのざわめきが聞える。
若林さんの匂いを吸い込んだ。

僕の耳元に、小さな  小さな呟き。



『俺が絶対に守るから』


若林さんの腕に力がこもる。












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