『西田、フランスでの手配は進んでいるのか?』

西田と呼ばれる男が恭しく頭を下げる。

『勿論でございます、旦那様』

旦那様、と呼ばれた男がフッ…と笑を零す。

『相手が貧乏人で良かった…彼らはいつでも金に屈する』

手にしていた書類を机に置き、やれやれ、とこめかみを揉んだ。

『源三が何を大切にしているか、私には分からん…
 けど、何が源三に大事かだけは知っているつもりだよ』

『勿論ですとも…なので本日の出向きは私が参ります』

『いや…』

西田に向かって大きく手を翳す。

『源三の大事なモノとやらをこの目で見てみたい』

『かしこまりました…では後ほど』

西田が音も無く部屋を去り、若林の父親がフゥと息をつく…

『君には済まない、と思うがね』


手にした岬の写真を置いた。


*****




その後の2,3日は平穏無事だった。

僕は何と無く…何と無くみんなに認められて
松山も含めてC4の近くに居た。


相変わらず来生、滝、井沢のいじわるトリオは
僕を目の仇にしてたけど、そんな時いつも
若林さんが守ってくれた。

三杉さんが時々『変わった事は無いかい?』って
僕に聞いてくる。。。
変わった事?僕がC4の面々と堂々と一緒に
ご飯食べたり遊んだり…若林さんの隣が僕の指定席になった。

これ以上変わった事なんてあるのかな?


そう、あの日までは…




朝、学校に行こうと支度していた時、
金ぴかの携帯が鳴り出した。


『(非通知?)』


若林さんなら番号が表示される筈…
そして、若林さんだけが僕の番号を知ってる筈…

怖くなってそのままにしていた。

暫くして音が鳴り止み、ホッとしながら鞄に入れようとした時
もう一度携帯が鳴り出した。

なんか怖かったけど、間違いなら間違いって
ハッキリ言った方がこれからはかかって来ないかも…
そんな思いで携帯を取った。

『はい…』

プーッと音がする。

『太郎?』

久々の声にビックリする・・・

『…父さん???父さんなの???』

『今成田なんだ、済まないが今日は学校に行かず
 待っててくれないか?今からそっちに向かうから』


又もプーッと音がして電話が切れた。
公衆電話…父さん、日本に居るんだ。。。

『何で父さんが???』

ビックリしたけど、掴んでいた鞄を卓袱台に置く。


『どうしたんだろ…』

フランスで2年は頑張るって言ってたのに。
とにかく今は待とう…僕は制服を脱ぎ始めた。



久々に見る父さんはちょっと違ってた。
うん、前よりも血色がいい感じ。
顔つきも精悍で、目標を持ってる感じ。

僕が淹れたお茶を美味しそうに啜る。


『父さん急にどうしたの?』
僕の問に優しく微笑んだ。


『太郎、チャンスが来たんだ』
『え?』

『ワシとお前が一緒に暮らせるチャンスなんだ』

え???

僕が訝しげな視線を送る。
父さんの目がキラキラしてた。

『ワシの絵を、バックアップしてくれる
 大口のクライアントが現れた…今までとは違う…
 今後全ての絵を買い取ってくれるんだ』

『父さん…』

『日本人なんだが、太郎の事を話したら
 なんと…太郎がフランスで暮らせる様に
 全て手配してくれると言うんだ、しかも前払いで』

父さんの顔がニコニコと歪む。

『でも父さん…』

『なんだ、太郎は嬉しくないのか?』

父さんとまた一緒に暮らせるのは嬉しいけど、
なんか僕の心に引っかかる。

『ねえ、そのクライアントってどこの国の人?』

『日本人だよ、ええと…なんとか財閥の…
 わか…確か若林…そう、若林財閥、かな?』


若林さん…そこまで手を回した???
なんかカチン、と来て反論しようとした時、
慎ましくドアをノックする音がした。


『誰だろ?』

僕が父さんに問いかけた時、
『若林と申しますが…』

密やかに告げる声が聞こえて来た。




ロマンスグレーのおじさんと、
そのお付の西田って人が座ってるだけで
僕の4畳半のアパートはイッパイなくらい、
厳格な空気が垂れ込めてた。

居心地悪そうに、どっかりと正座して、
僕の顔を穴の開くほど見つめてた。


『あの…どうぞ』

粗茶中の粗茶!
心の中で思いながら、そっと卓袱台に置く。

『ああ…お構いなく』

まるで毒でも見るかの様な視線を投げて
そのおじさんは口を開いた。


『君が岬、岬太郎くんだね?』

『はい…』

僕も居心地悪くなって手にしたお盆を持ったまま
向かい側に座る。隣の父さんを見ても、じっと…
じっとその男性を見つめたまま。

『僕が岬太郎ですけど…』

おじさんの顔が和らぐ。

『私は若林源三の父親だ』

『あ…はじめまして』


ペコリと頭を下げた。
なんで若林さんのお父さんがこの家に???

まさか…冷蔵庫返せとか???
息子の不祥事を色々聞きに来たとか???


頭の中を色々と駆け巡る。


『ウチの源三が…君にその…色々と
 構っていると聞いたもので』

『あ…ハイ…仲良くして頂いてますけど…』

『源三はね、今一番大事な時なんだ…これから
 ドイツに留学もするし、君に構っている暇は無い。
 だから、君にはフランスに行って貰いたいと思ってる。
 お父さんもフランスに居る事だし、サッカーの強い
 とても良い学校を手配しておいた…オイ…西田…』

おじさんがチラと視線を向けると、西田って人が
恭しく持っていたブリーフケースに手を伸ばす。

『ココに5千万用意してある』

パカ…と開かれたブリーフケースいっぱいに
1万円札が礼儀正しく並んでた。


『コレで、源三の事は忘れて欲しい』

『源三坊ちゃんはコレから日本を背負って立つ人物です。
 今、アナタと変な噂でも立ったら、今後の坊ちゃんの将来が危ない。
 フランス一流の学校も手配したし、お父様の今後もこの若林財閥が
 バックアップして行く事を約束します…本当に良い条件でしょう?
 あなた方の様な貧乏人にはこれだけ有れば十分な暮らしが出来る。
 一生手にする事の出来ない額ですよ。受け取って下さい』

西田って男がブリーフケースをこっちに滑らせた。

『源三は何故か君が相当気に入ってる様だが…
 小さい頃から私がずっと源三を管理してきた。
 学校生活もサッカーの練習も付き合う仲間も。
 申し訳無いが、君はその水準を満たしていない…
 ここは一つ大人の取引をしよう』

高級そうな上着の下から1通の手紙を取り出す。

『フランスでの学校の書類だ。君が大学を卒業するまで
 私が全ての学費を出そう…そうそう、お父さんには
 のびのび絵を描いて貰える様に画廊とアパートを契約した…
 但し条件はただ一つ…今後、源三には一切関わらないで欲しい』

畳の上をその書類が滑る。

『岬クン、君は頭がいい。受けてくれるね?』


全然飲み込め無かった。

『(何を勝手な事を…)』

僕の口がそう言い掛けた時…

父さんが立ち上がって台所に行った。


『何を勝手な事を』


手に持ってた容器を思い切り若林さんにぶちまけた。

『なっ…!!!』

頭から全身、塩だらけ…


『あんたは自分の息子を管理してるんだろう?
 あんたの息子は管理されなきゃ生きていけないかも知れんが
 ウチの太郎は管理なんかされなくても立派にちゃんと生きてます。
 どこに出しても恥ずかしく無い、ワシの息子です!!!
 帰ってくれ…あんた達の援助なんて必要ない。。。
 帰って自分の息子の首に縄でもつけて見張ってればいいんだ!
 ワシの息子を侮辱するのもいい加減にしろ!!!』

『と…父さん…』

『会長大丈夫ですか???…オイ、口を慎め!!』

西田って人がオロオロしてる中、若林くんの父親が父さんを睨む。


『穏便に済まそうと思ったが…』

立ち上がって高そうなスーツから塩を払う。

『今後一切、若林財閥はアナタから手を引く…
 それがどんな事がお分かりですね?』

『あの…』

どうしてイイかわからない僕におじさんがキッと目を剥いた。

『そのお金も持って帰って下さい』

父さんがブリーフケースを投げた。

若林さんのお父さんにトン…とぶつかり、
西田って人が慌てて蓋を閉める。

襟を正しながらおじさんが呟く。


『君も大事なモノはせいぜい大切にするがいい…
 それから…手加減はしないからそのつもりで』


大股でズカズカと部屋を横切り、2人が出て行った。





『父さん大丈夫?』

普段、滅多に語らない父さんが、こんなに熱くなって
人に怒ってる所なんて初めて見た。

『わはは…太郎!あいつの顔見たか?』

『父さん!ふざけてる場合じゃないよ…きっと…』


きっとあの人は今後の父さんの邪魔をする…
どの画廊に絵が掛かろうと売れないように手配するんだ。

あの人の言う通り…僕等貧乏人は大人しくしてなきゃ…


『太郎…ワシが何が悔しかったかわかるか?』

『え???』


父さんが恥ずかしげにヒゲを撫でる。

『ワシは売れない絵描きで…それは事実だ。
 後世まで語り継がれるとは思っとらん。
 でも、太郎の事はワシと何も関係ない。
 幾ら奴等が金持ちだろうと、太郎を…
 太郎を侮辱する事だけは許せないんだよ』

言葉が出なかった。


『ワシがこんな生活をしてる事を太郎が責めた事があるか?
 …一度も無い。本当なら母さんの所に行って、
 普通の生活を送れる筈なのに、お前がワシを選んでくれた。
 感謝してる…お前の事を思って今回の話を受けようと思ったが
 とんだ黒幕が居たな…心配かけて済まなかった…』

僕は父さんの手を握った。

『若林さんてね、ホントに突拍子も無いけど、
 本当はイイ人なんだ…でも、いつも一人ぼっちで
 僕は…その…良い友達になれたらって…
 寂しい人で、僕と父さんみたいに、家族と信頼関係を
 築けたらいいな、って思ってたけど…』

父さんの顔を覗きこむ。

『あのお父さんじゅあ苦労しそうだね。。。
 僕、僕は父さんの息子で良かったよ』

父さんの手が僕の頭を優しく包む。

『ワシも…ワシの息子が太郎で良かった』


『父さん、どうするの?クライアントの殆どが
 若林財閥関連の人じゃないの???』


現実。


『心配するな。ワシだってヌクヌクと甘えていた訳じゃない。
 若林財閥の息の掛かっていないクライアントもいるんだよ』

『ホント??』

『本当だ…ヨーロッパの、ワシが書いた絵を
 無条件で買ってくれる顧客は数人居る。。。
 但し、今回みたいにお前の事までは面倒見てくれんがな』

それは大丈夫。
父さんが日本を離れる時、僕の学費を事前に全部払ってくれた。
自分の事を顧みずに投資してくれた事、ちゃんと知ってる。

『父さん、僕なら大丈夫…このアパートの家賃も
 生活費もちゃんと稼いでちゃんと勉強して学校行って、
 ちゃんとサッカーもして…いつか自分でフランス行くから』

父さんの首にギュッと抱きついた。
そして…フ…と思う…

『父さん、でもどうして日本に帰って来たの?』

『友達がな、ワシの周りで不穏な動きが有るからって
 教えてくれたんだ、多分若林財閥の事だろう』

『そんな…じゃあ絵だって売れるの難しくなるよ?』

父さんがワハハと豪快に笑った。

『心配するな、以前のスポンサーとは手を切って来た、
 若林財閥とは縁の無い、ちゃんとした人物の元で
 ワシは絵を描くことを約束されている、ワシの絵も
 その人が購入してくれるんだ、ただ…お前の事が
 心配になって…先日、ワシの元に連絡が入ってな、
 そう、若林源三と言う若者がお前の連絡先を知らせて来た』

卓袱台の上の携帯電話を見やる。

『若林さんが???』

『そう、その…若林財閥がワシと息子さんに
 何かするかも知れない、だから気をつけて欲しいって』

え?じゃあ若林さん  知って  るの?

『始めは何かのイタズラかと思ったが…
 お前の学園の様子や自分の父親のやりそうな事を
 熱心にワシに話してくれたよ、新しい仕事の話もあって
 一度日本に帰ろうと思ってな』

自分のお父さんがこんな事するって若林さんは知って るの?


『太郎…ワシの事は心配するな。
 お前も学校を退学になる事は無いだろう。
 若林君が…お前の事は必ず守るから、
 とワシに約束してくれたしな』

うん、と力無く頷く。

『太郎、ワシはお前の事を誇りに思っている。
 だから、今は若林君の力になってやってくれないか?』

『え?』

『ワシは同じ父親として、彼の父親の気持ちが分からんでも無い。
 誰だって自分の子供の幸せを願うのは一緒だからな…ただ…
 若林君がその事を知っているのが、同じ父親として悲しいんだ。
 彼の予想が当っていたとなると、彼はきっと…悲しいと思うんだよ』

そう、そうだよね、父さん。
ちょっと常識を越してるけど、子供を思う気持ちはみんな同じ。
僕の父さんがこんな事したって知ったら…僕も悲しい。

『僕、ちょっと若林さんに会ってくる』

うん、と父さんは頷いた。

『お前の元気な顔が見れて良かったよ。ワシも仕事の話が有って
 今日はもう行かなきゃならん…明日の昼にはフランスに戻るよ。
 ワシも頑張るから、お前もガンバレ』

優しく僕の頭を撫でてくれた。

『父さん』

もう一度ギュッと抱きついてその匂いを嗅いだ。
父さんの匂い。
僕と父さんはこんなに近い。

若林さんのお父さんと若林さんは
どれだけ遠いんだろ…


*****




『全く…とんだ親子でしたね』

ロールスロイスの中で西田が話しかける。

『いや、なかなか面白かった』


『(ワシの息子を侮辱するのもいい加減にしろ!!!)』


あの親子の一歩も引かない目。
強い絆を感じた。

私と源三と…以前にちゃんと話したのはいつだろう。

もう、忘れてしまうくらい昔だ。


『西田、仕方が無い、作戦を変えよう。
 あの親子にはストレートには伝わらない様だ』

『かしこまりました』












         back/home/next
広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット