『緊張した〜…・・』

食堂を走り抜けて、屋上に向かおうと
息を切らして走る。
松山、もう居ないかな?

『あ…』

三階の非常階段に人影。
もしかして…

『大空先輩』

僕が声をかけると、大空翼が眠そうな目をあげた。

『やあ』
『青札、撤回してくれました…もしかして…』

大空翼が何か言ってくれたのかも?
だって昨日、そう言ってたよね。

『ああ…昨日、源三の家に行ってその話したけど
 本人が撤回するって騒いでたよ』

な〜んだ…
ちょっとガッカリする僕。

『でも、良かったね』

大空翼の笑顔。
やっぱり…なんか安心する。

『座れば?』
『あ…ハイ…』

僕はペタンと座り込んだ。

『ねえ岬クン、源三と何か有った?』


    どき〜ん!!!


僕の心臓が音を立てて脈打った。

『え?』

『なんかさ、源三…岬クンを気に入ってるみたいだね』
『そ…そうですか???』
『昨日もね、岬クンの話ばっかりしてた』
『ああ…』
『・・・』
『さ…さっきもランチ奢ってくれたんですよ』

大空翼。
事故の事知ってるのかな?

『でも、僕みたいな庶民にはなんっかこう…
 全然不釣り合いで…だってステーキとか
 こんなに厚いんですよ!お料理の名前とか
 想像も出来ない様な…僕が今まで全然
 食べた事も無い物ばっかりで・・・
 はは…何を考えてるんでしょうね』
なんか緊張の余り、巧く喋れないッ!!!

『美味しかった?』

大空翼の笑顔。

『あ…お…美味しかったです…』
『うん、ココのシェフ全員一流だから』
『そう…なんですね…』

違うよ。
僕、大空翼とこんな話がしたいんじゃないんだ。

『今日、部活…』
『岬クンの怪我は大丈夫?』
『大丈夫デスッ!!!』
『良かった…』

大空翼が僕に弱々しい顔を向けた。

『俺、C3しか友達が居なかったから…』
『え・・・』

僕に向けられた、
眩しい笑顔。

この学園に来て、僕に起こった様々な出来事。
そのどれよりも今の僕が必要としてるもの。

『岬くん、後でまた一緒に走ろう』



若林さんと居ると緊張する。
あの強引な優しさが、嬉しく無い訳じゃない。
けど、大空翼みたいに
素直に心に飛び込んでくる優しさが好きだ。


『…ハイ』




大空翼との会話。
非常階段で交わされる、
あの密やかな言葉のやり取りもいい。
けど、
ボールを通じて交わされる会話が・・・
今の僕に取って 何よりも気持ちいい。

『やったね、岬クン』
『・・・大空先輩』
『次の大会もこの調子で行こう』

父さん。
フランスの空の下でちゃんと食べてる?
僕?
僕はこんなに楽しくサッカーしてるよ。



『お前ら…』

突然の不機嫌そうな声に僕は我に返った。

『源三…珍しいね』
『翼。お前だってずっと部活なんか出なかったのに』
『俺は今、次の大会に向けて練習中なんだ…
 パートナーが出来たからね』

いきなり僕の手を掴んで前に押し出す。

『ね、岬クン?』
『あ…はい・・・・・』

その後の若林さんの不機嫌さは異常だった。
僕等はいつ終るか分からない程のシゴキを受けて
もう、走るなんて    無理…

『大丈夫?』

ヘトヘトになった僕に大空翼が寄って来る。

『だ…大丈夫…デス…』
『源三、なんか荒れてるなあ』

起き上がれない僕にタオルを差し出してくれた。

『大空先輩…平気…なんですか?』
『俺?俺はいつもプロと走ってるから』

そっか…
僕なんかとは 格 が違うよね。

『でも、一緒に走ってて楽しいのは岬クンだな』
『え?』

『プロってやっぱり自分を売らなきゃならないから
 ついつい自分勝手な行動に出ちゃうけど』

また、大空翼が笑った。

『岬クンはちゃんと俺を見て走ってくれるから』

ウッ…
反則だ。

『なんか、伝わる感じがするよ』


父さん。
僕、大空翼と走りたい。
ずっとずっと。

『オイ、お前ら…』
『出たッ!』

僕の言葉に若林さんの顔が引きつる。

『てめぇ…俺を化け物みたいに言うなッ』
『だって』
『だってもへったくれもねえッ!!!』

出た〜ッ!!!
自分がメチャクチャなメニュー組んだくせに。

『おい、岬、早く立て』
若林さんが僕の手をグイと引く。
ちょ…
『ちょっと…待って下さい…僕、まだ立てな…』

言いかけた僕を軽々と持ち上げた。

『え?』
『黙ってろ』

大空翼も松山も…
みんなが見てる中を
若林さんが僕を抱えて歩く。

『ちょ…降ろして下さい』
『イヤだ』

出たッ
ワガママ若林!!!

『いいから静かにしてろ』

さっきまで、心臓がドキドキしてた。
沢山運動して、呼吸が乱れてた。
でも今、
若林さんの腕の中で

僕の心臓が更に激しく脈打ってる。


熱いシャワーの下に居た。

いつもの部室の…じゅなくて
若林さん専用の個室シャワー。
乱暴に更衣室に放り込まれて
『いいからシャワー浴びろ』
って閉じ込められた。

一流ホテルってこんな感じなのかな?
金色のノブを捻って熱いお湯の下に立つ。
使い古しの石鹸とかじゃなくて
なんか、こう、いい匂いがする。

『(大理石???)』

僕の足元で、泡がグルグルと排水口に消えて行く。

このシャワー室。
僕のアパートくらいある…

ハッ

ダメだ。。。
僕、流されちゃダメだ。
こんな所、僕には似合わない。
ちゃんと地に足つけないと。

シャワーの栓をキュっと閉める。
そう。
ここは僕なんかの居る場所じゃない。

擂りガラスのドアをガチャと開けると、
フワフワのタオルとガウンが見えた。

ダメだ。。。
僕、流されちゃダメだ。

一応、タオルを手にとって身体を拭いた。

『若林さん???』

このガウン、借りてもいいのかな?

キョロキョロと見渡すけど、
この更衣室には人影が無くて、
ドアの向こうから話声が聞こえる。

『良かったなあ!翼!』

何が良かったんだろ?

『(髪、乾かそう)』

それにしても・・・
大きな鏡の前で溜息を付く。
若林さん卒業したら
誰が使うんだよ…ココ…

あー!!! もうッ!
お金持ちの考えてる事って
ホントに分からない。

ドライヤーで髪乾かしてる時に
いきなりドアが開いた。

『岬、コレ、制服な』
『え?』

若林さんの手に、新しそうな制服と練習着。

『あの…』
『き…着替えたらスグ来いよ』

乱暴にドアが閉められる。

ドライヤーを止めて制服に手を伸ばした。
明らかに今までとは違う手触り。

『お前を取り巻きに入れてやる』

先日の言葉が蘇って
なんか怒りがフツフツと湧きあがった。
制服を掴んで勢い良くドアを開ける。

『若林さんッ!!!』

目の前にC4の面々が揃ってた。

『アレ?お前、制服着ろよ』
『僕の制服は?』
『あ?今お前が持ってるじゃねえか』
『コレ…僕のじゃありません』
『何でもいいんだよ。それがお前の制服なんだから』
『僕の…父さんが買ってくれた制服は?』
『ああ、今までのは捨てた』
『すて…捨てた?』

父さんがどんな思いで僕をココに入れたなんて
ちいいいいいいっとも知らないくせに。
お金が無いけど、クライアントに頭を下げて
やっと入学出来たのに。。。
僕がどんな思いでバイトしてるかも知らないクセに。。。

『許せない』

あの、青札を貼られた日の事を思い出した。
人の人生にズカズカ入り込んで、
好き勝手に僕の人生をかき回して・・・

ぱっちーーーーーーーーん

若林さんのキョトンとした顔を
思いっきりひっぱたいた。

『若林さんの   ばかッ』

そのまま裸足で飛び出した。

『ホントに…   大っ嫌い』


**********************:


僕。
ガウンのままだよ。
しかも裸足。

なんでこんな恥ずかしい格好で
学園の中走ってるんだろう。。。

焼却炉まで辿り着く。
重たい鉄の扉をガラガラと引き開けた。

『あった』

ビニールに入れられた、クシャクシャの僕の制服。
そのままギュッと抱き締めた。






『太郎。これから行く陽壱学園は
 サッカーは一流だが色々と大変な事も多いらしい。
 お金持ちの子供さんが多いと聞くが
 コレが今のワシにしてやれる精一杯だ』

そう言って渡してくれた制服。
若林さんが気まぐれで買ったのとは重みが違う。






『父さん』

制服を抱き締めてペタンと座り込む。
若林さんに、僕の気持ちなんて分からない。
若林さんに、父さんの気持ちなんて分からない。

さっき、腕の中でドキドキした自分が
また許せなくなって来た。

大きく息を吸う。
若林さんは許せないけど、ワザとやってるって
そんな感じじゃ無かったのも分かる。
表現のヘタクソな若林さんが、色々と
一生懸命に僕にしてくれようとしてるのも
何と無く分かる…でも、なんでこんな風に・・・
僕の人生に入り込んで来るんだろう。。。

大きく溜息をついた。

『制服戻って来たし…もういいや』

ふと我に返って自分の姿を見下ろす。
白かったガウンがドロドロになってた。

部室戻って着替えよう…と思った時、

『岬…何やってんだよ』

松山がひょっこり顔を出した。



********************



『松山〜ッ』

ホッとしたのと、情けないのとで
なんか涙がイッパイ出てきた。
松山の腕を掴んで、顔も上げられない。

『オイ、岬大丈夫か?』
『・・・』
『若林さんにいじめられたのか?』
『ううん』
『なんだかわかんねえケド大変そうだよな』
『・・・』
『若林さんに気に入られるって、この学校じゃ
 スゲエ事だけど、お前辛そうじゃん』

松山が優しく僕の背中を叩いてくれた。

『でもさ、いつでも俺が居るから大丈夫だよ』

松山は優しい。
こんな風に僕を分かってくれたら
きっと僕だって若林さんの事・・・

『松山くん…だっけ?』

僕の背中から声が聞こえた。

『慰め役、変わってもらってもいいかな?』


******


三杉さんとはあんまり話した事が無いから
すっごおおく緊張する。
車で送るから、って僕を乗せて以来、
一言も口をきいてくれない。

『あ…あの…』
『ちょっと待ってね』

そう言いながら、膝に乗せている書類を
サラサラと目で追って行く。

あ〜あ。。。
僕、一度でいいからベンツに乗ってみたいって
ちょっと思ってたけど、こんなに緊張するなら
もう二度と乗りたくないや。

窓の外を見る。
全然知らない郊外の景色。

僕、どこに連れてかれるんだろう。

『あのう…?』
『ごめんごめん、教授からのFAXで…
 明日学会で発表があるんだ』
『はあ…』

そっか。三杉先輩って、大学でなんか色々
手伝ってるって松山が言ってたもんね。。
三杉先輩が書類を鞄に戻して、僕の方を向く。
大人びた、訳知り顔の微笑を浮べながら口を開いた。

『ねえ、岬クン、正直、源三ってどお?』
『どう…と聞かれても』

単刀直入に聞かれても返答に困る。

『ワガママで、急に僕の人生に入り込んで…
 優しいのも分かるけど、若林さんと知り合った
 この数日で僕の学園生活は随分変わりました』
『うん、俺も見ててそう思う』

三杉さんが だよね って顔をした。

『岬クンさ、何度かこの辺りに住んだ事あるよね?』
『あ〜小学校の時にちょっとだけですけど…』
『ほんと?僕が調べた資料によると…ええと…』

調べた資料???
頭がクラクラした。
何?
興信所経由???

『岬クン、3つ位の時にちょっと住んでたハズなんだ』
『…覚えて無いです』

僕の顔を見て、三杉先輩がクスクス笑い出した。

『うん。そう思う』

なら、聞かないで下さいよ。
でも、僕、本当に住んでたのかな?

『岬クン、小さい頃源三と会った事無い?』
『エッ!!!』

事故の事思い出して顔が熱くなる。
よ…良かった…夕日できっとバレてないはず…

『源三の家、凄いだろ?』
『あ…ハイ…』

三杉さんの言ってる事が良く分からないけど、
若林さんの大きな家を思い出した。
昔、絵本で見たお城みたいにキレイで
天上が高くて絵がいっぱいあって
冷たい大理石の廊下がずっと続いてて…

『あいつさ、両親も海外だし、兄貴2人も
 早くから海外生活しててずっと一人なんだよ』
『ええ…聞きました』
『サッカーだって専用コーチが付いてるし』
『確か西ドイツからって…』
『そう。確かにあいつ自身も海外で活躍してるけど
 高校卒業までは日本にいる事になってるんだ』
『そうなんですか…』

って!
僕には何も関係無い話だよ。

『アイツさ、小さい頃から結構屈折してて、
 親友の俺らでも手を焼いてたんだけど』
『…』
『ホントは人一倍寂しがり屋で優しいヤツなんだ』

なんとなく分かる。

『乱暴だし、不器用だけど、
 心が伝わって来るって言うか…』

うん。不器用なんだよね。

『だから俺達もずっと親友で居るし』

三杉さんが溜息を一つ付いた。

『小さい頃、学校が終るとアイツはいつも家で
 サッカーの特訓やら家庭教師やらに追われてて
 俺らと遊ぶヒマもロクに無かった。幼稚舎にも
 あんまり来なかったし。アイツの親父さんが
 自分の息子には一流のモノを…主義だったからサ。
 たまに夜、コッソリ源三の部屋に様子を見に行ったよ。
 アイツ、部屋に入るなり【何しに来たんだ】って
 怒鳴るクセに、帰るって言うと【帰るな】とか言って…』

おかしそうに笑う。

『とにかく素直なヤツじゃないんだ』

ふ〜ん…
なんか、そう聞くとかわいそう?
僕はいつでも父さんと一緒に居て
いつでも好きなだけサッカーしてた。
周りにはいつも仲間が居たし。

『そんなアイツが、ある日楽しそうに言うんだ。
 目、キラキラさせて【俺、宝物見つけた】って。
 何の事か良く分からなかったけど
 なんでも凄くキレイな子と近所の公園で
 一緒にサッカーして遊んだって言うんだよ。
 源三、ずっと専属コーチが居たけど寂しくて
 夕方になると家を抜け出して近所の公園で
 一人時間を潰してた時期があるんだよね。
 ブランコ乗ってたら小さな子が寄ってきて
 【お兄ちゃん一人で寂しいの?なら一緒に遊ぼうよ】
 って言ったらしいんだ。次の日も来て嬉しかったから
 一緒に遊んだらしいけど…』

チラ、と僕を見る。

『あの時、源三が言ってた 茶色のサラサラした髪。
 ビー玉みたいにキラキラした目って…まるで
 今の岬クンにそっくりなんだよなあ』
『そ…そうですか?』
『源三の親父さんがすぐに気がついて二度と
 家から出さないように目を光らせちゃったケド
 源三はあの時からずっとその子を探してて
 多分岬クンに会った瞬間に【見つけた】って
 そう思っちゃったんだと思うんだよね…』
『・・・』
『乱暴モノの源三の中で、一番キレイな思い出』
『はあ』

そんな事言われても…

『岬クンに会ってから、なんか源三変わったし』
『そうですか?』
『うん。アイツがあんなに他人に何かする所なんて
 見た事無いから面白い』

僕は全然面白く無いです。
いや、むしろ  迷惑???

『岬クンはさ、迷惑に思うかも知れないけど』

うッ 心の中読まれた?

『源三の優しさは分かってやって』
『・・・』
『岬クンには岬クンの事情があるけど、
 あいつなりに岬クンに一生懸命なんだ』





何も言えなかった。
僕だって若林さんの好意は分かる。
けど、なんか…
僕には受け止めきれなくて。
ガウンのまま、アパートの階段を登る。

だって僕はこんなボロボロのアパートに住んでて
全然住む世界も違うし。
大事にしてるモノだって違う。
僕は父さんと、父さんとの約束が大事。
若林さんは…
何を大事にしてるんだろう。

部屋に入って制服をかけた。
父さんから貰った安物の制服と、
三杉さんから渡された
若林さんからのプレゼント。

今日バイト無くて良かった。
部屋着に着替えてお茶を淹れる。

ホント、もう良く分からないや。
僕だって若林さんが不器用で、
でも優しくて良くしてくれるのは知ってる。
じ…事故の事だって、今日僕を抱いた腕が
こんなにも僕をドキドキさせる事も知ってる。
でも、急に土足で僕の人生に入ってきて
どうやって対処していいか分からない。


トントン。

家のドアがノックされた。
珍しい… 誰だろう?

『ノラネコヤマトで〜す』

明るいお兄さんの声。
ドアを開けると そこに・・・

『若林源三サマからのお荷物です』

どっちゃりと積まれた米俵と野菜があった。

あはは…
分かった。

僕を悩ませる原因。

若林さん
限度を知らないって事だッ!!!





いつも通りに起きる。
朝ご飯食べて歯を磨いて 
2つの制服の前に立った。

『(アイツなりに一生懸命なんだ)』

僕は
若林さんから貰った制服を手に取った。





『オイ、見ろよアイツの制服』
『ったく、ボンビーがどんな手を使ってるんだよ』
『全く腹が立つよな』

中傷する声は無視。
コレは僕なりの感謝の気持ちだから。

『岬、オハヨ』
『松山』
『昨日のサッカーの試合観た?』
『ううん…ウチ、テレビ無いもん』

松山の顔を見るとホッとする。
校舎まで続く道を、2人で並んで歩く。

『岬クン!』
『あ、若島津さん…オハヨウございます』

この人が朝から登校なんて珍しい〜…
って事は・・・・
チラ、と若島津さんの後ろに目をやる。

『よ…ヨオ』

出た〜ッ 若林源三ッ!!!

『お…おはようございます』

なんか、緊張スル。

『お前、昨日はその…』
照れ臭そうな若林さんを若島津さんが突つく。
『制服の事、わ…わ…    悪かったなッ!』

うわ〜・・・
天下の若林源三が 悪かったナ だって。
なんか可笑しくなって来た。

『俺、じ…事情…あんま知らなくて…』

コッチまでなんか照れてきた。

『いいですよ、もう』

なんだか知らないけど、
顔から火が出そう。

『あ!ソレ俺がやった制服じゃん!』

やっぱりバレた???
若林さんの顔が急にパッと輝く。
今まで見た事も無い、子供みたいな笑顔。
胸の奥がドキリ…と鳴った。

『き…昨日はこっちこそ…なんか沢山…
 ありがとうございました』

『いいから…ちゃんと食えよ』

ちょっと照れ臭そうに呟く。
やっぱり。
本当はこの人、イイ人なのかも知れない。

『でも、僕の家、冷蔵庫とか無いから
 もう本当にしないで下さいね』
『え?』

え?若林さんも若島津さんも…
松山ですら止まってる。

『貧乏とは聞いてたがココまでとは…』

若島津さんがう〜ん…と唸る。

『ホ…ホラ、松山、もう行こう』

僕がグイと背中を押した。

『岬』

若林さんのニヤリと笑った顔。

『今夜楽しみにしておけよ…
 また部活でな』

楽しみって・・・・。
もしかして???


はあ。
今日は一日、針のむしろだった。
松山が一生懸命庇ってくれるけど
日に日に滝・井沢・来生トリオもきつくなる。

息抜きがしたくて、非常階段に行った。
擂りガラスの向こう、ポツンとした影。

『大空先輩』
『・・・』

非常階段に腰掛けて、放心した大空翼の顔。

『大空先輩?』
『あ…岬クン』

まるで目に入って無かったかのように
ユラリと身体を動かした。
その拍子に大空翼の手から雑誌が落ちる。

『大空先輩、今日部活出ますか?』

最近、楽しくて仕方の無い部活。
だって大空翼と一緒に走れるんだもん。

『部活…
 ねえ、それより…』

力なく雑誌を拾い上げて、
やっと僕の目を見た。

『ブラジルとの時差ってどのくらいか知ってる?』
『ブラジル?????』

僕の驚いた顔を見て、
フイと横を向いた。

『いいんだ、別に』

なんか、いつもと雰囲気が違う。
でも、心なしか、笑顔。
その後、眠る様にズルズルと身体を横たえた。

『大空先輩?』

僕の声なんて、耳に入って無いみたい。

『また、部活で…』


その日。
大空翼は部活に来なかった。



**********************


『ええ〜ッ!こんなに貰っていいのかよッ!』
『うん。野菜とか悪くなっちゃうし。
 小次郎の家って兄弟沢山居たよね?』
『おう…ありがとうな、岬』

昨日もらった米と野菜。
かなりの量を小次郎に進呈した。
僕一人じゃ消費しきれないもん。

『でも、若林って強烈だな』
『ほんと。。困る』
『でも、岬、部活は普通に出来てるんだろ?』
『うん。ちゃんとどころか前以上に凄い練習してる』
『なら、ちょっと良かったな』
『うん…』

大空翼も、若林さんも、やっぱり凄い。
プロから受けた技術を教えてくれる。
ほんと、凄いなんてモンじゃない。

『若林ってさ、お前にホレてんのかもな』
『ちょ…小次郎!!!』
『だって、ホレても無いヤツにそんなにしないだろ』
『え〜…違うと思うなあ…』
『だってお前を心配してこんなに食材くれたんだろ?』
『そう…だけど・・・』
『いくら財力があったって、嫌いなヤツには何もしないよ』
『そうかなあ…?』
『正直!岬はどうなんだ?』

三杉さんの話を思い出す。
でも…若林さんが僕にホレてるなんて思えない。
僕が小さい頃に見た仲良しの子に似てるから
きっとソレでなんだよ…
僕が見た事も無い位の貧乏で
若林さんの周りに居なかったタイプだから…サ。
ちょっと珍しい動物が気になる感覚?

それより今、僕には気になる事があるんだ。
今日の大空翼。。なんか元気無かった。

『僕は…僕は今、大空翼とサッカーがしたい』
『大空翼…確かにナア…』
『うん』
『…そっか…報われねえなあ、若林』
『え?』
『まあ、あんまり若林を傷つけんなよ』

小次郎が僕の顔を見てニヤリと笑った。

『傷つけるって…そんな…』
『今後はどんな事するんだろうな、若林』
『僕・・・一つだけ確信がある』


バイトが終って、一息ついた時。

トントン
『ノラネコヤマトで〜す』

来た!!!

『若林サマから冷蔵庫のお届けモノで〜ス』

やっぱり〜ッ!!!!!

四畳半の部屋に一畳半の台所。
こんな『両開き・イオンで野菜美味しさUP☆』なんて
大きい冷蔵庫、置ける訳が無いっつううううううの!

気持ちはありがたい。
彼なりの僕に対する大事の仕方で
表現してくれてるんだと思う。

でも。
デモッ!!!

やっぱり限度があるよ〜ッ!!!

『明日、ちゃんと言おう』

もう、こんな事して欲しく無いって。
僕、冷蔵庫が無くったって平気だし
普通に暮らしてるしちゃんと言おう。

明日。


明日、大空翼は
学校来るかな・・・





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