学食で、翼を欠いたC3が
溜息交じりのランチを突く。

『翼のヤツ、学校来ないな…』
『家に電話しても出ないんだ』
『ロベルトが明日帰るからじゃねえの?』

サラッと言ってのけた源三に、
三杉がはぁ…と大きく溜息をついた。

『源三…もうちょっと手加減してやれよ。
 ったく、デリカシーが無いんだから』
『???俺はデリバリーなんて持ってないぜ』

  だからデリカシーだってばッ!!!

三杉・若島津の両者が頭を痛める。

『なあ源三、お前だって一度裏切られた人間に
 もう一度行くな…なんて言えないだろ?』
『なんで?』
『なんでって…ソリャ…断られるのが怖いからだよ』

若林がフン…と椅子に踏ん反り返った。

『そんなもん、言わなきゃわからねえ』
『お前さ、翼の気持ち少しは考えてやれよ』
『考えてたって始まらねえよ』
『それはそうだけど…』
『俺は今、翼に構ってる余裕ねえし』
『え?』  ×2

『岬が…なんか元気ねえんだ…』

   やっぱりコイツの問題はソコか・・・

『翼はハッキリ、ロベルトに言やぁいいんだ。
 自分の気持ち…行って欲しく無いって』

   それが言えたら苦労してないダロ・・・

『じゃあさ、源三も岬クンに聞いてみろよ』

堪りかねた三杉が、いつになく真剣な口調になる。

『なんで最近、元気無いのかって』
『そんな事(俺様が)聞けるかよッ』
『それは…源三だって気がついてるからだろ』

若林が前に乗り出した。

『俺が何を気づいてるって言うんだよ』
『岬クンが元気が無いのって…
 あの記者会見の次の日からだぜ』
『そうそう、翼が学校に来なくなってからだよな』

『・・・てめえら』

『翼と岬クンがコンビ組んでサッカーして
 楽しそうにしてたの、お前だって知ってるだろ?』
『そ…ソレは…』
『お前が岬クンを好きだッて言うのは分かる』
『三杉…』
『でも、岬クンが誰を好きなのかって
 ・・・お前考えた事あるのかよッ』

若林の動きが止まる。

『源三の言葉を借りるなら、
 聞いてみなくちゃ分からないけど、
 押し付けるのだけが愛情とは思えない』


三杉が立ち上がって手元の本をまとめる。


『黙って見守るのも、愛情の一つだと思うよ』


そのまま席を立って歩き出す。

『お…オイ…淳…』

若島津も慌てて席を立つ。

『じゃな、源三』



『クソッ』

学食の特別二階席。
ポツンと若林の姿が残る。



*************************



晴れ渡る秋の空の下・・・
非常階段には誰も居ない。
今日もまた来ちゃった…
大空翼は来ないのに。。。

あの記者会見の後、どうにも元気が出ない。
大きな冷蔵庫も引き取ってもらったし、
(その代わりに小さい冷蔵庫がウチに来た)
若林さん取り巻きの3人組も何も言ってこないし
青札貼られた事もみんな忘れかけてる。
でも、僕は覚えてる。

大空翼の、消えちゃいそうな背中。。。

あの日から全然姿を見て無いし。
部活も普通にしてるけど、僕は違う。
また、大空翼と走りたい。

あの、打ち解けた緊張感。
あの、消えちゃいそうな背中。

大空翼に会いたいな…
また、一緒に走りたい。
僕の素直な気持ち・・・

大空翼に会いたい。


『会いたいよ〜ッ!!!』










『会いたいって誰の事?』

突然後ろから声がした。。。
お…大空翼〜〜〜ッ?????

『あ…あの…そ…ソレ…は……』

ウッソ!今の聞かれちゃった???
ドキドキする僕の横を過ぎて、
大空翼はゆっくりと手すりに凭れた。

『ああ、分かった…
 岬クン、ロベルトに会いたいんだね?』

えええ〜〜〜〜〜ッ!!!!!
なんでそうなっちゃうの〜〜?!?!?!?




そんな訳で、僕はまたハイブリッジホテルに居た。
車の中でも、エレベーターの中でも、
大空翼は全然口を開かない。

ただ、思いつめた様な、諦めた表情を浮べて
その視線が宙を漂うだけ。
なんだか胸が苦しくなって来た。

『ロベルト…俺だけど…』

大空翼のノックに、ロベルト本郷が
大降りな動作で招き入れた。

『あれ?君は確か…』
『こんにちは』

部屋の中は雑然としていて、
2つのスーツケースの周りに
衣類やら本やらが散らばってる。

『岬くん…?だっけ。すまないね、散らかってて』
『いえ…僕の方こそ、お忙しい中すみません』
『見ての通り、帰国準備の真っ最中でね』

ロベルト本郷がニッコリ笑いかけた。
僕は大空翼に視線を泳がす。

入り口の柱に凭れて、視線は床に落ちたまま。

『岬クンのスーツ、クリーニング上がってるよ』
そう言って、松山のスーツを渡してくれる。
『あ…本当にあの日は…すみませんでした』

そう言えば。。。
僕、大空翼にスーツの御礼も言ってなかった。
話しかけようとした途端、大空翼がユラリと動く。

『俺、ちょっとフロントに行って来る』

いつに無く、寂しげな姿。
知り合った頃のあの笑顔は無い。
僕達、あんなに楽しく走っていたのに…

『ロベルトさん…どうしても明日、
 ブラジルに帰っちゃうんですか?』

   『ブラジルとの時差ってどの位あるか知ってる?』

『ああ、明日の午後の便なんだ』

あの時、大空翼の心は、
きっと距離も時差も越えて
あなたに近づきたかったハズ。

僕は大空翼の事、
あんまり良く知らない。
どんな人生を送って来たかとか、
幼少の頃の貴方達の関係とか…

でも、一つだけ解る。

大空翼が今、
アナタを心から必要としてるって事。

大空翼の、キラキラした笑顔を
どうしてももう一度見せて欲しい。
僕には決して見せてくれなかった
再会の時のあの…最高の笑顔。
どうしても、守ってあげたかった…

自分でもビックリしたけど
僕は絨毯の上に膝をついて、
ロベルト本郷を見上げてた。


『お願いします、ブラジルには帰らないで下さい』


ほんの短い期間だけど、僕たちの充実して時間。
あんな寂しげな大空翼をこれ以上見ていたく無かった。
胸の奥に、熱いモノが込み上げて来る…

『大空翼の為に日本に残って下さい…お願いしますッ』


  どうか、もう二度と
  大空翼の笑顔を奪わないで下さい。
  僕が、この学園に来てはじめて
  サッカーが本当に楽しいと
  教えてくれた人なんです。
  僕がみんなにいじめられた時、
  迷わずその手を差し出してくれた…


僕の耳元でサクサクと足音がする。

『顔を…上げてくれないかな?』

隣に座り込む音がして、
ロベルト本郷の大きな手が
僕の肩に優しく触れた。

『お願いだから』

顔…上げたいけど、涙でグショグショで…

大きな手が、僕の頬を掴んで、
ゆっくりと上を向かせてくれた。

そこには優しい、ロベルト本郷の笑顔。
その長い指で、僕の涙をゆっくり拭う。


『昔、俺は翼と出合って、心の底から
 翼を自分の手で育てたいと思っていた。
 俺の言う事ならなんでも、すぐに吸収する翼。
 俺の人生の中で、一番の出会いだと思っていた。
 でも、ある時思ったんだ。翼は望んでいたけれど
 翼はまだ小学生で、俺が翼の人生を決めてしまって
 ソレで本当に良いんだろうか…って。
 スポーツ選手としての人生はそんなに長くない。
 翼がサッカーから離れて、ただの大空翼になった時に
 何も持っていない大人にはなって欲しく無かった。
 勿論、言葉の問題もきっと翼は克服しただろう。
 けど、日本でも学べる事は沢山ある様な気がして…
 幼少の頃から一緒にいるC3との友情とか
 ママさん達とも遠く離れる事になってしまうからね』

大きく息をつく。

『それにその当時の翼は俺だけを見ていて、
 俺の後をいつもくっついてた。嬉しかった反面俺は…
 翼に、俺のコピーにはなって欲しく無かったんだ。
 随分と勝手な言い分だけど、
 翼には翼にしか出来ないサッカーを
 自分で見つけて欲しかったんだ』

ロベルト本郷の真剣な瞳。

『だからブラジルに帰っちゃったんですか?』

『そう…約束を破ってしまったんだよ』

『でも…大空先輩は凄く傷ついて…』

ロベルトが寂しげに笑った。

『俺も…凄く傷ついた。
 あの後、ママさんから翼が変わったって聞いて…
 プロに混じって練習して、技術は向上してるって
 聞いてはいたけれど、昔の翼の様に
 チーム全体でサッカーする事も、サッカーを通じて
 友情を育てる事もしなくなったって。
 ・・聞いた時は本当にショックだったよ。
 そんな翼にしてしまったのは俺なんだ。
 だから再会するのも躊躇っていたけれど、
 自分の責任は取らないと…そう思っていた。
 翼はあんまり俺と話はしてくれなかったし。
 でも、君の話は良くしていたよ、凄く息が合って
 素晴しいパートナーを見つけたんだって言ってた。
 やっと昔の翼らしい言葉を聞いた気がしたよ…
 俺はブラジルに居ても、いつでも翼の側に
 心の中ではいつも隣に居るって、翼に知って欲しいんだ』

『だったらコレからも…』

『ううん…やっと翼が俺無しで見つけた世界なんだ。
 俺が近くに居たら、また違ってしまう…』

『でも大空先輩はロベルトさんが側に居てくれる事を望んで…』

途中まで言いかけた僕の唇に
ロベルト本郷の指が当って、
僕は次に浮かんだ言葉を飲み込んだ。

『翼が君の話をした時…僕がどんなに嬉しかったか
 君には分かるかい?やっと…翼らしいサッカーが
 出来る様になったと思ったんだ…だからコレからも
 翼の事をヨロシク頼むよ。これからも良い友達で、
 良いパートナーで居てやって欲しい』

ロベルト本郷の気持ちが痛いほど伝わって来た。
本当は自分だって大空翼の側に居たいって
そう思っているはずなのに。
大空翼の側に居ない事が、大空翼への愛情だって
ロベルト本郷はもう、そう…決めてるんだ。

『すみません』

僕なんかが入れない、
2人の世界に入り込んで
僕は何をやってるんだろう。

『僕が口を挟む事じゃ無かったのに…』

『いや、凄く嬉しかった』

僕はゆっくり立ち上がって、
ズボンの埃を払う。

『本当にすみませんでした』

ロベルト本郷が、僕に向かって手を差し出す。

『これからも、翼を頼むよ』

その、大きな手を握った。




『はぁ・・・』
僕、何やってるんだろう。

スウィートからエレベーターに続く廊下を
トボトボ歩いて帰りに向かう。

ロベルト本郷だって辛い決断してたのに
僕、なんて余計な事言っちゃったんだろう…

『あ』

角を曲がると、目の前に大空翼が居た。

『大空…翼…』


壁に寄りかかって腕を組む姿。
なんか凄く気迫を感じた。

『何だよ今の・・・
 何が俺の為に…だよ!
 余計な事言わないでくれッ』

凄い剣幕で僕に詰め寄る。
聞いてたんだ…僕たちの話…

『誰も土下座してくれなんて
 頼んだ覚えは無いッ…』

大空翼が苦しそうに顔を歪める。

『なんで…なんであんな事出来るんだよ…
 ほんと、信じられない・・・・・』

だってあんな
あんなに寂しそうな大空翼を
僕は見ていたく無かったんだ。

『僕…大空先輩のあんな…
 あんなに寂しそうな顔…
 見ていたくなかったんですッ!』

『関係ない…
 岬クンには関係ないだろッ』

初めて大空翼の怒った顔を見た。
その目は氷みたいに冷たくて、
真っ直ぐ僕に突き刺さって来る。

『あ…』

『帰れ… 
 帰ってくれよッ!!!』


松山のスーツを抱き締めて
僕はホテルを駆け抜けた。

そう。

人の気持ちは止められない事を
一番知ってたのは大空翼なのに…

僕が言うべき事じゃなかった。
だけど・・・・・





走り出した僕の背後で

『クッ…』
大空翼がホテルの廊下に座り込む。






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