僕はまた、ハイブリッジホテルに居た。
今度はロビーを抜けて、隔離されたエレベーターに乗る。

『着いたぜ』

若林さんが鉄の扉を開けると
小ぶりになった雪がヒュッと舞い込んで
足元に小さな輪が出来る。

って…外?

2.3歩踏み出すと、そこに
黒く塗られたヘリコプターが待ってた。

『え???』

ハイブリッジホテル最上階のヘリポート。
風が強くて、若林さんと操縦士の会話は聞えない。
戸惑ってる僕に、若林さんが近づいた。

『乗れよ』
『コレに・・・ですか?』
『いいから、乗れ!』

大きな機体に足を踏み入れる。
中は想像してたのと違って、広い。
大きくて柔らかそうな白い革張りのシートが並んで、
手の届く所にキャビネットが設えてある。

『座ってシートベルトしろ』
『は…ハイ…』

なんだか良く分からないまま、
僕は革張りのシートに腰を降ろした。

『天気悪いから心配してたけど
 この雪はもう止むってさ』
『あの…』
『ん?』
『ドコに行くんですか?』

僕、ヘリコプターなんて初めて乗った。

『お前にいい物見せてやろうと思って』

機体のドアが閉められて、耳がツンとする。

『俺のヘリ、性能いいんだぜ』
『はあ…』

そっか、ヘリも持ってるんだ…って

『ってコレ、若林さんのなんですかッ?』
『そうだよ』

あっさりと頷く若林さん。
凄いお金持ちとは聞いてたけど
やっぱり本当に凄いんだ。。。

機体がフワリ…と浮き上がる。

『ぼ…僕、空飛ぶのは初めてなんですッ!!!』

舞い上がる感覚に慣れなくて、
思わず隣の若林さんに縋りつく。

『だ…大丈夫だよ』

若林さんが僕の肩を叩く。
ぎゅっと目を瞑って、
ヘリが舞い上がるのに耐えた。

『ほら、岬、外見てみ?』
『え…』
『怖くねえから…ホラ…』

若林さんにうながされて、怖々窓を覗く。


『うわぁ〜…』


目の前に、宝石箱をひっくり返したような
キレイな景色が広がってる・・・

『キレイ…』

さっきまで怖かったのがウソみたい。
キラキラ輝く夜景に、チラホラと雪が舞う。
ほんのりスモッグがかかって、本当に…
今までこんなに綺麗な景色…見た事無かった。

『僕、こんな景色見たの初めて』

振り返ると、優しそうな横顔の若林さんが居た。
目、キラキラさせて僕と一緒に外を覗き込む。
ちょっと手を伸ばせば触れられそうな距離に居る僕達。
本当に子供みたいに笑うんだなあ。。。
初めて会った頃は怖い人だとばっかり思ってたのに…
今じゃ隣に居るのが全然自然な感じがする。

『な?』

ふいに若林さんが僕を振り返る。
目と目が      合った。

わ…若林さんの事見てたのバレちゃったかな?
慌てて視線を夜景に戻す。

『ほ…ホントに…』

若林さんの手が僕の頬に触れた。
自然に視線が若林さんを捕らえる。

し…心臓が…
今にも破れちゃうってくらい、
耳の奥でドキドキ鳴ってる。

『岬、俺・・・』

こ…この状況はッ!
も…もしかして…
先日のは事故だったけど
今日は その もしかして・・・
もしかして僕、キスされる???
どうしよう〜〜〜ッ!!!

僕が怖くなってギュッと目をつぶった瞬間、
フイに若林さんが身体を離した。
目を開けるとスッゴイ照れ臭そうな顔して
自分のシートに寄りかかってる。


『順番違えよ・・・』

            じゅんばん?

まだ心臓がバクバクいってる。。。
良くわからないけど、
びっくりした…
だって急に、あんな真面目そうな 顔。

目をつぶると、さっきの若林さんの顔が浮かぶ。
今まで蕩ける様にキレイだった夜景も
僕の心臓をなかなか静めてくれなかった。

      
    
*****


『2階の個室は満室?なんとかならんのかね』
『申し訳御座いません』
『ワシを誰だと思ってるんだ…支配人を呼べッ』
『お客様…』

『どけッ てめえら…』
『!!!これはこれは…』
『いつもの個室、今日は2人な』
『はい。すぐ御用意致します』

黒いスーツの男の人が頭を下げて奥に消えた。
ハゲの親父が手を伸ばして若林さんの肩を掴む。

『オイ、君…なんだね、しかもその格好…』
『あ?』
『ここはお前の様な若造の来る所じゃないぞ』
『ダレ?お前…』

ハゲのおじさんの頭から湯気が立ちそうになった時、
さっきのスーツの人が恭しく頭を下げた。

『若林様…テーブルの御用意が整いました』
『行くぞ、岬』

僕はペコリと頭を下げておじさんの横を過ぎる。

『君、なんだねアレはッ!!!』
おじさんの声が後ろから響く。
『当グループ会長のご子息様でいらっしゃいます』

おじさんの声が止んだ。


『凄い…』

ハイブリッジホテルの32階。
吹き抜けのレストランは豪奢な雰囲気で
僕はただただ圧倒されてた。
2階分の大きなガラス窓から、
さっきのネオンが煌びやかに広がる。

『岬、早く来い』
『ご…ごめんなさい』

手馴れた感じで歩く若林さんの後ろを
必死について行くけど。。。
この毛足の長い絨毯に足を取られて。。。

優美にカーブした階段を登って、
一つの部屋に通された。

『うわあ〜』

明かりの落ちた、黒っぽい赤の室内。
天井まで届く窓辺に寄せられたテーブルに
蝋燭の火が、チラチラ瞬く。


そう。
ヘリの中で若林さんを間近に感じてから、
ずっと緊張して…アレからお互い全然口も利け無くて。
景色が綺麗とかってもう…全部分かんなくなって
急に若林さんが『次は飯だ』って言い出だした。
次ってなんだろ?????
でも思えば、今日、まだ夕飯食べて無い・・・

『座れよ』

僕、呆然と立ってて
気がつくと若林さんは既に座ってる。
さっきとは違うスーツの人が椅子を引いてくれた。
『あ…ありがとうございます』
腰掛けて、目の前の景色を眺めた。

『そんな緊張しなくていいぜ』
『む…無理ですよ、そんな…』

だって僕。
こんな凄いレストラン
初めて来たんだもん・・・

僕が座ると同時にウェイターさんがお水を注ぐ。

『なあ、今日は何がウマイ?』

一分の隙も無く整えた男の人が前に出て
若林さんの前にメニューを開いた。

『本日は鴨の良いのが入っておりますが』
『岬、鴨好きか?』

好きも何も、あんまり食べた事無いです…
僕の顔にそう書いてあったのかな?
若林さんがクスッと笑った。

『じゃあ、店のお勧め全部もらうよ。
 テキトーに持って来てくれ』
『かしこまりました』

音も無く、男の人たちが消えて行く。

『ココさ、良く来るんだ』
『そうですか…』
『俺んちのシェフもいい腕してるけど
 この夜景、綺麗だろ?』
『そう…ですね』
『この部屋は俺専用だからいつでも来れるし』
『は?』
『このホテルも俺んちの系列だからさ』

金持ちだ、金持ちだと聞いてはいたけど…
さっきのヘリと言い…
ホントにお金持ちって居るんだね。。。

『いつも、C4で来るんですか?』
『いや、俺達みんな個人主義だから』
『じゃあ…』
『いつも一人だよ、人連れてきたのはお前が初めて』

若林さんの横顔に蝋燭の明かりが揺れる。
僕が口を開こうとした時、音も無く
ワゴンを押した男の人が入って来た。

大きなお皿に、小さく盛られた芸術品。
すっごく美味しそうな匂いがしてくる。

『俺、普段から一人で飯食ってるし』

ウェイターさんの事なんて
まるで見えて無いみたいに
淡々と若林さんの話が続く。

なんて答えようか迷ってる僕に
チラっと視線を投げた。

『お前の顔に 可愛そう って書いてあるけど
 俺は慣れてるから気にすんな』

そんな事言われても。。。
僕も最近は一人で食べてるけど、
父さんが居てくれたらなぁ…っていつも思う。
一人の食卓って、やっぱり寂しいよ。

僕が家族と居る楽しさを知ってるから
寂しいと思うのかな?若林さんは知らないから
寂しく無いって自分を誤魔化せるのかな?
庶民の僕の世界。
ちょっぴり、分けてあげたくなった。


『若林さん、今度一緒にご飯…食べませんか?』
『は?』

どんなに高級なモノを食べてても
一人じゃきっと美味しくなんて無い。
楽しいお喋りとか、一緒に笑う事で
もっともっと美味しくなるもん。

『今、こうやって飯食ってるじゃねえか』
『違うんです…今度、僕の家でお鍋しましょう』
『鍋?』
『そう…この季節、やっぱり鍋ですよ!』

若林さんが不思議そうな顔をする。

『お鍋って人数居た方が楽しいし…ね?』
『良くわかんねえケド』

一口パクついてから言う。

『岬が作るなら何でも食う』

なんかやっぱり…反則。

また、さっきの事思い出して
顔が熱くなって来ちゃった…
折角、会話してたのに。。。

目の前の料理を慌てて口に入れる。

『うわッ コレ…美味しいッ!!!』

そんな僕を、優しげに若林さんが見てる。
なんか、恥ずかしいから運ばれてくる料理を
片っ端から食べて行った。

『若林さん、今日はあんまり食べないんですね』
『ああ…お前はちゃんと食えよ』

僕、食べるのに夢中で気付いてなかったけど…
心なしか若林さんの顔色…悪くないかな?
食後のコーヒーをゴクリと飲み込む。

『若林さん、大丈夫ですか?』
『何が?』
『なんかこう…元気無いし…もしかして…』

今日、雪降るくらい寒かったのに。
僕を外でずっと待っててくれたんだよね。

『風邪引いたとか』

慌てて若林さんが横を向く。

『俺様が風邪なんて引くかよ』
『若林さん』

思わず、手が伸びた。
オデコに触って見る。

『お…お前、何すんだよッ』
『やっぱり…熱い』
『・・・』
『熱ありますよ、帰りましょう』
『平気だよ』
『ダメですよ、ちゃんと寝ないと…』
『だってまだ次があるんだよッ!』
『次???そんな事言ってないで…』

僕の話を聞いてるのか聞いて無いのか…
ふいにポケットから携帯電話を取り出した。

『ああ…俺。そう、今から行くから』

帰りの車でも呼んだの?

『若林さん…ごめんなさい』
『何が?』
『僕の事、待っててくれたから…その…』
『別に…違うよ』
『だってあんなに寒い中で・・・』
『悪いと思ってるならちょっと付き合え』
『え?』

突然立ち上がって、ドアに向かう。

『岬、早く来い』
『は…ハイ…』

アレ?お勘定は???
従業員が皆頭を下げて見送ってる。
ああ…顔パス?

どんどん先に進む若林さんに追いつく。

『ご馳走様でした』
『別に』

明るい光の下で若林さんの顔色の悪さが際立った。

『大丈夫ですか?』
『何ともねえよ』

ウソ。
ずっと具合悪かったのかな?
なら、そう言ってくれたら良かったのに。
顔色の悪い若林さんの隣に立つ。
エレベーターのドアが音も無く閉じた。








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