Happy Birth Day 04
〜 For You 〜


『岬』

そう掲げられた表札を見上げる。
きっと此処。
住所は合ってるハズだけど、いささか自信が無い。
俺は荷物を降ろしてそのまま地べたに座り込んだ。

アレは4月?いや、3月???
岬とチョっとした口論の後、
その声すら聞けないでいた。

俺は素直に自分の気持ちを言おうとしたダケなのに、
岬が勝手に飛び出したから。

その背中を見つめている時に
自分の体が追いかけようとしたのも解る。
ケド、結局、そのまま、一歩も動けないで居た。
何故かって・・・
今その場で釈明しようとしても
きっと岬は理解してくれようとしないから。

俺は溜め息をついて
岬の背中をただ、ただそっと見送ったんだ。

その後の時間がのろのろ進む。
通常の毎日を過ごして、
通常の会話をこなして、
俺は俺の毎日を過ごす。

ただ、ただ、岬に対する説明を
心の中で100万回繰り返しながら・・・







南葛市に沈む夕日が優しく頬に照り返す。
岬、遅いなあ・・・
部活ってヤツ?

岬と一緒に居る石崎とかは
こんな時間まで、岬と色々共有できるんだ・・・
俺と岬が出来なくて、他の人に出来る事。
岬と俺にしか共有出来ない時間。
その境目にすら嫉妬しそうな勢いで
夕日が赤く沈んでいく。

傍らの荷物に左手を置く。
帽子のツバを深めに直した。
岬の部屋が2階の端っこで良かった・・・
俺だって南葛市の住人だから
いつ誰が俺を認めるかわからないからな。

意識がちょっと遠のいて、
成田までの国際線の慌しさ、
国内線の電車の感覚。
なんだか一気に蘇って、俺を襲う。

『遅せぇなあ・・・』

俺の瞼が悲鳴を上げた。
オレンジの帯が空を染めて、
俺はトロンとまどろんだ
闇の世界の誘いを受ける。


『若林君・・』








近くに岬の声を感じた。
遠くでもない、ちょっと近くな感じ、


『起きて』

柔らかな防腐剤に包まれたような
ボヤンとした音が響く。
俺・・・

『大丈夫?』

心配そうな岬の声が続いた。
意識の先、ちょっと明るい方向に
俺の意識が傾いて行く。

『若林君』


ヤツが噛み締めるように俺の名前を呼んで、
俺の意識が一気に呼び起こされていく・・・

『岬』





















それは春休み。
岬が俺の居るドイツに遊びに来てくれた。

『僕、ちょっとしかいられないんだ』

そんな言葉と裏腹に、優しい笑顔を見る。
でも、本当は時間を縫って会いに来てくれたのが嬉しい。
俺との時間を大切に思ってくれるのが嬉しかったんだ。

俺が岬の名前を呼ぶ。
岬がそれに答える。
ただ、それだけですら
自然に笑みが浮かんでくるような
そんな暖かい時間になって行く。

だから。

だから伝えようと思ったんだ。
俺の見えない未来を。
俺一人で作る未来を、岬にも見て欲しかったんだ。
だけど、中途半端で終わってしまった。
空港の人ごみの中、
俺が話を告げてる途中で
岬は何も言わずに俺に背を向けた。
俺の最後の言葉は宙に浮かんで
ただ虚しく地に落ちていく。









『ど・・どうしたの?』

灯された外灯が、岬の輪郭を縁取る。
俺に伸ばされた手をギュッと掴んだ。

『今日は子供の日だろ?
 俺にとっては 岬 太郎の日 なんだ』

岬が何も言わずに手を離して鞄を掴む。
逆光に照らされてその顔色を読むことが出来ない。


『とにかく入ろ』

俺が身を起こしてる間に
カギを開けて部屋に走りこむ。
閉まりかけのドアを掴んで大きく開く。


玄関のちょっと先に、
学生服の岬が立ってた。
台所の明かりに照らされて
今度はハッキリその表情が見える。

ちょっと見ない間に、また背が伸びたのかな?
その複雑な表情からは何も読み取れないけど
驚いた様な、心配そうな瞳が俺に『何で?』と問いかける。


『誕生日おめでとう』


俺の放った言葉に岬の顔が緩んで来た。

『だって僕この間・・・』





空港のざわめきの中、まるでダダイズムの世界。
俺の手を振り払って見上げた瞳の色を思い出す。
その深い茶色は今は色褪せて優しい光を帯びて来る。






『ずっと怒ってると思ってた』


岬の震える声に戸惑いながら
荷物をおろして、一つ柔らかいため息をつく。


『連絡しようと思ったんだけどもし怒ってたらって』


右手の親指の爪をそっと噛んで岬を見下ろした。
なんだか安心して笑い出しそうなのをちょっと堪える。


『謝ろうかな、って思ったんだけど・・・』


ほんの2,3歩踏み出せば頬を寄せれる距離なのに
2.3ヶ月のブランクが遥かに遠く感じられる。
もしかして岬はちょっと遠くに踏み出しているのかな?

岬が自分の手をギュッと握り締める。
胸の上で交差して苦しそうな瞳に吸い寄せられた。


『続きを聞くのが怖かったんだもん』


目の前の岬が小さく見えて
その震える肩に手を差し出した。

『岬、おいで』


涙が一つ零れて、白い肌を濡らして行く。
岬の躊躇いが音を発して伝わって来る様。


『おいで』




ちょっとの間を置いて岬が胸に飛び込んで来た。
そっと   そっと   その肩を抱きしめる。
俺がずっと ずっと  待ち焦がれていた瞬間。
埃っぽいような、乾いた太陽の様な岬の匂いに包まれた。


『俺も、ごめんな』

そう。岬にこんな想いをさせるハズじゃなかったんだ。

『ちゃんと言えなくて、ごめん』



岬の手がギュッと俺の服を掴む。
岬の髪の間に指を入れて引き寄せてから口をつける。


『この間言ったこと、俺、自分の道は自分で決めるけど
 いつも岬に側に居て欲しいって、近くに居れなくても
 いつでも心が繋がって居られるようにって・・・
 そう言おうと思ったんだけど、ちゃんと言えてなかった』

そう。
大事な事にはいつも言葉足らずで、
岬はいつでも俺のこと解ってくれるだろうって
勝手に思ってたから。
自分の言葉が岬を傷つけてるなんて思ってなかった。
岬はいつでもちゃんと俺を信じて側に居てくれてたのに
俺がその信頼を疑うような事を言っちゃったから・・・

『ごめん』

そして、岬の決めた人生の側に、
俺もちゃんと居るって事、もう一度知って欲しかった。


『だって急に・・・別れ際に真面目な話をするから』

くぐもった岬の声が続く。

『若林君が一人で頑張るからって話だったから』

岬がちょっと身を起こす。

『もう僕と居たくないって言われるんだと思ってた』

岬だってきっと色々考えたんだろうなあ。
せっかく会いに来てくれた岬に
そんな想いをさせて帰した自分が恥ずかしくなってくる。

俺、いつから岬が好きなんだろう。
岬を好きだなぁって気持ちは何所から来るんだろう。
岬はいつから俺を好きなんだろう。

どうしてこんなに好きなんだろう。


『僕も・・・ごめんなさい』


本当に、心から謝るから。
100万回考えてた説明は消え果てて
ただ、岬に笑って欲しいって思った。




『誕生日』

『え?』

『誕生日おめでとう』




途端に岬がガバと身を離す。

『そう言えば・・なんで・・なんで此処に居るの?』

泣いたから?
鼻の頭がちょっと赤い。
なんか、やっぱり可愛いなあ。

『岬、誕生日じゃん』

『だって・・練習は?練習どうしたの?』

『ちょっと家庭に不幸を作って休んできた』

『ダ、ダメだよッ!!!』

『この間の事が有ったから
 絶対に直接会って言いたかったんだ・・・ごめんな』

さっきまでちょっと複雑な色の瞳も
今ではシッカリ俺を見据えてる。


『な、俺、こんな風に色々勝手に決めるけど、
 絶対岬の所に戻ってくるから・・・』

岬の顔がサッと紅潮する。

『岬だけ。岬だけ俺に何か言ってもいいよ。
 俺、岬の言うことはちゃんと耳を傾けるから。
 俺の人生にいつでも入って来てもいいのは岬だけって
 それだけ、覚えておいて欲しい』

岬の顔が緩んで、ホッとしたように目を閉じた。

『本当に若林君、勝手・・・』

俺の服を掴んで顔を埋める。

『絶対に・・・次からこんな事したらダメだよ』





『でも会えて、嬉しい』

『岬』


多分、俺、勝手だから
岬が俺に会いたいって言ったら
きっとすぐまた飛んで来ると思う。
岬が言わない我儘を感じたら
すぐに行動に出ると思う。

自分の事もモチロン大事にするけど
引き換えられるなら、何を置いても
岬を大事にして行きたいから。

『(そんな事言ったら、岬また怒るんだろうなあ)』

怒ってる岬も可愛いけど。
今日はもう、岬の笑顔しか見たくない。


『誕生日、お祝いしてもいいかな?』


岬が笑って俺から身を起こす。


『岬・・・』

岬の肩に手を置いて、目の前の宝物を見下ろす。

『俺、これからもずっと岬の誕生日祝うよ』

『ダメ』


え?
そんな笑顔でいきなり拒絶?





『また独りで居る言い方してるよ・・・
 若林くんと僕と、ずっと一緒じゃなきゃ嫌だ』


If や Mayby で始る言葉はもう要らない。
疑問や推測に押し潰されそうだった数ヶ月が吹き飛ぶ。




俺、いつから岬が好きなんだろう。
岬を好きだなぁって気持ちは何所から来るんだろう。
岬はいつから俺を好きなんだろう。


答えは・・・きっと何所にも無くて
もう、それは必然的に其処に存在するもの。
自分にとってごく自然に存在してるもの。


どうしてこんなに好きなんだろう。


だって、好きなんだからもう仕方ないや。


只、心がそうしたいから、
心からそうしたいから、
岬の顔にそっと近づく。


『岬・・おめでとう』









ちょっとした口論から始った誕生日は
甘い口づけで終わりを告げた。



多分、俺はこれからもきっと勝手な事をする。
そしてそのたんびに岬が怒る。
だけどまた俺達は手を繋いで人生を歩いていく。
その小さな輪・・・小さいけど幸せなサイクルを
出来るなら一生繰り返していきたいと思う。

俺が居て、岬が居て、
いつも一緒には居られないけど
いつも側に居る。





長い口づけの後、
岬が真っ赤になった顔を俯いて
恥ずかしげな声を立てた。

『ありがとう』



また一つ、今日で岬は大人になった。
また来年も一緒に祝って行けるように。
ずっと岬の側に居られるように。



どうしてこんなに好きなんだろう。


よく分んないから、今日は岬を抱きしめて
誕生日だからおめでとうって何回もお祝いしよう。


『会いたかった』



誕生日だから、すげえ甘やかしてやろう。

















誕生日・・・・・おめでとう。




end



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