今日も暑い一日が終わる。
練習からの帰り道、家路を急ぐ僕をいつもの声が呼び止めた。
『タロウ!』
僕の住むアパートからすぐの所にある、
オープンテラスのカフェで僕を待ち構える人影。
ここのカフェのジャンヌおばあちゃん。

『タロウ・・・』
ああ、やっと帰って来たね、と僕を抱きしめて
店先のテーブルに座らせてすぐに冷えたコーラを置く。
『今日はどんな一日だった?』
いつものおばあちゃんの問いに僕が答える。
週に2.3回の心温まる時間。

事の始まりは僕がフランスに来てすぐの事。
右も左も分からなくて、言葉も通じなくて、
パン一つ買うにも、道を聞くのにも苦戦していた頃。
父さんには言いたくないから一人で頑張ってた頃。
その日も買い物に出たけど、うまく言えなくて
欲しかった食材を見つける事が出来ずにいた。
トボトボ家路にむかって、ちょっとヘコんでた時。
近くのカフェに入ってみよう、と選んだのがこの店だった。
これも初めての試みで、ちょっとドキドキしたけど
なんとか座って近づいた人影に注文しようと顔を上げた時。
その優しげな姿が目に入った。
『コーラ下さい・・・』
慣れないフランス語でやっとそう言うと、
おばあさんは微笑んで奥に消えていった。
(通じてるのかな???)
不安げな僕の元に運ばれてきたよく冷えたコーラと
小さな花柄のコーヒーカップ。
(あれ?コーラとコーヒー???)
驚いてる僕の前にコーラを、
空いてる椅子の前にコーヒーが置かれ
おばあさんがその椅子に座った。
僕をじっとみて、優しく微笑む。
『名前は?』
これくらいなら僕も分かるよ。
『タロウ、タロウ ミサキ・・』
おばあさんは僕の手にその小さな手を重ねて
『タロウはどこから来たの?』
ゆっくりゆっくり話してくれた。

初めて話をした時、どのくらい話が通じてたのか分からない。
でも、その時以来、帰宅する僕を捕まえては
店先に座らせてジュースやパナシュやお菓子を振舞ってくれた。
僕が子供だから、パナシュは週末だけ。
しかも僕からは滅多にお金を取ってくれなくて、
お店のおじさんにコッソリ払いに行った。
『いいんだよ、おばあちゃんの相手をしてくれるから』
そう言ってみんな受け取ってくれない。
僕のフランス語がちょっと通用するようになると、
みんなが教えてくれる。
おばあちゃんの孫は今海外にいて、一年に1度、
会えるか会えないかが続いていて、とっても寂しいって事。
ちょうど僕くらいの男の子で、だから僕と話をするのが
とってもとっても楽しみで居てくれるって。

僕自身、暖かく、家族同然にしてくれてるのが嬉しくて、
自分のおばあちゃんの様な気がしていた。
生活の為もあるけど、ジャンヌおばあちゃんと話したくて
一生懸命フランス語を勉強した。
『タロウ、だいぶ言葉も上達したね』
おばあちゃんに褒められると、嬉しい。
お金を取ってくれない分、いつもお花を買って行った。

僕からお花を受け取るとき、おばあちゃんはいつも
ちいさな少女のように微笑んで喜んでくれる。

冬になると僕にマフラー編んでくれた。
初めて人に作ってもらったマフラー。
毛糸の暖かさよりも、おばあちゃんの暖かさに
僕はその冬、幸せに包まれていた。

僕がクリスマスにショールをプレゼントすると
僕をぎゅっと抱きしめて、その柔らかな頬に涙が落ちた。

『僕のおばあちゃんなんだよ』
そう言って若林君にも紹介した。
『岬、よかったな』
若林君も僕と同様におばあちゃんを好きになった。

おばあちゃんとサッカーと若林君と学校と父さんと
僕の周りで季節が過ぎる。
今年も夏がやってきた。

『今日、ジャンヌおばあちゃんは?』
店にいたおばあちゃんの娘さんに声を掛ける。
『タロウ、おばあちゃん、ちょっと具合が悪いの』
『夏風邪ですか?』
小さな疑念が僕の胸に渦を巻く。
娘さんは小さく微笑んで僕に言う。
『おばあちゃんね、かなりの高齢だから時折
 時間が後退するのよ』
始めは意味が分からなかったけど、
つまり、ちょっとボケて来ちゃったって事。
『前から少しづつ。タロウに会うちょっと前からかしら?』
その日はお花を渡して家に帰った。

(おばあちゃん、会いたいな・・・)
その頃からお店に出たり出なかったりが続く。
僕に会うときは、楽しそうにしていたけれど。

真夏の太陽が高く登った土曜日。
若林君とお店を訪れた。
『タロウ』
呼び止められたおばあちゃんが今日はとっても小さく見える。
『マミー?』(←フランス語でおばあちゃん))
大儀そうに僕を手招きして座らせた。
若林君は遠慮してテラスに一人行く。
『タロウ』
そう呼んで僕の手をぎゅっと握る。
おばあちゃんの澄んだ目が僕をじっと見つめた。
『タロウ・・・』
僕もおばあちゃんの手を握り返す。
なぜか目頭が熱くなる。
『タロウ、私ね・・・
 もうタロウに会えないかも知れない』
突然の言葉に僕の時間が止まる。
『え?』
『だけどタロウに会えて良かったよ』
一言一言吐き出すとニッコリ微笑んだ。
『マミー・・・』
そんな事言わないで・・・
何処にも行かないで・・・

僕がフランスに来て初めて優しくしてくれた人。
僕を暖かく包んで、励ましてくれた人。
僕に家族の暖かさを教えてくれた人。

その小さな体にぎゅっと抱きつく。
『マミー・・・』
優しく僕の体をやさしく包んで
背中を叩いてくれた。
『タロウ』
行かないで、行かないで・・・

体を離して僕が微笑む。
『マミー、明日も来るからね』
おばあちゃんが真剣な目で僕を貫く。
『そんな最後みたいな事、言わないで』
おばあちゃんが小さくうなづいた。

カフェから出るとき、何度も何度も振り返って
その小さな姿が消えるまで、
僕達は手を振り合っていた。



朝、けたたましい音に起こされた。
若林君がゴソゴソ動く。
僕は手を伸ばして目覚まし時計を探す。

『ん・・・岬、何?』
『目覚まし・・・』
起き上がってベットサイドの時計を止める。

『アレ?』
時計が4時25分を指していた。
(僕、昨日、目覚ましなんてセットしてないよ)
確かに、ベルを指定する短い針は、6時にセットされたまま。
(え?)
時計を握り締めてハッと気づく。

『マミー・・・』

僕の中を青く透き通る風が過ぎた。



自分の予感が当たっていませんように、と
のろのろ過ぎる時間をやり過ごして
オープンの時間にカフェに駆けつけた。
でも、誰も居ない。
(やっぱり・・・)
裏に回って人影を探す。
暫くするとお店の人がやってきた。
『タロウ、マミーは今朝早く亡くなったよ』
『やっぱり・・・』
僕の呟いた言葉におじさんが首を傾げる。
『僕の目覚ましが4時半頃、鳴ったんです』
鼻をすすりながらおじさんがうなづく。
『マミ−はタロウが好きだったから
 きっと知らせに行ったんだね・・・』
おじさんが僕の肩に手を置いた。
『タロウの事、孫みたいに思ってたんだよ』

初めておばあちゃんと出会ったテーブルに座る。
まだ太陽の日差しは柔らかくて、
あの日の事が鮮明に蘇った。

あの優しげな碧の瞳で
『名前は?』
そう聞いてくれたんだ。
『タロウはどこから来たの?』
おばあちゃんはどこへ行っちゃったの?

あの暖かい手で
いつも僕を包んでくれたんだ。

このテーブルでおばあちゃんと出会ったんだ。


カタン、と音がして、
若林君が僕の隣に座る。
『岬』
僕の震える頭を
その厚い胸に押し付けてくれる。
胸の中の感情が堰を切って流れ出た。

『僕、おばあちゃんの事、大好きだったの
 本当のおばあちゃんって気がしてたの・・・』
涙がとめどなく溢れ出す。
暫く大きな手で頭を撫でられながら
心が叫び続けるままに涙が落ちた。

『おばあさんも岬が大好きだったと思うよ』
若林君の優しい言葉が胸に響く。
『だからお別れしに来てくれたんだよ』

『うん・・・』

僕も、大好きだった。
時計が鳴ったとき、不思議と怖くなかった。

若林君の胸から顔をあげて、
朝早い通りを見渡す。

目を閉じて風を感じたとき、

『タロウ』

ジャンヌおばあちゃんの声が聞こえた気がした。
え〜・・・・・
コレは私の体験談で実話です。
私の場合は知らないおじいちゃんでした。
でも、ホラーじゃないですね・・・汗
ポコちゃん、これで許して!!!
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