硝子越しにキスして




カーテンの隙間から漏れる光に、夢と現の狭間を漂っていた意識が呼び戻される

岬はまだ覚醒には遠い頭で何かを求めるよう右腕を伸ばした。
乱れたシーツの上をすべる手がベッドの端に到達することはない。
日頃使用しているものとは明らかに違う広さ。
驚いて見開いた目が捕らえたのは、己の住む古いアパルトマンの色褪せた天井で
はなく、まだ新築の面影を残した白く高い天井だった。

(ああ、そうか。 若林くんの所にいたんだっけ……)

ようやく動き始めた思考回路が出した答えに緊張を解く。
それからややして、ゆっくりと上体を起こすと振り返って時計を見た。

11:00 a.m.

もう昼だと言っていい時間、当然ながら若林はいなかった。
まさか起きたのに気づかないほど熟睡していたとは……、昨晩の行為の激しさを
思い出して苦笑する。それから体に妙な違和感がないことに思い至り、そして自
分が何も身に着けていないのに気づき、唖然とする。どれだけ振り返ってみても、
岬が自身で残滓を処理した記憶などない。

……ということは若林がしてくれたとでもいうのか?
ああ、彼はどんな顔をして処理してくれたというのだ。

想像するだけで顔から火が出そうだった。

次に会った時、どんな顔をして会えというのだ?

膝を曲げて蹲ろうとして、足元に投げ捨てるようにして置かれた若林のパジャマ
に気が付いた。

岬は無言のままそれに手を伸ばす。逡巡の後に袖を通す。サイズの違いすぎる上
衣は、膝上まであったので当面の身を覆うものとして利用させてもらうことにした。

染みの付いたシーツを、複雑な気分を抱きながら剥ぎ取るとバスルームへ投げ込
んだ。

「着替えたら、洗濯だ……」

晴れた日の洗濯ほど心地よいものはないのだが、虚しさを覚えるのは物が物だか
らか。
かと言って、それに気づいてしまった以上いつものようにクリーニングサービス
任せにできるはずがない。そもそも、岬はそういったものを平気な顔して預けら
れる精神など持ち合わせていない。

「でも、そういう所も好きなんだよね……ボク」

重症だと溜息をつきながらリビングに向かった。
鞄から着替えを取り出すと、そそくさと着替える。
ついでに汚れたものを洗濯してしまわないと、着替えが足りなくなりそうだった。

「丁度いいのかなぁ」

誰もいない部屋は、自然と独り言が多くなる。

「これも洗濯しちゃっていいんだよね……」

今着ているパジャマのズボンをこんな所で発見して苦笑した。
どうも今日は意外なことが多いようだ。

岬は己の洗濯物の他にも目に付いたものを手当たり次第に拾っていくと、洗濯機
へ放り込んだ。そして『さてシーツに取りかかるか!』と意気込んだ瞬間、腹の
虫に盛大に空腹を主張されて、誰もいない部屋だというのに真っ赤になった。

「……昼ごはんにはちょっと早いんだけど」

どうしたものか悩みつつ、キッチンへ向かう。
キッチンに入った途端、岬は目を丸くした。

調理台の上に散らばったパン屑と、食べ終わった皿。
出しっぱなしのバターは、夏の暑さに溶けて形が崩れている。

若林はどちらかといえばきちんと片付けるタイプなので、これは相当急いでいた
のだろう。
やはり今日は意外なことが多いようだ。
岬は初めて見る若林の姿に微笑を浮かべた。

皿は流しに、バターは冷蔵庫に押し込む。
パン屑は手で集めてゴミ箱へ。
残ったのは、グラスに一口分だけ残ったミネラルウォーター。

手にとって、唇が触れた痕跡を見つけて動きを止める。
透明なグラスは真昼の光を受けて調理台の上にゆらゆらと揺らめく影を成してい
る。

誰もいない部屋、時計の秒針が刻む音だけが妙に響く。
誰も見ていない世界、そっとグラスを持ち上げる。
想像以上に跳ね上がった心音を聞きながら、同じ場所に口をつけた。
数時間前に若林が飲んだ水は、真夏の暑さに中てられて温まったミネラルウォー
ターは酷く甘かった。それはまるで昨晩交わした接吻のような甘さで……

「どうしよう……」

今すぐ若林に会いたい。
会って抱きしめたい、抱きしめられたい。

そんな気持ちに支配されて、グラスを握り締めたまましゃがみこんだ。

好きという気持ちが溢れ出してとどまることを知らない。
浮かんでくるのは若林の顔ばかりで、聞こえてくるのは若林の声だけで、岬の世
界が若林一色に染め上げられていく。

(ボク、こんなに若林くんのことが好きなんだ……)

その事実を知ったのに、当の本人はいない。
伝えたいのにいない、今ここに。
それが苦しくて、切なくて、我慢できなくて、でもどうしようもなくてただ名前
を呼んだ。

「若林くん……」

誰もいない部屋。
「若林くん……」

頭の中は真っ白で、ただ会いたいという思いだけが募っていく。
肝心な時にいてくれない男に腹が立って、岬は思いっきり叫んだ。

「若林くんの馬鹿!!」
「いきなりなんだ、岬……ってオイ!!」

突如かかった声に驚いて、岬の手からグラスが転がり落ちる。
若林が慌てて手を伸ばすも間に合わず、しかし幸いにして割れることなく床を転
がって若林の足元に辿り着いた。

「……ったく危ないな。 何やってんだ、こんな所で?」

そう問われた岬は、若林がグラスを拾い上げる動作を、幻でも見るように見つめ
た。

「おい岬大丈夫か? どこか調子悪いとか?」

しゃがみこんだまま動かない岬に、若林は慌てたように近づく。
若林が屈もうとした瞬間、岬ははじけたように抱きついた。

「うわっ!」
「若林くん、若林くん、若林くん……」

うわごとのように名前を繰り返す岬に、若林は戸惑いながらも抱きしめ返した。
その腕の感触、汗ばんだTシャツから届く臭い、五感の全てが本物だと告げる。


「岬、何があった? どうしたんだ?」

不安な面持ちの若林を見つめる。

「ボク……」
「……」
「……」

岬は大きく息を吐くと、若林の肩に頭を乗せた。
こうやって抱きしめていると、抱きしめられていると先程までの嵐が嘘のように
凪いでいくのがわかった。



***



「……」

一向に口を開く気配のない岬に、若林は焦っていた。

まさか自分のいない間に何かあったのか……
俺にも言えない何かが。

嫌な想像が次々に浮かんでくる。

「岬、何があったんだ?」
「ボク……」

ようやく聞こえた岬の声に全身全霊を傾けると、次の言葉を待って唾を飲み込ん
だ。

「起きたら若林くんがいなくて、若林くんのパジャマが落ちてて、それからシー
ツを洗おうと思ったらお腹がすいたから台所に来たんだ」
「ああ……」

岬の説明は一向に要領を得ないものだったが、若林は辛抱強く待った。

「そうしたら、凄く散らかってて……」
「朝、片付ける暇なかったんだ」

昨晩頑張りすぎたせいか、目が覚めた時には遅刻寸前だったのだ。
流石に何も食べずに運動するわけにはいかないので、適当に調理して流し込み家
を飛び出したのだが、それと何が関係あるのだろうか?

「うん、そうだと思った。 そんなの初めて見たから、驚いたけどね」
「そんなことより……」
「でも、そんな若林くんも好きだなって思ったんだ」
「そうか……」

ニッコリ笑う岬に若林はかける言葉が浮かばなかった。
どうも己の想像したような事態ではないらしいが……

「うん、で、片付けた」
「ああ、サンキュー……な」
「別に、見たら掃除したくなっただけだから」
「そうか…… それより岬!」
「何?」
「何じゃないだろ? こんな所でしゃがみこんで……一体何があったんだ?」

両肩をつかんで、距離を置き、真正面から向き合って目を合わせると岬は急に恥
ずかしそうに俯いた。

「あ、あのね……」
「ああ……」
「グラスに水があまってて、飲んだんだ」
「腹が痛いのか?」
「ううん、その……」
「その?」
「昨日のこと思い出しちゃって……」
「昨日?」

昨日何かしたか?と考えて、まさかと思いつつも先を促す。

「……間接キス。 グラスに口付けたら間接キスだなって……」
「……」
「若林くん?」
「そうか、そうか。 岬さんはそんなに俺のことが好きなのか」
「何、怒ってるの?」
「怒ってなんかないぞ? ただお前の思いに応えてやろうと思ってな……」
「嘘だー!! 怒ってるじゃないか! ちょ、ちょっと若林くん、何するのッ!!」
「安心しろ、優しくしてやる!!」
「ひっ……ぁ!」
「俺がどれほど心配したか、しっかり味わえ!!」
「若林くんは好きだけど、こんなことする若林くんなんて嫌いだー!!」


岬の叫び声が、二人しかいない部屋に木霊する。
一日のうちで一番高い太陽が燦々と輝くなか、二人の午後は暑苦しくつぶれてい
った。



この日を境に、岬がいるとき若林は必ずグラスに一口残すようになったとか、若
林の見ていないところでそれをドキドキしながら飲む岬がいるとか、それはまた
別のお話。

かちゃ…
ハウスキーパーのオレ(ヨネスケ/麗)は
預けられている鍵でそっと室内に忍び込んだ。
『恋人が来るから』と今日は断られていたが
そんな事は構うものか…
寝室からくぐもった声が聞こえて来る。
彼の寝室にある写真で見かけた
淡い栗色の髪の可愛い恋人。
一目でいいから会いたいと思っていた。
台所に入り、置かれたグラスを手に取る。
俺は思わず微笑んだ。
透き通るガラスに重なった2つの唇の…跡…

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麗さんへ、お誕生日おめでとう♪
ロマンティックな話にしようと前半は努力したんだけど……
書いているうちに、あれれ?
やっぱり岬くん食べられちゃいました(笑)
むしろ、『麗さん、お祝いに思う存分食べて〜vvv』って
私の話じゃ無理ありますがな!(自分突っ込み)
でも書いていて楽しかったです。
お誘いありがとうございましたvvv


タマキさ〜ん★ヾ(≧▽≦)ノ
可愛いみさっくんありがと〜♪♪♪
やっぱり食べられちゃったのね…
でもそれは私も大きく望むトコロvvv
じゃあ後でゆっくり、ヨネスケとして
タマキさんのみさっくんイタダキマ〜ス☆(*▽*)

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TMK






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