He confessed love to him



俺は岬が好きだ。



ずっと、ずっと心の中に仕舞っていた想い。

岬がどう思っていようとも、
俺は岬が好きだ。

日本を離れて
ドイツとフランスを行き来するようになって
俺の想いは更に加速して行く…

自分の夢を追ってドイツまで来たのに

日本に居ればともすると
いつでも顔を会わせられたのに、
その小さな喜びすら存在しない
俺の夢の場所。

日本での生活の日常に
溶け込み過ぎて居た自分の恋心。

淡い思いだと思ってた。
けれど

会いたい時に会えない距離が
俺の心に気づかせてしまった。

それは誰にも止められなくて、
幼馴染の様に岬の近くに居ても
サッカーに打ち込んでいても

まるで影の様に俺に付きまとう。


俺は

岬が

好きだ


岬が好き、と言う文字が頭をグルグル回って
岬が好き、と言う言葉がまるで万華鏡の如く

いつでも俺の耳に木霊する。


いつから?


なんて、
問いかけてみても答えは出て来ない。


多分…

初めて会った時からだ。


あの、ちょっと控え目な奴のしぐさ。
核心を突くよりも心に響く言葉使い。
外観はもとより、俺の心をギュッと掴む。


岬がそこに立って
岬がそこで笑って

俺の名前を呼ぶだけで

俺の中は幸せでいっぱいになる。



そんな事が出来るのは岬だけだ。


だからいつも岬の事を考えてて
自分でも情けないくらい
岬が心から離れなくて

情けないくらい…


岬が  好き だ。


+++++++++++++++++++++


秋も深まって来た今日この頃。

先週末は俺が岬に会いにフランスへ行った。

いつもの様に奴の家に転がり込んで
いつもの様に色々な会話をして
いつもの様に奴の笑顔を眺めてた。



『若林君、そっち…持ってくれる?』

今回は岬の家の模様替えに付き合ってた。

親父さんの居ない間にカーテンやらを替えて
冬に向けて支度するんだと…

厚手のカーテンをフックに掛ける。


『ありがとう』

岬が笑った。

『そっちも俺が掛けてやるよ』

対のカーテンを手に取る。

『じゃあ僕、洗濯機を回そうかな…
 そしたら模様替えも終わりだから』

台所に置かれたラジオから
流行りの曲が流れてくる。

静かな週末、でも…
心地よい沈黙が二人を包む。

『終わった!手伝ってくれてありがとう…
 昼ごはん作るからちょっと座って待っててね』



パタパタと俺の横を通りすがる岬。

こんな、日常的な瞬間に心が和んで行く。

『俺も何か手伝う…』


言いかけた時、玄関のチャイムが鳴った。


インカムを覗きこんで岬が呟いた。

『あ…エル!』


下のオートロックを解除して
岬が玄関に向かう。

『岬』


晴れやかな笑顔を見せて、奴が登場した。
…胸には焼きたてのバケット。

『岬が好きな店で、丁度焼きたてが売ってたから』


荷物を降ろして俺に気付く。

『やあ』


俺も不器用に挨拶を返す。

『よお』


『そっか、今週は彼が来てたんだね』

『エル、ありがとう』


岬が焼きたてのパンを受け取りながら
眩しい笑顔を見せた。

『うん、僕、ここのパン大好き…
 すぐご飯にするから、これ頂いてもいい?』

『ああ…その為に買って来たんだよ』


視線は俺から外さない。


『ちょっと様子を見に来たんだ』



ピエール


俺がフランスに来ると必ずコイツと遭遇する。

様子を見に来た…って必ず言う。


こいつ、岬の何なんだ?


3人で食卓を囲んで、午後も遅くなってから

『じゃあ僕は行くから…』
『え?エル…もう少し居ても全然構わないよ』


岬の戸惑いに優しく奴が応える。

『今日はもう帰るよ…誰かさんが睨んでるし』


やっぱ、挑戦状叩きつけてるのか?



パタン…

閉まったドアを暫く見つめてから
岬が俺を振り返る。

『エル、若林君が居るとあんまり長居しないんだ』


そりゃそうだろ…

どう見ても俺が居て不満そうだもんな。


『岬、アイツいつもあんな風にここに来るのか?』

『え?』

『あいつとあんまり…仲良くするなよ』


俺の直感がそう言ってる。


『?』

『いいから…あいつに気を許すなよ。
 あいつは絶対隙を狙ってるからな!!!』


不機嫌な俺を岬がなだめてくれた。
でも、そんなんじゃ収まらねえ…
あいつ、絶対…




俺の 岬を好きだ と言う想い。

行き場の無い、
奴にしたら迷惑な想い。

それでも、近くに居たくて
時間が有れば会いに行ってた。


奴が笑う度、
また遊びに来てね…って
その言葉をただ、ただ鵜呑みにして…


俺もどこかで分かってるんだ。

俺の想いが一方通行だって事。
岬は俺の事を大事な友達だと思ってる。
だけど、恋人なんて思っていない。

そんな事、誰に言われなくても知ってる。

でも、

俺の思いはつのる一方で

またすぐ…

岬に会いたくなっちゃうだんだ。



++++++++++++++


この週末は岬がドイツに遊びに来てくれた。




『な、そうだろ?若林??』

シュナイダーが面白そうに笑う。

『ばーか!この間、違うって言っただろ!!!』


先日の言い訳を繰り返す気も無くて

俺はおざなりに言葉を発した。


『まあまあ、源さんはそんな事に興味無いよ』

カルツがカカッと笑う。

横目で岬を盗み見た。

何も無かった様にジュースに刺したストローを口にする。

『だってさ、あの女、本気だったぜ…
 若林が送るって言ったから驚いたけど』

シュナイダ―が俺を可笑しそうに睨む。

『あの状況でどうやって断れるんだよ』



それは…
 好きな人が居るし
 そいつに本気だから
 君の気持には応えられない

そう言えば簡単な事。

女も笑って応援してくれた。

俺の肩を抱きしめて

『その人は世界一幸せな人ね』

って吐息を吐いた。

彼女のシャンプーの香が蘇る。


『簡単な事だよ…』

好きな人が居るって言えばいいんだ。


『本当は食べちゃったから俺等に言えないのか?』

冗談にもならない発言をしたシュナイダ―を小突いた所で
岬がスツールを滑り降りた。

『僕…明日早いし、今日はもう帰りたい』

珍しく日本語で呟く。

『???』

困惑気味のシュナイターとカルツに別れを告げて
俺と岬は店を後にした。


いつになく元気が無い岬。
その横顔をそっと覗きこむ。


『岬、どうした?具合…悪いか?』

『ううん…ごめん…』



二人で無言で歩く。

月が空に居た。

俺等を明るく照らす。

風が悪戯に吹いた。

『寒ッ…もう、本当に秋だね』


岬が襟元を掻き合わせる。

『僕たち、ずっとこんな事してる』


落とした言葉の意味が分からない。


『な、俺、近い内にまたフランスに行っていい?』


岬が立ち止まって俺の顔を見上げた。

『若林君が来たいの?』

その薄茶色の目が俺を見据える。

『そうだよ…折角お前が来てくれても…
 シュナイダ―やカルツがいつも居て
 なんだか落ち着かないし。。。その。。。』


俺は岬と一緒の時間を過ごしたい。
でも、ドイツに居るとなかなかそうも行かない。

『俺、寮だしお前の家で一緒にゆっくりしたい』


岬がクスっと笑った。

『うん、分かった』

岬がトボトボと歩き出す。

俺も慌てて後を追う。

本当はその寒そうな肩を抱いて…

その肩を抱いて、
俺の方を向かせて、
好きだって言って、
その唇に…


『今回もありがとう』


岬が笑って俺に言う。

『え?』

『若林君がどんな日常を過ごしてるか分かったし…
 シュナイダ―君やカルツ君と仲良くしてるって思うし』

岬が袖に包まれてる手を口元に充てる。

『いつも僕に気を使ってくれてありがとう』


なんだよ、それ?



俺の困惑を残したまま、
次の日岬はフランスに帰って行った。



++++++++++++++++


胸がモヤモヤする…

昨日の、岬の言葉が気になる。


なんで俺が岬に気を使うんだ?
そんなの、使って当たり前だろ?

だって俺は…

俺は岬が好きで…


岬の諦めた様な笑い。


『畜生!!!』


俺は慌てて受話器を手に取った。


+++++++++++++++++++;


『岬、戻ったのか!』

『エル!今着いたばっかりなんだ』

ピエールが笑いながら当然の如く
岬の荷物を持ってアパートの階段を登る。

岬が静かにドアを開けて
ポテっ…とソファに座り込んだ。


『で?どうだった?』


ピエール少年の問いに
岬少年は一言も発せられない。

『だから言っただろ?』

岬の隣に座って優しげな瞳を向ける。

『臆病と卑怯は違うけど…
 そうじゃない場合も有るって』


『そう…なのかも…ね』


岬の口から弱気な一言が滑り落ちた時、
辺りの静寂を破って旧式な電話が鳴りだした。

『若林君?!』

『え?…また??ううん、違うよ、全然いいよ、うん、…』

岬の手が電話のコードをぎゅっと掴む。

『じゃあ、週末…待ってるね』


カチリ、と受話器を置いてピエールを振り返る。


『なんか、若林君が今週末にこっちに来たいって…』



++++++++++++++++++++++++++


ガチャン!!!

乱暴に受話器を戻す。


昨日の事を謝って、週末に行きたいって言ったら

岬の奴…

『え?…また??』

って聞きやがった…

『嫌ならいいよ』

って言ったら

『ううん、違うよ、全然いいよ』


だって。


俺、本当は…
迷惑に思われてるのかな…


練習の支度をしてグラウンドに行った。

『よ、若林!』

シュナイダ―が笑って挨拶して来る。

『岬、帰っちゃったのか?』

昨日の女の話を思い出す。

『オイ、お前、岬の前で余計な話するなよ』

『なんで?』

『なんで…って…あいつ、そんなの何も知らないから』

『お前ら仲いいから、何でも話してると思ってた』


何でも…
話…してるよ。


俺がどんな夢を持ってるか、とか。
岬がどんなサッカーしてるとか。

どんな飯が好きとか
岬が好きな花はなんだとか

小さい事まで良く喋ってるよ。


でも、俺の話さない事は一つだけ。

岬を好きって想いだけ…


シュナイダーが俺の肩を ポン と叩いた。


『まだ伝えて無いなら…
 言いたい事は言った方がいいぜ』



そう言って陽光の下に走り出す。


俺は靴紐を結びながらちょっと顔を顰める。


『(言いたい事…言って壊れたらどうすんだよ…)』


『よ!』


カルツが俺の隣に腰を下ろして靴紐を結び始める。

『源さん、岬に言えたか?』

『何を?』

『…何を…って』

カルツが笑いだした。

『そんな事より、シュナイダ―に言っといてくれよ』

『何を?』

逆にカルツが俺に問う。

『あんまり岬に余計な話すんな、って』

靴紐を結び終えて、カルツが立ち上がる。


『俺たちはさ、源さんが好きだから言うんだよ』

『え?』

『シュナイダ―がハッパ掛けたのに、
 気づいて貰えなかったか…』

『??』

『ま、頑張って言うんだな、源さんの気持ち』

気持ちって…岬を好きって事?


俺の顔を覗き込んで大きく笑う。


『源さんには俺たちがついてるし、応援してるよ』


ポンポン、と俺の肩を叩く。


『昨日の岬の反応もまんざらじゃなかったと思うけどなぁ』

途端に顔が火照って来る。

『なんでそんな事、分かるんだよ』

カルツが頭をポリポリと掻いた。

『俺は源さんの友達で、第三者だから』

『今週末、岬に会いに行くんだ…でも…』


     え?…また??

      岬の声が蘇る。


途端にカルツが笑いだした。


『さすが源さん!!!押さえてるじゃないか』

『何を?』


『そろそろ言わないと、な』

カルツが俺に笑いかける。

見透かされてる気がしてつい、
つい言葉が落ちた。

『でも、俺…岬も…その、男だし…』


カルツがもう一度俺の隣に腰を下ろした。

『どんなになっても、源さんは源さんで、
 俺たちの仲間だよ』

照れ臭さそうに前のめりに腕を組んで体を揺する。


『そんな小さな事より、友達が幸せになった方が
 俺達だって嬉しいじゃないか…』


見えないカルツの手が、
俺の背中を押してる気がした。


『カルツ…俺…』

『源さん、最近気もそぞろだし』

カッカッツと大声で笑う。

『早く源さんらしくなって戻って来い』


思わず下唇を噛みしめた。

俺…

『お前ら、何やってんだ?早く来いよ』


シュナイダ―が顔を覗かせ、
俺の顔を見て、ニヤリと笑う。


『よし!今日も終わったら一緒に飯行くぞ』



カルツとシュナイダ―の顔を見て
俺もベンチから立ち上がる。


感謝する瞬間って

こんな時なんだろうな…



++++++++++++++++++


『若林君!』

岬の家の近くのカフェで奴が俺に声を掛けた。

『岬!!!』


金曜日の夜遅く、こんな時間に何やって…

俺が焦って言葉を発しようとした瞬間、

岬が俺に笑いかけた。


『ウチのアパート、ボロだからインターフォン壊れてて
 オートロックなのに気付け無いから…』

嬉しそうな奴の顔。

『若林君が来て困らない様にココで待ってたんだ』


そんな笑顔で言われたら…俺…

『ありがとう、ごめんな』


岬がちょっと驚いて慌てて下を向く。

『ううん…ちゃんと会えて良かった』


俺の胸がじんわり暖かくなった。


    『昨日の岬の反応もまんざらじゃなかったと思うけど』

     カルツの言葉が蘇る。


俺、
こんな岬の態度に
安心するだけじゃダメなのかな?

やっぱりちゃんと言った方がいいのかな。


もし、この暖かい時間が壊れても
俺は岬を愛おしいと思うし、
言わなかったと後悔しても
言って良かった、って結果にならないとしたら

言わない方がいいんじゃないのかな。。。


『お…お腹空いてるかも、って思ってお夕飯作ってるから…』

岬がカタン…と立ち上がる。

『アパート、行こう』


『岬』


俺の問いかけに岬が顔を上げる。


『ありがとう』


一瞬俺を見上げて、また恥ずかしそうに下を向く。
岬が先に立って歩きだした。



       『そろそろ言わないと、な』

       カルツの手が、俺の肩に触れた気がした。



岬のアパートまでの数ブロック。
俺達は殆ど言葉を交わさずに歩き続ける。


岬がオートロックを解除して
二階へ続く階段を登った。


『岬…良かった!』

『エル!!!』

『何度電話しても出なくて、明りはついてるのに
 何度インターフォン押しても出ないから心配してたんだ』

『ごめ…』

『他の住人が出た時に上に上がれたけど何の反応も無くて…』

奴の手が岬の腕をそっと掴む。

その時、奴が俺に気づいた。

『ああ…やあ』

やあ…
じゃねえんだよ。

その手、離しやがれ!!!


『エル、僕は大丈夫だから…それよりどうしたの?』

『ああ…コーチがこれ…』

何やら手渡して、何やら説明する。

『わざわざありがとう』

岬が笑いかけて、奴がホッとした顔をする。

俺の方をチラ…と盗み見た。

『岬、大丈夫か?』

フランス語があんまり分からない俺でも
なんとなく意味は分かる。

俺は一歩前に出て、奴に言い放つ。

『岬は大丈夫だから、お前は用事済んだならもう帰れ!』


岬のビックリした顔。

奴の顔もキョトンとなる。

そしてゆっくり胸を張った。

『ああ…すまないね』


岬に振り返って奴が言う。


『また月曜に…彼が帰ってからゆっくり話をしよう』

『エル??』

岬に笑いかけて、奴が俺の傍を通りすぎさま、
俺の肩に手を置いた。

『またな』



++++++++++++++++++++


『ほんっとに信じられない!』

岬が怒って部屋の中を大股に横切った。


『わざわざ来てくれたエルにあんな事言うなんて!!』

『いつもこんな遅い時間に わざわざ 来るのか?』

岬がイライラした様子で俺の前を過ぎる。

『チーム編成が変わるからって教えに来てくれたんだよ…
 次の練習までに僕が知らないと困るだろうと思って!』

『んな事、電話でだって伝えられるだろ?』


そうだよ、あいつの、
ちょっと勝ち誇った様な顔。

俺はいつも傍に居れないけど、
奴はいつも岬に会う事が出来る。

そんな、勝ち誇った鋭い奴の笑顔…

絶対、俺に語りかけてた。


『(早くドイツに帰れよ
  岬には俺が付いてるから)』

思い出しただけで腹が立つ。


『エルも言ってよね、何度電話しても僕が出ないから、
 だから心配になって見に来てくれたって!!!』


岬がこんなに怒るの、初めて見た…


『岬、あいつと付き合ってるのか?』


俺の問いに岬がポカンとした顔で立ち止まる。

『な…』

『だって、そんなに奴の事かばうなんて、さ。
 あいつだって、いくら心配だからって…
 こんな時間に普通…友達の家、訪ねるか??』

『何言って…』

『俺が岬に会いに来る時、必ずあいつが現れて
 俺と岬の様子を見に来るだろ?
 岬の保護者を気取ってるのかも知れないけど
 普通の友達って感じじゃねえぜ』

俺は素直に心の中身を言葉にしてみた。

岬が驚いて目を瞬かせる。


『俺、前に岬に言ったよな』

『あんまりアイツと親しくするなよ、って』


俺はいつも傍に居れない。
アイツは好きな時に好きなだけ岬の傍に居られる。

どうしてそんな事が許されるんだ?
俺は…

許したくない。


『エルは…』

岬が握り拳を作って口元に持って行く。

『僕がフランスに来て初めて出来た友達だよ。
 日本人だから、とか…言葉の壁が厚くて
 なかなか皆に受け入れて貰えなかった時に
 唯一支えてくれた友達なんだ』

『エルが橋渡しをしてくれて、徐々に皆も打ち解けてくれて』

岬の目に涙が浮かぶ。

『僕が大変だった時に助けてくれた恩人なんだ』

『父さんが余り家に居ない事を知って、
 親身になって…家族みたいに僕を受け入れてくれて…』


なんか、胸にズシリとのしかかる。


『だから岬も奴を受け入れてるんだろ?』

『それは…』

岬が目線を下に落とす。

それで十分だった。


なんだよ…
やっぱり俺の独りよがりだった。


『だから岬はあいつを受け入れて、
 いつでも会えるし、いつでも傍に居る権利を
 あいつには渡してるんだろ?』

『権利?』

そうだよ…
俺にはそんな権利が無いって
今言われたばかりだ。


『悪かったよ、お前のエルに変な事言って…』

岬は動かない。

『お前らが付き合ってるなんて知らなかったから…』


 俺、心のどこかで

  『もしかしたら』

 って思ってた…でも、違ったみたいだ。


『俺にはあんな事言う権利…無かったな』


一つ溜息をついて、岬にそう告げる。

俺、何をしにフランスに来たんだろ…




『若林君の馬鹿!』

突然の岬の言葉に俺が驚く。


『僕、エルと付き合ってなんかいないよ』

岬の頬に涙が伝う。
真っ赤になって、所在なげに壁に凭れた。


『ほんと、若林君には僕の大事に思ってるエルに
 あんな事言う権利無いよ! 
 親でも…付き合ってる訳でも無いし
 只の友達なのに…僕の大事な友達に
 帰れ、なんて言う権利なんて無い!』

俺の心にチクと針が刺さる。

『でも、僕だって本当は言いたかった』

岬が真っ直ぐに俺の目を見る。


『いつもシュナイダー君やカルツ君と居て、
 それは全然いいけど、お…女の人と出掛けて
 僕だってその後どうなったのって聞きたいけど
 僕にはそんな事言い出す権利なんて無くて…』

岬の瞳から一つ、涙が落ちた。

『ホントは凄く気になってるのに、
 僕は怖くて聞け無くて…
 若林君が誰と付き合おうと自由だけど
 僕には聞く権利も何か言う権利も無いし』

『岬…』


あれ…?

この展開。

じゃあ、俺は友達以上になったら…


岬に何か言う権利が有るのか?



岬がそのまま床に座り込んだ。


『若林君だって…
 僕に強要して欲しく無い』


俺は岬が何を言っても、
何を聞かれてもいつでも受け入れるつもりだった。

俺が岬を好きだって思ってるから。


数歩進み出て、
岬の前に座り込む。


『じゃあ俺から言う』


大きく息を吸い込んだ。


『俺には何を聞いてもいいし、
 何を言って強要してもいい…
 岬にその権利、やるよ』


   『源さん、頑張れ』

  カルツの手が俺の肩を押す。


『俺は…
 岬の人生に口出しする権利が欲しい』


岬の大きな瞳に更に涙が浮かぶ。


『只の友人にはその権利が無いんだろ?

 なら…
 
 俺と…

 

 付き合ってくれないか?』



岬に手を伸ばして、その腕を掴む。


『ずっと… 
 ずっと好きだったんだ』


岬の瞳からまた一つ、涙が零れた。


『僕も…』


瞬きした瞬間に、幾つかの涙が零れ落ちた。


『ずっと…ずっと
 若林君が好きだったよ』


俺の口元に優しい笑みが浮かんで、
岬の唇にKISSをした。


『ごめんな、岬』


岬の唇は、涙の味がした。


『ごめん』



岬がギュッと俺にしがみ付いた。


『もう泣かせたりしないから…ごめん』


もう一度、そっと岬にKISSをした。



『あの時、女が俺に付き合ってくれって何度も言ってて
 周りに人も沢山居たし、うるさくて外に連れ出したんだ』


ずっと、
ずっと憧れてた瞳が
間近で俺を見つめる。

『外に出て、俺には好きな人が居るって言った』


岬の髪をそっと撫でる。


『好きな人が居るし
 そいつに本気だから
 君の気持には応えられない
 …そう言ったらその女は』

岬はピクリとも動かない。

『その人は世界一幸せな人ね、って言った』


今この瞬間に、
俺の腕の中に岬が居る事が信じられない。

『俺が…
 世界一幸せにするから』


『僕も』

岬が小さく呟いた。

『僕も怒ったりしてごめんなさい』


『いいよ、そんなの。
 でも…あいつは本当に要注意だ!』

『エルが?』

『そうだよ、あいつ、なんであんなに挑戦的なんだ?』


奴の顔を思い出してちょっとムカつく。

『いつでも俺に岬と仲いいとこ見せつけやがって』

『でもエル…知ってるもん』


『?』

『僕が若林君を好きだって事、
 ずっと前から知ってるよ』



途端に顔に血が登った。


  『そんな小さな事より、友達が幸せになった方が
   俺たちだって嬉しいじゃないか…』
  

カルツの言葉が蘇る。


ああ…俺達って…


『岬に言ったら振られると思ってた』

心に暖かい物がじんわりと広がる。

『僕も、怖くて言えなかった』


岬の顔をじっと見詰める。


『俺達って、世界一幸せだな!』


笑いだした俺を不思議そうに岬が見詰める。


『ずっと好きだったんだ、岬…本当に』


岬の顔に笑顔が戻る。


『僕も…』


俺の宝物を見下ろす。

その唇をもう一度味わった。

もう、
涙の味はしない。


『ありがとう』


俺の言葉が滑り落ちた。




+++++++++++++++++++++


『なんだ源さん、もう帰るのか』

『おう、もう10時になるからな、
 岬に電話しないと…』

『良く続くなぁ…』

カルツとシュナイダ―にからかわれながら席を立つ。

『源三、今度の土曜日の飲み会…』

シュナイダ―が俺に声を掛ける。

『行かねえよ、岬来るし』

『そんなに束縛されてんのか?』

2人が大きく笑う。

『岬は何も言わないよ、俺が行きたくないだけ』

『はいはい、お休み』


この2人は相変わらず俺達を茶化して楽しんでる。


でも、そこに友情が有るって分かってる。


『また明日な、お休み』


部屋に帰って受話器を上げた。


+++++++++++++++++++


『あ!!! もう10時になる!!!』

岬が慌ててピエールを振り返る。

『エル、続きはまた明日!』


はいはい、と手を挙げてピエールが立ち上がった。


『俺の滞在時間は22時まで…分かってるよ』


上着を取って、ゆっくり袖を通した。

『なんであんなのがいいのかな?』

襟元を両手で整える。

『俺の方がよっぽどいい男なのに』


笑いながら岬が背中を押した。


『エルには感謝してる…だけど
 どうか見守っててね』


ドアを閉めると同時に電話のベルが鳴り出した。


『うん、ううん、エルは帰ったよ』


++++++++++++++++++++


俺たちはまだ始まったばかり。


お互いに与えた権利なる物が
どこまで通用するのかも分からない。

でも、

今は…


みんなに背中を押されて

世界一幸せな

2人になれた事だけが分かる。



『じゃあ明日、空港で待ってるから』




ほんの数週間前までは不安で一杯だった。


今は、幸せを噛みしめて受話器を置く。



明日岬に会ったら…まずなんて言おう?



まだ逃げていて、岬に言わなかったら…と思うと
諦めにも似た溜息が漏れた。


言わずに後悔するよりも
言って後悔した方が後腐れが無い。

何かの本で読んだ。


俺は言って後悔よりも喜びに変わったけど…

言わなきゃ何も変わらない。


俺は周りの友達に沢山の言葉を貰った。


明日、岬に会ったらまず、なんて言おう。



『若林君』


その、眩しい笑顔を浮かべて
岬が俺の元に走り寄る。



言葉よりも先に

ぎゅっと抱きしめて

岬を感じた。


言葉より先に、
岬を感じたかった。


俺は周りから沢山の言葉を貰った。

けど…

俺達に言葉は要らないみたいだ…




窓を開けて夜風を感じる。
その冷たさに心地よく身を晒してみる。

岬が隣に来て、俺を見上げた。

岬の手をぎゅっと握る。




『世界一幸せってのも…』


月明かりが俺達や、辺りを優しく照らす。


『結構いいもんだな』




岬がそっと微笑んだ。




END










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