その眩しい陽光が、若林の目を貫いた。
久々に、夢を見なかった朝。

何時に無く人肌を感じて
眠たげな首をめぐらす。

自分の胸にもたれかかる淡い茶色の髪、
自分のパジャマを握り締めるその小さな手。
切なそうに身を縮めて、静かな寝息が聞こえてくる。

一瞬、若林の頭が理解を拒んだ。
その折れそうな肩が上下する様を見て
だんだん心が和んでいく。

『そっか・・・』

そうだ、昨日、ミサキが来たんだ。

そうっとミサキの肩に上掛けをかけようと
若林が動くと、岬が小さく動く。

『うん・・・』

パジャマを握ってる手とは反対の手で
自分の目を軽くこする。
そのしぐさが子猫みたいで、
思わず若林に笑顔がこぼれた。

『ミサキ』

一瞬、岬の顔があがって
眠たげな目で見上げるが、
『んっ・・・・』
子供みたいな小さな声をあげて
そのまま更に若林に身を寄せる。

そんなしぐさが愛しくって
思わず岬を抱きしめながら
その無防備な頬に、オデコに
スッと通った鼻先に、
小さなKISSの雨を降らせた。

『もう、朝だよ』

ミサキの目が何度かしばたいて、
眩しそうに若林を見上げる。

『おはよう、ミサキ』

若林の問いかけに、
けだるそうにミサキが声をあげた。

『おは・・・よう』

若林の腕の中で、ミサキが大きく伸びをする。

『ミサキ、良く眠れた?』

程よく温まったベット。
サラサラと滑るシルクの感触。

ミサキがにっこり微笑んだ。

『うん』

ミサキの目にかかる前髪を
そっと指先で寄せてやる。

『今日は買い物、行こう』


そう言えば、何時なんだろう。
遮光までは行かないカーテンから
明るく差し込む光の加減から、
朝も大分たっている気がする。



コンコン・・・



ドアをノックする音。
『源三坊ちゃま、いらっしゃいますか?』


厚手のドアの向こう、
メイド頭の中川さんの声がする。

急に不安そうなミサキの顔。

『ミサキ、顔を洗っておいで・・・』

近くにあった岬の頭にKISSしながら
若林が奥の洗面所に促した。

『ちゃんと紹介するから、大丈夫だよ』

ミサキが不安そうにドアの奥に消えたのを確かめて
大きな両開きのドアに声を掛ける。

『中川さん、開けていいよ』


今までの経緯から
若林が裸で、
誰かと一緒の場面を想像しながら
中川さんがドアを開ける。

『あら?』

メイド頭の中川さんは
若林が小さい頃から一緒に居て
現日本を左右する若林を
『坊ちゃま』と呼ぶ、数少ない一人であった。




『今日はお一人なんですね』
コホン!と咳払いをしながら
大股で部屋に入り込む。

『さっき、坪田から電話がありました、
 もう、10時ですよ・・・』

若林のパジャマ姿に安心して
ベットの端に手をかける。

『本日は役員会議で御座います』

窓辺に近寄って、自動カーテンの
スイッチを入れた・・・

ウィィィィーン・・・・・

くぐもった音と共にカーテンがスルスルと
壁の奥に消えて行き、晴れ晴れとした青空が覗く。

『中川さん・・・実は・・・』

そんなタイミングで
ミサキが洗面所のドアを開けた。

『一人じゃ。。無いんだ・・・』










折りたたんだ新聞の隙間から
ミサキが見える。







『中川さん、今日から一緒に住む、ミサキだよ』

俺の紹介に中川さんも、
モチロン、岬も驚いて
緊迫した空気が流れ込む。

『あ・・ごめんなさい・・・』


岬があせって俺の方を向く。


『ぼ・・・』

『ミサキ、おいで。。。』

俺の呼びかけに素直に岬がベットに近づく。
その肩を抱いて、高らかに宣言した。



『今日から一緒に住む、ミサキだよ・・・』








新聞の向こう、ミサキの機嫌は直ってないみたいだった。

『なあ、ごめんよ・・・』

若林が岬の顔色を伺った。

『あんな風に紹介する事になるとは思わなかったんだ』




岬がカップからコーヒーをすすり飲む。

『ちゃんと紹介するって言ってくれたのに』


『中川はそんなメイドじゃないよ』




そこに中川が金色に輝くトースト、
プルプル揺れる目玉焼きを2人の前に差し出す。


『僕・・何かお手伝いします・・』

そんな岬の申し出に
中川自身がビックリして顔をあげる。

『いいんですよ、座っていて・・・』






新聞紙の陰で、若林がクックと笑う。

『でも・・・』

困った様な岬の表情に
老女の顔も優しく歪んで行く。

『あなたはどうぞお掛けになっていて』

中川が小さく若林を小突いた。

『いいんだよ、ミサキ』

若林の言葉に、岬がイスに背をつける。

『ありがとうございます』

若林が肩でおかしそうに笑った。
『中川さん、坪田に連絡してくれないか?
 今日の予定は全部キャンセルするから・・・』

ミサキの突然の謝礼の言葉に
中川と呼ばれる老女はオロオロしながら
その姿を台所に消して行く。





ミサキが所在無げに若林を見た。
『なんか、落ち着かないよ・・・』
一呼吸置いて小さく呟く。

『ミサキ、中川さんは俺たちの世話をするのが
 彼女の仕事なんだ・・ミサキを彼女と同様に
 仕事をさせる為に置いておくつもりは無いんだ』

『僕、家でも孤児院でもずっと一人で・・
 何でもしてたから、こんなの、恥ずかしい』


ちょっとムクれたミサキを引き寄せて
その唇にKISSをした。

『ミサキ、すぐ慣れるから・・・』

ちょっとの間、考えてからミサキが小さく笑う。

『どうして僕にキスするの?』
若林がニヤリと顔を歪める。

『捨てネコとか、ハムスターとか、
 小動物を前にすると、なんでか・・・こう
 キスしたくなるだろ?』

『・・・』

もう一度、若林が顔を寄せる。

『可愛くて、つい、キスしたくなる・・・』

その顔を小さな手で差し止めた。
『じゃあ、僕は捨て猫と一緒?』

クスリ、と笑って若林がその手をギュッと握った。

『違うよ・・・・』

もう一度ミサキの手に軽くKISS。
指の一本一本に唇を当てて、
若林がが小さく呟いた。


『ミサキだからだよ・・・』







買い物に出る為に岬を部屋に返した所に
静かに中川が歩み寄った。

『中川・・・これからもミサキをヨロシク』

新聞を折りたたんで、テーブルの端に置く。

『これからずっとココに住むから、
 中川も良くしてやってくれ・・・』

『坊ちゃま。。。』

『当面は親戚の子供、甥っ子って感じかな?
 法的な手続きはもう済んでいる・・・』

中川が真剣な眼差しを向ける。

『ご酔狂ならお辞め下さい』





一瞬の張り詰めた空気。









若林がニッコリ微笑んだ。

『中川なら、分るだろう?』




それ以上の言葉は要らなかった。




静かにイスを引いて若林が立ち上がる。

『今日からこの家に住人は2人だ、
 ・・・徹底しておけ・・・』


『・・・・・はい・・・』


中川の消え入りそうな返事を背に
若林自身も着替えるべくダイニングを後にする。

『よろしくな』














ハイウェイを抜けて都心が近づくにつれて
点在する車の数も増える。

『わあ・・・』


ミサキが車窓から軽く身を乗り出す。
最近開発された地域を代表する商業ビル。

車は滑るように地下に吸い込まれ、
従業員が数名車に近寄ってくる。

締め切ったドアの中、
ミサキが小さく呟いた。

『若林さんって・・本当にお金持ちなんだ・・・』

ニヤリと若林が呟く。

『源三って呼ばないと教えてやらねえよ・・・』



恭しく開かれるドアに物怖じせず
ミサキも若林と共に降り立った。







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