『これはこれは・・・お久しぶりで・・・若林様!』

パリっとしたスーツを着こなした紳士が
若林を大袈裟に迎え撃つ。

『本日はいらして頂けて光栄で御座います』

『今日は俺の買い物じゃないんだ・・・ミサキ・・・』


若林に呼ばれて岬が恥ずかしそうに前に出る。


『この子に似合うものを幾つか頼む』




ポカンとしている岬の前に、
何人もの従業員が取り囲みアレやコレやと
店中の洋服を積み上げて行く。

時折岬がHELPの目を投げるが、
若林は窓辺の椅子に座って
そんな様子を楽しそうに眺めている。

『全部包んでくれ・・・』


その店にとって神の一言を投げかけてから
運転手に荷物を任せて、
次の店へと岬を連れまわして行く。





『疲れちゃった・・・』

3件目を終えた時点で、
岬がポツン・・・と呟いた。

『ちょっと休みたいよ』

岬の頭にポンと手を置いて
若林がニコリと笑う。

『おいで・・・』




買い物をしているフロアから
一旦下に降りると、従業員専用の
ブースに入って行く。

『岬、こっち・・・』


またも【専用エレベーター】に乗って
若林が鍵を回す。


『本当はここも俺の持ちビルなんだ』

岬が不思議そうに若林を見上げる。
そして急にクスクス笑い出した。


エレベーターの表示が50階を越えた。

若林がその手を岬の髪に絡める。
『何?』

岬がにこっと笑って
静かに首を振る。

若林が問い詰める寸前に
エレベーターが静かに減速を始めた。





その商業ビルの58階。

エレベーターのドアが静かに開くと
毛足の長い赤い絨毯が広がり
世俗と断絶するような静寂が訪れた。

淡いライトに照らされて
豪奢なフラワーアレジメントが
密かな呼吸を伝えてくる。



『こっちだ』

二人の足元でその赤い絨毯が
サクサクと音を立てる。


『さあ、ミサキ、おいで・・・』


若林が開いたドアから光が差し込んだ。


『わあ・・・』


一面に張り巡らせた大きなガラス窓。
広い室内に点在する、大きなデスクと
お揃いのキャビネット。

見るからに弾力の有るソファに
ミサキの小さな身体を座らせる。



『ここが最近一番新しい俺のオフィスなんだ』



そこでまた岬が小さく笑う。


『ミサキ・・・何?』




その問いかけに答えずに
勢い良く席を立つと
大きく開かれた窓辺に歩いて、
ガラスにペタと身をつけた。


『凄いよ・・』


新宿の高層ビルが離れた所に聳え立つ。


無限に広がる青空も、
夜になれば輝く摩天楼も
遠くに富士山までもが見える景色。

若林が戸惑う中、
岬がペタンと絨毯に座り込んだ。


『・・・凄い』






ややあって若林が岬の隣に座り込む。

『気に入った?』







『うん・・・多分』
岬がその優しげな顔をあげる。


『ここから世界は・・・平和に見えるよ』

若林がその手を岬に伸ばす。

『太陽が照って、風が吹いてる・・・』

岬に指を軽く絡めて行く。

『父さんが居なくなった朝も・・・』

小さな手をギュッと握った。

『こんな天気の日だったよ』


若林に向けた笑顔に涙色の後がつく。


『岬は俺の事を何も聞かないな』

若林の問いに、岬がポソっと呟いた。

『だって聞いちゃったら僕、
源三の人生も背負わなくちゃいけなくなるもん』

陽光が岬を優しく照らす。

『知り合って別れる時、
悲しいくなるから・・・・・』
『ミサキ』

若林がギュッとその身を抱きしめる。

『俺はミサキの事、全部知りたいよ』

ミサキが不思議そうに若林を見上げた。




『ミサキが嫌だったらいい、
でも俺、お前の事知りたいよ、
だってこれからずっと一緒にいるのに・・・

お前の事を何も知らないって方が・・・

俺にとっては
その方が悲しい』


『源三・・・』
岬が若林の手を掴む。



『僕・・・』

2人で床に座り込みながら、
若林が岬を後ろから抱え込む。

岬の頭が小さく揺れた。


『いつか、話したくなったら・・・
岬が、俺に人生背負わせてもいいと思ったら、
その時話てくれればいいから』

『恥ずかしいけど、俺、
昨日会った時から
岬に夢中なんだ』

『俺の持ってないもの、
俺が他人に対して求めてたモノを
岬は持ってる気がして・・・』

『それは知り合った時間とか
年月で分ることじゃなくて
俺自身の直感なんだけど・・・』

若林がクスリと笑った。

『いつか、岬が俺の前を去って行くとしても
それまではお前の事、
俺が守っててやるから・・・』


ひとしきり若林の顔を見つめてから
安心した様に微笑む。



『僕・・・小さい頃からずっと父さんと2人で
父さんが画家だったからいつも転々として
転校もいっぱいして・・・
でも、僕は父さんと一緒に居たかったんだ』

岬が小さく小さく語りだす。

『母さんが僕を連れて行こうとしたけど
父さんが僕を手元に置いておきたいって言って
・・僕は父さんを選んだ・・・』

『もうすぐ15になるって時、
いつもの調子で父さんがスケッチ旅行に行くって・・・』

『だけどそのまま帰って来なかった』

岬の声がちょっと落ちる。

『父さんに置いてかれちゃったんだ、






小さい頃、僕は父さんを選んだのに・・・






父さんは僕を選んでくれなかった』



ちょっとだけ鼻をすすってから
岬がまたポツリと話しだす。








『僕、父さんと一緒に居たかったな・・・』


若林が岬の頭を撫でる。




『その後は孤児院とか転々として
でも母さんの所には行きたくなくて・・・


だって、父さんを裏切るみたいで』

『いつか父さんに会うまで
泣かないで居ようって決めたんだ
ちゃんとした理由を聞いて
悲しかったら泣けばいいやって思って・・・』




岬の動きが止まる。

『ミサキ・・・』


『今、お前はもう他人じゃないから、
俺の前ではミサキらしく居ればいい・・・
泣きたくなったら泣けばいいし
笑いたかったら笑って

そんな事でお前の傷は癒せないけど
俺がお前を背負ってやるから・・・』


若林がミサキの頭に小さく口付けた。




『だから俺の前では
ミサキらしく居ればいい・・・』







『孤児院に引き取られた時、
 小さな所にみんなで押し込められていたのに』

『源三はいつでも広い空間を持ってるんだね』



岬の小さな手に力が入って
若林の心に蒼い影を落とす。



『なんか、不思議』


岬の目が小さく写る往来を捉える。


『ある日僕の前に男の人が来て
 僕を引き取りたいって言ったんだ・・・
 何の理由も無し。ただ、引き取りたいって』


若林は微動だにせず、岬の横顔を見つめる。


『暴力とか虐待とかそんな世界から
 急に僕を必要とする人間が現れて・・・
 僕はその人について行ったんだけど』


岬が言葉を切って
若林を眩しそうに見上げた。


『あの娼窟から、あなたに会えて良かった』


一瞬、余りにも深い岬の瞳に
若林自身ものめり込みそうになる。


『父さんの事は今でも好きだけど。。。』


寂しそうにニッコリ笑う。


『源三の方が家族より暖かい気がするよ』







言葉に胸が詰まって
思いっきり岬を抱きしめる。


若林の唇が静かに動いた。




『2度とそんな思いはさせないから・・・』







『ミサキは俺の側に居ればいいから・・・』














昼間の摩天楼が
優しく二人に囁きかける。



































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