ゆるゆるした青空に
白い雲が湧き上がる。

『次は何が欲しい?』

若林が優しく問いかけた。

『僕いっぱい買ってもらっちゃったから・・・
 もう、何も要らないよ』

岬が小さく首を振る。

『お前はもう俺の所にいるんだから
 お前の居場所を作って欲やりたいんだ』

若林がにっこり笑う。

『ココが自分の居場所だって岬が感じられるように
 岬の部屋も改造しよう』

心なしか自分の方がワクワクしている若林。


『でも・・・』

そんな若林に困惑して岬が小さく首を振る。

『僕、こんなに良くしてもらって・・・
 どうやってお返ししていいかわかんないよ』

『昨日会ったばっかりなのに。
 

 どうして源三は僕と一緒に居てくれるの?
 どうして僕を引き取ろうって決めたの?』


岬の手が若林に伸びて、洋服をギュッと掴む。

『どうして・・・・・』





若林が岬の頭に手を伸ばした。

『岬、このビルは最新の技術を持って建てられた
 今、日本で一番最先端のビルなんだ』

岬がキョトン・・と若林を見つめる。

『このビルの建設に何千、何万の人間が関わってる・・』

『俺一人が建てようと思っても建てれるモンじゃない。
 大手企業が出資して関わって俺も関わってる。
 何千何万人もの人間がこのビルを建てる事で
 潤って行くし、日本の経済も活発になって行く・・・』

『娼窟でお前も見たかも知れない・・・
 日本が幾ら不経済と言っても、そんな事に関係なく
 金の有る奴はいくらでもいるし、みんな金に貪欲なんだ』

『そんな奴らと俺はずっと関わって来て、
 汚い人間も沢山見てきたよ、一つ間違えば
 俺を陥れようとする人間も沢山いるからな。
 後は俺の金目当てとか・・・』

そこで若林が一息入れた。

『岬に会った時、俺、衝撃を受けたよ・・・』

岬の頭に置いた手が、優しく頬に降りる。

『今もそうだけど、こんなに澄んだ瞳で俺を見るヤツなんて
 ・・・すっごく久しぶりだった・・・・』

大きな手で岬の頬を撫でる。

『あのオーナーが連れて来たからには
 お前には身寄りが無いって事で・・・
 
 岬のこんなにキレイな外観もそうだけど
 俺は・・・一目で・・・お前を・・・』



若林の指が岬のアゴを捉える。

『岬、目を閉じて』



ゆっくり近づいて来る若林に向かって
岬が躊躇いがちにゆっくりその長い睫を伏せる。



『好きになっちゃったんだ』



岬のその震える唇を若林の唇が塞ぐ。

『っん・・・』




重なり合った2人の影が
赤い絨毯に長く伸びる。


『岬は自由だから』

キスの合間に若林が小さく呟く。

『いつ飛んで行ってもいい・・・』

『だけどそれまで』

『俺の側に居てくれないか・・・』


岬の頬が真っ赤になって
若林にギュッとしがみつく。


暫くして若林がその細い身体を離す。
岬の目がトロンと若林を見上げた。

『僕・・・良く分らないけど・・・』





 源三の事、好きだよ・・・』


若林の長い指が岬の前髪をなぞる。

岬が若林にしがみついて
その頬が赤く染まっていく。

『これから家族として一緒に住むけど
 少しづつでいいから、俺の事・・』


若林が言いかけた時、
ちょっと離れたドアにノックが響く。


『会長・・』

鋭く響く女性の声。

残念そうに若林が岬を見下ろす。

『俺の秘書なんだ』


床に座っているまま、岬をちょっと離すと
後ろのドアに声を掛ける。

『神崎さん、ココだよ』


大きなドアが開かれて
雑誌から抜け出たような
グラマラスな女性が飛び込んできた。

『本日の会議をキャンセルされた・・・って・・・』


襟元にレースをあしらった白いブラウス、
身体に張り付いた黒いミニスカート、
10cmはある、黒いハイヒール。

『お伺いしてましたけど。。。』


顔に掛かる巻髪がフワと揺れて
整った化粧の下で顔が歪む。


『今日はキャンセルしたんだ』

若林が座り込んでいた床から
大儀そうにその長身を起こす。

『おいで・・・』

そのまま岬に手を伸ばした。

戸惑いながら岬が若林の手を掴んで
ゆっくり立ち上がった。

『神崎さん、ミサキ。
 ミサキ、神崎さん』


毛足の長い赤い絨毯にも関わらず
彼女のハイヒールが潔く前に突き進む。

『昨日から一緒に住んでる、ミサキだよ』

若林の嬉しそうな顔と反対に
ツンと尖った鼻先を岬と若林に向ける。

『親戚の子で暫く預かるんだ』

『ホラ、ミサキ・・・』


若林が岬の肩に手を置いて
優しく神崎さんの前に導いた。

不安げに岬が見上げた後、
ゆっくりちょっと前に出る。

『こんにちは、僕、ミサキです』


僕・・・と言う言葉に
神崎と言う美しい女性は顔を緩めて行く。

『こんにちは。私は会長の秘書で
 神崎と申します・・ヨロシクね』

『こんな可愛い方が親戚にいらっしゃるなんて
 ・・全然存じませんでしたわ』

コロコロと転がすような声を立てて
その女性が小さく笑う。

岬が若林に身を寄せて
服のスソを掴む。



『神崎さん、今日は一日オフだから・・・
 明日も分らないけど、また電話する』

『え・・ちょっと会長!!!』

オロオロする女性を残して
若林は岬を連れてエレベーターホールに進んでいく。

『じゃあ、ヨロシク、神崎さん!』

必死に追いかけて来た彼女を残して
豪華なエレベーターの扉を閉めた。

『あはは・・・』


若林が楽しそうに笑うのを見て
岬が不思議そうな顔をする。

『彼女は知り合いの紹介で来てくれてるんだけど
 いつも口うるさくて。。。こんな風にやり込めたの、
 今日が初めてだったんだ』

『あの人、ちょっと怖かった』

岬も本心を口にした。

『僕の事、ずっと睨んでたもん』






『岬、お昼にしよう』


またも商業用のエレベーターから
今度は43階にある、瀟洒なレストランに踏み入れた。

『これはこれは会長・・・ようこそ・・』

若林が現れただけで店中に緊張が走り、
広くて明るい個室に2人を案内する。

『2人の席は近くに設定してくれ、
 メニュウは任せるから』

またも豪華なソファに身を沈めて
若林にはシェリー酒の細いグラス、
岬にはエビアンが振舞われた。


『岬は全然物怖じしないな』

従業員の丁寧な扱いにも
岬は顔をあげて堂々とついてくる。

『だって・・・知らない事ばっかりなんだもん』

エビアンを一口啜ってから
岬がにっこり笑った。

『それに源三が一緒だから・・・』

若林がニヤリと笑った。

『それでいい・・・』


コンコン・・・
初老の男性が扉を開ける。

『お席が用意出来ました、どうぞこちらへ』




濃い赤色が基調の明るい個室。
大き目の4人がけのテーブルに
白いクロス、切られたばかりの花、
輝く銀器が光を放つ。

2人が席に着くとすぐ、
若林の目の前のグラスに白ワインが注がれて行く。


ナフキンをどけると直ぐに
繊細な前菜が運ばれて来た。


『ミサキ、本名ははなんていうんだ?』

『岬・・・岬太郎だよ・・・』

繊細なフォークを口に運ぶ姿が可愛くて
思わず若林に笑顔が戻る。

『太郎・・か・・・』


『でも、みんな岬って呼ぶから源三も岬って呼んでね』

『よし・・・』

暫く考えてから若林が口を開いた。

『岬、本当に俺と一緒に居たいか?』

ビックリして岬がその手を止める。
途端に泣き出しそうな顔に変わっていく。

『やっぱり、一緒に居たら・・・いけないの?』


『違うよ・・・・・』

若林もその手を止めて
静かにフォークを更に置く。

『一緒に居るなら、ルールを決めよう』

ナフキンで軽く口元を拭ってから
若林が静かに岬の手を握る。

『一緒に居て分るだろう?俺はどこに行っても身元が割れる。
 だから誘拐とか気をつけなきゃならない・・・ 
 全てが自由ではないんだ。俺と一緒にいるなら岬、
 お前にも生活の自由が奪われる事になる』

岬がコクと頷いた。

『お前をマスコミに晒す気は全然無い・・だから
 これから生活するに当たって幾つか決めておきたいんだ。
 外にもなかなか出たり出来ないし、いつも誰かと一緒になる。
 学校に行く時も送り迎えは必須だし、友達もあの家に
 呼んだりしたらダメだ・・・家を知られたく無いからな。
 一人で行動するもの絶対に無理になる・・・』

岬がパッと顔をあげる。

『学校に行っていいの?』

若林が優しく微笑む。

『モチロンだよ。』

『僕、殆ど落ち着いて学校に行ってなかったから・・ 
 でも・・・』

『ん?なんだ、岬・・・』

『僕、この1年、殆ど学校に行ってないんだ、
 きっとついていけないよ』

寂しそうな横顔で岬が呟く。

『だったら・・・学校に行くのは夏が過ぎてからにしよう
 大丈夫、何とでも書類上は操作出来る、その代わり・・・』

岬がゆっくり顔をあげた。

『夏までは家庭教師を雇うから、勉強するんだ』

岬の顔がキラキラ輝く。

『うん!僕、頑張るよ!』


そんな岬の笑顔を受けて、若林も誇らしげに微笑む。


『俺はいつも忙しいから家に戻るのが
 何時になるか分らないけど・・・』

岬の指に軽く口を付ける。

『俺が家に戻った時、おかえりって言ってな・・・』

岬が若林の顔に触れた。


『うん・・・』




運ばれて来たメインディッシュに中断されて
2人の食事が再開した。





『源三、一つだけ教えて』

『俺の事知りたくなったか?』

『ううん・・・まだ違うけど』

若林のガッカリした顔に静かに微笑んだ。

『源三の家には何人の人がいるの?』

拍子抜けの質問に若林が指を折り出した。

『中川入れてメイドが3人、コックが1人、運転手が1人
 ボディガードが2人・・・』

『じゃあ今は7人だ』

『そうだな・・・』

デザートのクリームブリュレを堪能しながら
岬がニッコリ笑った。

『帰りにお菓子屋さんに寄りたいよ』



嫌がる岬を無理やりつれて
若林が更に幾つかの衣料品・雑貨屋に連れまわす。

途中、家具屋にも寄って岬の部屋の注文をする。


要らない!と抵抗していた岬も
若林の楽しそうな調子に押されて
最後は自分から意見を言っていた。




自由が丘で有名な店で岬が降り立つ。

『源三はココで待っていて』

暫くして紙袋を抱えて岬が戻る。

『ありがと・・・』


そのまま車は滑るように走り出し
若林の超高層マンションに戻りついた。

『なあ、岬、何買ったんだ?』

若林が支払うのを拒んで
自分で買い物をした中身が
どうしても気になるらしい。

『内緒だよ』



玄関に若林がカードを差し込む。
先に立った若林が玄関先でくるりと振り向いた。

『岬、おかえり・・・』


立ち尽くす岬の顔が、
大きく見開かれた瞳が
優しく緩んで行く。
『っ・・・・・』

そのまま若林にぎゅっと抱きついた。
『ただいま・・・』




若林が優しくその頭を撫でる。
『お帰り、岬・・・・・』









食事が終わって、中川さんがお皿をかたす段階で
岬が怖々声を掛けた。
『あの・・・中川さん・・・』

老女も驚いて手を止める。

『はい、なんで御座いましょうか?』

岬がさっき買った袋から小さな物を取り出した。

『これ・・・』

老女の手の中に赤いリボンを掛けた箱を手渡す。

『これからお世話になります。
 小さいけど・・・僕の感謝の気持ちです、
 どうぞ受け取って下さい』

『まあ・・・』

口をポカンと開けて老女が若林を見やる。

『どうしましょう』

『中川さん、受け取ってやってくれよ、
 岬の気持ちなんだって』

岬の行動に若林ですら驚いて、思わず笑いがこぼれた。

『(こんな、思っても無かった・・・)』

若林の胸がだんだん熱くなって行く。

『(本当、オーナーに感謝しなくちゃ、だな)』







それから岬は一人一人にプレゼントを手渡して
若林の待つ、プライベートな居間に戻って来た。

『この家、本当に広い』

『通常は7世帯が住んでるからな』

読みかけの新聞を下に置いて
若林が手元のスイッチを切り替える。

天井のシャンデリアが消え、
点在するフロアランプだけが
淡いオレンジの光を投げかけた。

一面に開かれたガラス窓に
昨日と同じ摩天楼が広がり出す。

『本当に、源三は凄いね・・・』

岬が窓辺に寄って、空調やら物入れを兼ねた
キャビネットに腰をかける。
岬の体がガラス窓にはりついて、
人間の煌く創造物を覗き込んだ。

『僕、今、凄く幸せって言ったら、
 父さんが怒るかな?』

ガラスに反射して、その寂しそうな顔が
若林の心をくすぐって行く。


『怒らないさ、岬・・・』

岬の近くに寄って、
一緒に摩天楼を見下ろした。

『この広い世界の何処かから、
 絶対岬の幸せを願ってるはず』


岬の顔がガラス窓に寂しげに写る。
その向こう、摩天楼すらも
一緒に泣いて居るかのように・・・


『さっき、源三のオフィスで言いかけた事・・・』

岬が小さく呟いた。

『その続きを聞いてもいい・・・?』


若林が後ろから岬のうなじにKISSをした。
大きく震える体。

『これから一緒に住むけど・・・・』

若林がその心細い身体を抱きしめる。

『俺の事・・・家族としてだけじゃなくて

 恋人として見てくれないか?』



岬がキャビネットの上で静かに向きを変える。




『あの娼窟で・・・僕、見ちゃったんだ』

『今まで考えた事も無かったけど、男の人同士が
 凄く愛し合ってる姿・・ドキドキしたけど、
 あんまり変だと思わなかった・・・だって・・・
 2人がとても真剣だったから』

岬の手が若林に伸びた。

『良く分らないけど、僕・・・
 源三の事が・・・



 大好きなんだ』


若林の深い口付けに、岬が一生懸命答えて行く。





『おいで・・・』




若林の手を、岬が強く握った。















『おはよう・・・』

2日目の朝。


自分の姿に驚いて岬が目を開ける。

『やっ・・・』

慌ててカバーをかき集めながら
岬の目が若林を見上げた。


『おはよ・・・』


真っ赤になって岬が小さく呟く。

『昨日、岬、凄い可愛かった』

その頬に若林がKISSを落とす。
裸の体が、熱く触れ合う。

『中川さんに怒られちゃうよ・・・』

『大丈夫・・・』








若林と岬の周りで
今までと違う時間が流れ出した・・・・・







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