子供から大人になる時
今まで通ってきた我侭が
何故だか今日から通らない。

今までの自分の常識が、
勝手に押し付けられた
『もう、子供じゃ無いんだから・・』
の一言で、脇に押しやられて行く。
そんな心の歪みが反抗期となって押し寄せる。
大人に反抗する事で、自己を主張する。

大人に見放された子供。

岬も若林も子供で居る時間が
余りにも短すぎて、自分の位置すら
自覚できないほどに
自立する時間が早くなった。

周囲の大人が、
己より子供だったから。
周りの大人が、反抗期など許さない程
子供に対して求めていたから。

彼等は早く大人に成らざるを得なかった。

反抗期とは違うその心のヒズミが
かえって一層、お互いを惹きつけたのかも知れない。




その日から一緒に居られる全てを、
お互いを近くに感じようと、
2人の奇妙な共同生活が始まった。
















『ただいま・・・岬』

若林がネクタイを緩めながら部屋に踏み込む。
ソファで雑誌を読んでいた岬がパッと身を起こす。

『源三、お帰り』

若林の上着とネクタイを受け取って、
側に居るメイドに手渡す。

『今日は何してたんだ?』

『朝から勉強して、家庭教師の先生が来て
 ちゃんと勉強してたよ』



若林の脳裏に今日の場面が浮かび上がる。







『甥御さんは大層勉強がお出来になりますね』

勿体つけた風情で若林のデスクの前に立つ。

『(当たり前だろ、バーカ)』

若林の心の罵倒など気にも留めずに
大学教授と言う冴えない男は言葉を繋げて行く。

『このまま行けば2学期からの勉学以上に
 学んで頂ける事と思います』

『そうか・・・』



若林の心にある想いが疼く。

『(岬にはソレ以上は要らない、普通でいいんだ)』


実際、岬の生真面目さに驚かされる現状である。
その日に出された物は全てその日に解決する。
そして全てを吸収するのだ。

『(あいつ、敵に回ったら怖いぞ・・・)』

岬の才能を多方から伸ばしてやりたいと思う反面、
その柔軟性、吸収力に驚かされる毎日であった。
鼻が高い反面、友達との隔絶に身を持って
怖いと感じる若林が居た。

自身もその優れた運動力から、
サッカーに対するセンスから、
同級生と隔絶した世界に生きてきた。
自分が満足している内はいい、
フ と気が付いた時が怖いのだ。


『(ま、岬ならうまくやるだろ・・・)』



そんな若林の心配も、
岬の笑顔に全て流されて行く。


『僕、9月から学校行けるの、嬉しいなぁ』


若林の側にうずくまって
キラキラその瞳が輝く。

『夏はどこか、海外でも行こうか・・・』

若林の言葉に一瞬キョトンとする岬。



『僕・・・海外とか、今まで行った事ないから・・・』



そんな岬の手を取って、若林が優しく笑う。

『じゃあ、明日にでもパスポート手配するよ、
 ・・だから夏まで勉強・・・頑張れよな・・・』

『うん!』







岬がシャワーを浴びて若林が一人の時間に
メイドの中川が音も無く近寄った。

『坊ちゃま・・・』

『ビックリした・・なんだ?』

読みかけの新聞を脇に置いて
若林がニコニコ答える。

『俺の居ない間に、何か問題でも?』

小さい頃から勤める彼女に最高級の笑顔を投げる。

『岬お坊ちゃまの事ですが・・・』

老女が一息ついて大きく吐き出す。

『坊ちゃまが居ない間も懸命に勉強されて
 私どもの仕事までお手伝い頂いて・・・
 ちゃんと ・・その』


『身元等はお調べになっておいでですか?』




若林のデスクの引き出しの奥
岬に関する書類があった。

父・岬一郎。
母・由美子。
父親は人物画で一時名をあげたが
その後風景画に転向。
日本各地を転々としながら絵を描いて行く。
母親は離婚後、横浜で別の家庭を築いている。
父親は今、どうやらフランスにいるらしい。


『調べたよ』

岬 太郎。
犯罪暦・逮捕暦無し。
父・一郎に連れられて各地を転々とし
数回転向を繰り返している。
どこの学校に問い合わせても
サッカーを通じて良き人脈を築き、
学業もきちんとこなす優等生。
誰に問い合わせても岬の事を覚えていて
口を揃えて言う。

『彼はとても良い子でした』





そんな岬を何故、父親は置いて行ったのか・・・

『中川さん、心配要らない、
 岬は生まれつき、ああいうヤツみたいだ』


ホッとした顔をしながら、
テーブルのグラスを持ち上げる。

『坊ちゃまのお小さい頃より
 ずっといい子で御座いますよ』

中川さんの言葉に苦笑しながら
若林がソファにもたれかかった。


『(アイツ、俺の事、知らないのかなぁ・・・)』

モチロン、岬が聞いて来るまで
自分がサッカー界のSGGKでいた事は
言わないつもりでいた。

一人になって静かな夜景を楽しむ。



摩天楼の前、ガラスに写った自分の顔を見る。
どうやら、笑顔ってヤツらしい。

『(岬が来て、一番変わったのは・・俺だ)』

岬が側に居るだけで、
岬が楽しげな様子を見せるだけで

自分の中に暖かい物が流れていく。


『(初めて会った時から俺は岬が好きだ)』

娼窟で見た、あの真摯な瞳・・・




『(今まで出会った何より本物だった)』





『(・・・岬の気持ちは?)』










ちょっと大き目の白いバスローブを羽織って
岬が居間に入り込んだ。
『暑い〜・・・っ』

若林がにこやかに岬を腕に抱き取る。

『なあ、岬・・・』

そのままソファに座らせる。

『親父さんに会いたいか?』




若林の一言に
みるみる岬の顔が赤く染まって行く。



小さな拳が握られて
若林を激しく打った。


『・・源三の・・・バカ!!!』


走り去る足音と乱暴に閉められたドアの音。


『っ・・てぇ・・・』












コンコン・・


コンコン・・・



何度も繰り返されるノックに
何の反応も返って来ない。


『岬』


個々の部屋に鍵は無いから
入ろうと思えば入れるハズ。
でも若林の手はなかなかノブに下りない。

『ごめん、岬』


何の反応も返らないドアに
若林が語りかける。

『ごめん・・・』



何事かと通路に出てきた中川さんを
手でそっと差し押さえる。

きっと彼女達も心配してるに違いない。
途端にバツが悪くなった。


『岬、入るぞ』



そっとノブを押し下げて
沈黙の部屋に入る。

部屋の端のフロアランプ以外
明かりは全て落とされて
ベットの上に小さな人影が盛り上がる。

静かにドアを閉めてから
ベットに上がって岬に手を置いた。
頭からすっぽり覆われて
その姿は見えないが、
優しくその頭を撫でてみる。

『気に障ったなら、ごめんな・・・』


微動だにしない岬の身体を
後ろからそっと抱きしめた。


『岬、何怒ってる?』


若林には訳が解らなかった。
ただ、会いたいか知りたかっただけ、
ホンの興味本位だっただけ。


『岬が傷ついたなら、本当に、ゴメン』





『心から謝るから、顔見せてくれよ』





暫くのち、若林が再び声を掛ける。


『カバーめくるから、いいか・・?』





その手で滑るようなシルクに手をかける。
意外にも素直に岬の頭が現れる。
その洗い立ての髪に顔を寄せる。


『なあ、顔見せて』


若林の手がかかると
岬が更に身体を小さく丸めた。


『ごめんな、岬』


若林がなおもその手で
岬の肩を撫で続けた。

『源三は・・・』


おもむろに岬が ポソ と呟く。

『え?何て?』

思い切り力を込めて
岬をグイと引き寄せた。

若林の前に
泣き出しそうな
岬の顔が映る。

『源三はどっちなの?』


若林はただただ、岬を見つめていた。


『僕に良くしてくれるけど・・・』

岬の目が揺れる。

『源三もやっぱり僕を選んでるの?』





岬のおでこにそっと自身のオデコをつける。

『選んでるよ、岬の事・・・』






『父さんと・・・同じ?』





小さな、小さな
震える声。






『岬と一緒に居るのを、俺は選んでるよ』





そう。
岬は信じてないけど
自分が捨てられたって

きっと

どこかで

そう

思ってるはず。



自分の心無い一言が
どれだけ岬を傷つけたか
その時初めて知った。



岬が静かに目を閉じる。



『父さんと一緒に居た頃、
 僕の家にはテレビも電話も・・・
 冷蔵庫すらなかったんだ』


『いっつも移動してたから』


『だから僕はいつも工夫して
 父さんにご飯作って・・・』





岬の目に何かが光る。





『いつでも父さんがいい絵を描ける様に』


『いつでも父さんが居心地いいように』



大きく息を吸い込む。



『僕、ずっと待ってたのに』





『父さんが帰らなくなって
 暫く僕は一人で待っていて
 おかしいって気付くけど
 でも誰にも言えなくて
 暫く一人で頑張ってたけど
 さすがに家賃も光熱費も払えなくなって
 近所の人が気を使って庇ってくれたけど
 僕は孤児院に引き取られる事になって』





岬が唇を噛み締めた。




『それでもずっと待っていて』


もう一度、大きく息を吸い込んだ。







『父さんに会いたいなんて





 もう、思えないよ・・・』


















『俺はずっと側に居るから』





そう、岬だって本当は 本当は・・・




『なあ、岬、俺は思うけど』



おでこにつけた顔をちょっとずらして
その頬に優しく触れる。


『人間、何か一つ、大切なものがあるんだよ』


『岬には、岬の・・・』
『親父さんには、オヤジさんの・・・』



『俺には、俺の』


『その価値はソイツにしか解らない』


唇をそっと頬に押し当てる。


『以前は俺の背負ってる全てが大事だと思ってた。
 俺が一つソッポを向けば中川はじめ
 何人もの人間が路頭に迷う・・・
 家族にも迷惑がかかる』

『だけどそれよりも大事な物が見つかっちゃったんだ』


『これは俺にしか解らないと思う』



その唇を岬のオデコにつけた。



『それは突然俺の目の前に現れて』

『俺の心を全部占めて そいつの為なら俺
 何でも出来そうな気がしてる』



若林の下で岬がクスと笑った。


『源三に貧乏なんて似合わないよ』


若林も合わせてクスと笑う。


『誰も岬なんて言ってないよ』





岬が小さく笑った。





『僕・・・もし父さんに会ったら
 なんで、なんで僕を置いてったのって
 




 聞いてもいいのかな?』

岬の手が、若林の服を掴む。
若林が優しくその頭を撫でた。




『岬はもう俺の所にいるから、
 何を聞いても・・・自由だよ』


岬が眠たげな眼差しを向ける。

『何があっても、俺が守ってやるから・・・』







若林の下で、小さな小さな寝息が起こる。


『(こんなに小さいのに
 今までどれだけ自分を押し込んできたんだ?)』



小さな肩が上下する度、
若林の胸に岬に対する想いが押し寄せる。


『(そしてその誇り高い人格を
 何度押し込めて来たんだ?)』



岬の寝顔に胸が一杯になる。



『大丈夫、何があっても


 俺が守ってやるから・・・・・』





若林がそっと
岬の頬に口付けした。










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