『・・源三っ・・・』

岬が苦しそうな顔をしながら
首を激しく振りたてた。

若林の下で
そのしなやかな体が小刻みに震え、
小さな手を伸ばす。


『・・・・・・・ぁぁっ!

 源三・・好き・・好き・・』

うわ言にもつかない呟きで
更に若林にしがみつき、
荒く胸を上下させながら岬の背が弓なりに反った。

『俺も・・・岬・・・っ』



若林自身もその身を震わせて
岬の頭を抱え込む。





そのまま2人、
暫く動けなかった。














真っ白いシーツの下で
若林が薄く目を開けた。
自分の腕の中にある、
小さな宝物を更に自分に引き寄せる。

『ぅん・・っ・・・』


その力ないくったりした身体を抱きしめて
若林が優しく頬を寄せる。




この数週間で自分の中に変化が起きた。
いままでどれほど多くの人間と
自分は関わって来たのだろう。

家族も含め、サッカーに関わる人間ですら
こんなに深く自分に影響を与える人間は居なかった。


今では岬がその器官を使って
息を吐いてまた吸うたび
言いようも無い感動を覚える。

自分に笑い掛ける時
自分の名を呼ぶたびに
こんな奇跡が起きていいのかと
その身を震わせながら
心の中で小さな感謝の言葉が出る。

その手がゆっくり動く時、
その瞳が何かを捉える度
呼び覚まされた感覚が大きく波打つ。



源三の中の感情を
ただただ一人の少年が支配していた。


『(岬が居なかったら俺、きっと分らなかった)』


自分の周りの人間が
自分に良くしてくれる事。

自分の周りの人間が
自分に良い顔をしている事。



それは殆どが 自分が
若林 源三 と言う人間だから。
自分が 若林 源三 で無ければ
どれだけの人間が振り向いてくれただろうか。

小さい頃から帝王教育と称されて
子供で居る時間は殆ど有り得なくて
子供で居るより 若林 源三 と言う
人物を演じ無ければならなかった。

だけど岬は違う。
その小さな背中には
広げれば無限に広がる
白い翼を持っているのに

ただ
何も持たない
血の通った
若林源三の元にに降り立った。

出会いは偶然と言え、
選ぶのは岬の自由だ。



たった一つ、
若林が持っていたもの。

自分の身を挺しても
相手を思いやる心だけを信じて

その優しい天使は
自分の手に降り立ってくれた。


それが

何より

世界中のどんな事よりも

きっと

若林の心に

響いて来る。




『(そんな小さな事だから・・)』



他人から見たら小さな出来事も
若林にとっては一番重要な出来事で

今まで彼が築いてきた
どんな些細な仮面すらも

岬は気にもせずに


裏切りとか
妬みとか

真実とか
無罪とか

人間性とか
儀面性とか

何も

何も受け取らなかった。


だからこそ


『(岬は俺を信じてくれた)』




会社や企業に置いて
自分を信じている人間は
きっとごまんと居るだろう。

だけど

若林 源三 と言う
只の男を信じているのだろうか?

『(違う)』



目を閉じて大きく息を吸い込む。


掛け値無し
自分のバックも無し



『(そんな俺を信じているヤツなんて
 どこにも居やしない・・・)』


自分でもたわごとと思っている、
だけど真実は キ なりなのだ。

他人は目の前に有る餌で
その人物を計る。
その人物の持っているモノが
どれだけ自分に影響するのか
自分にとってどれだけの恩赦をもたらすか


他人はソコを判断して人を計る。
自分の条件に会う人間しか
他人は周りに人を置きたがらない。

自分に財力が無かったら?
自分とサッカーが出会ってなかったら?


自分自身 と言うコマだけで
どれだけマス目を進められるのか・・・

自分の持っている尺度の長さ、
その経験から来る意見やら

その人間を決めるのは ただ
自分の中の 他人に対する 深さ だけ。


その深さが深いほど
他人は自分に取って心地良いと感じ
自分を側に置きたがるのだ。

たとえばその深さが満足出来なくなると
他人は関心をヨソへ移す。





『(岬は違う)』




若林が見せた 若林自身 を
ただただ素直に受け止めただけだ。


それですら 尚
若林を選んでくれた。


小さい頃から全てのモノを背負わされた
若林に取って、この行為は
全てを受け入れてくれた事に相違無い。





『(岬・・・)』





今や自分自身よりも
その命の重みを大事にしたい程
己の心を占めている。


『(愛してるよ)』




岬が愛しくて
これ以上感情が出てこない。


若林自身
男女とか性別の壁を越えて
岬と言う人間を愛さずには居られない。


『(愛してるから・・・)』


そのままギュッと抱きしめた。










『・・苦しいよっ』


いつの間にか若林の下で
小さな抗議の声が上がる。

『そんなに強くしないで・・・』



岬が眠そうな目を上げて
若林をしっかり見上げた。


『源三・・おはよう・・・』




伊豆の明るい日差しが
二人の瞼を貫いて行く。


『晴れて良かったね』


目の前でその優しい瞳が
小さく笑った。

『岬・・・』



たまらなくなって
そのオデコに唇をつける。


岬への愛おしさが
言葉になって飛び出しそうだ。





『愛してるよ』





岬がちょっと身を起こして
若林と同じ目線に来る。



『僕も・・・』



そのままそっと唇を落とす。





『源三、僕にサッカー教えてくれる?』


朝一番、源三の笑い声が響いた。









昨夜愛し合ってしまったから
岬の体が思うように動かない。

二人で窓を開けて
雨上がりの芝生の香りや
囁きに来る小鳥の声を聞いた。


『岬、俺、ちょっと仕事な』


若林がソファに腰を落として
ノートパソコンを開く。

暫くカタカタやるのを
岬が一心に見つめていた。


『興味あるか?』


自分に気が付かれて
恥ずかしそうに首を振る。

『うん、でも全然わからないもん』

『おいで・・』


会社宛のメールを送信してから
岬を近くに呼び寄せる。


『まず、コレな・・』


『こうやって呼び出して。。ホラ、
 なんでも調べる事が出来る』

『何でも?』

『そう、世界中の何についても
 ここに打ち込めば何がし出てくるよ』


若林の胸に小さな疼きが起こる。


『じゃあ・・・源三の事!』

岬が嬉しそうにニッコリ笑う。

『現役だった頃の源三の事、わかるかな?』


ちょっとホッと胸を撫で下ろした。

『待ってろよ・・・』


若林 源三 と打ち込むと
様々なサイトが引っかかって来て
若林自身ちょっと不思議な気がしてきた。


『見せて・・・』

岬の膝の上にパソコンを置いてやる。

『あはは・・源三、若いね・・へぇ〜・・・
 わぁ〜・・凄いなあ・・・』

次々とサイト開いては昔の源三に対して
いちいち感想を述べた。

『もう、いいから岬、見るなよ』

『ヤダ・・もうちょっとだけ』

若林がパソコンを取り上げようとした時、
召使が部屋のドアを叩く。

『源三様、会社よりお電話が入ってます』

ちっ、と軽く舌打ちしてから
若林が部屋のドアにたどり着いて岬を振り返った。

『好きにしろ』









若林が部屋から出て、
恐る恐る、
指で父親の名前を刻んだ。

15件が引っかかり、
その一番上をクリックする。


『父さん・・・』


どうやら父親はフランスに居て
現代美術の先駆けとして
今や注目の人物らしかった。

ちょっと老けた父親を見て
岬の胸が冷静になって行く。



『(知らない人みたい)』



たった数年しか離れて無いのに
もう、自分の知ってる父親の
面影は半分も無かった。

いつもどこか寂しげで
寡黙に作品を書き続けていた父。

そこに写る写真は
堂々と胸を張って
自分の作品の前に立つ。

絵の色使いも
前に増してグンと増えて
力強い筆のタッチが
以前の父と違う事を
雄弁に物語っていた。


『(成功したんだね)』


なんとなく、
ホッとした様な、
優しい気持ちが胸に溢れる。

その写真を見て初めて
【岬一郎】と言う
一人の人間を見た気がした。




『(良かったね)』


素直な
素直な
自分の気持ち。


なのに
一筋、
涙が零れた。


『(やっぱり僕は必要なかったの?)』


自分と居た時間には
掴めなかった彼の幸運。

自分と離れた事で
その光栄を掴んだのなら
喜ばなくてはいけないのに
心が切り裂かれるように痛んだ。


『戻る』を数回押して
また源三の画面を写す。


『(コレが僕の欲しかった答え?)』


パソコンをおろして
明るい陽の下に出る。


『(父さんが幸せなら、
 それで良かったって思おう。
 だって僕には今、源三が居るもん)』

自分が若林の隣に居る事、
自分が選択した所在、


『(父さんの選択肢に僕は入って無かった)』


その事実が自分を傷つけたけど
その行為が無かったら今の自分もここには居ない。


『でも、父さんに会って聞きたいよ』


その問いかけに数羽の鳥が答えて行く。









思いのほかその電話に時間を取られて
岬の居る部屋に戻ると

岬はその身をテラスに置いて
一人ベンチに座り込んでいた。


ソファの上のパソコンが鈍い光を放つ。

『岬、もういいのか?』

画面に現れている自分自身。
懐かしいユニに身を包んで
精悍な顔を覗かせている。


若林が『ごめん』と思いつつも
履歴を覗いた。



『岬一郎の現代美術』



左端に現れた結果を見て思う。

『(やっぱりな・・・)』


画面を元に戻してから
岬に近寄った。

『岬、俺の事はもう、見飽きたのか?』

『ううん・・・』


若林もそっと隣に腰を降ろす。

『源三って凄いなあ〜・・って思って』

力なくその頭を若林にもたれ掛けた。

『サッカーしてる源三も格好いいけど
 今一緒に居る源三の方がいいや』

若林がクスリと笑う。

『岬、なんで?』

『だってその当時に出会ってたら
 こうやって一緒に居られたか分んないもん』



『今日はのんびりして
 明日帰る前に遊ぼうな』



その髪をくしゃくしゃにしながら
若林が口を付けた。



『源三・・・お願いがあるよ』


若林の腕をギュッと掴む。


『でもこんな事、源三に頼んだら
 嫌われちゃうかも知れないケド・・・』


岬が大きく息を吸い込んだ。


『僕、父さんに会いたい』


『父さんに会って、聞きたいんだ』




キラリと光る涙が落ちる。

俯いてるその顔をそのままに
若林の大きな手が岬の頬を滑って
その涙を拭いてやった。



『(岬が俺を選んでくれたから)』



若林が息を吸い込む。

もし、岬がこれからも
自分と共に居る事を選択してなければ
父親に会いたいと告げるはずが無い。

そのまま優しく自分の方を向かせた。



『いいよ、そして聞いてごらん』

岬の頬にまた一筋、
涙がそっと跡を付ける。

『だけど約束だ・・・』

若林が優しく微笑む。

『その答えをどう受け止めても
 俺に遠慮せずに言ってくれよ』


『お前は自由なんだから』


風がそっと岬の頬を撫でる。
ちょっと長めの前髪が
優しく若林の手に届いた。

ゆるぎない夢が
目の前に存在する時間。


『俺が会わせてやるから』


『源三・・・』




岬がそっと若林の手を握る。






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