『ここが僕の教室!』
ガラッと戸を引き開けて、
誰も居ない教室に足を踏み入れた。

春休みに入ってから締め切られた空気が動く。
『岬の席、どこ?』
『窓際の後ろから二番目だよ』
若林君がゆっくり動いて、僕の机に手を掻ける。
『ふ〜ん・・・』
椅子を引いて腰をおろした。
『わ、椅子、ちいせえ』
『違うよ、若林君が育ちすぎなの!』
笑って僕も前の席に腰をおろした。
若林君がゆっくり頭を巡らせて
教室中を眺め回す。
『なんか、懐かしい感じがするよ』
『外国の高校とは雰囲気、違うモンね』
『ああ、こんな所で勉強してんだな』
若林君の優しい笑顔が僕に向く。
『どおして学校来たかったの?』
僕の問いに若林君がフフッと小さく笑う。

『岬の事、何でも知りたいから』

一瞬、頬が熱くなって下唇を噛み締める。
もお、どうしてそんな恥ずかしいこと
サラッと言えるの???
『もお!案内してあげない』
立ち上がりかけた僕の腕をギュッと掴む。
『だって俺、ドイツ行かなかったら
 同じ学校行ってたかも知れないだろ?』
『え?』
『修哲から南葛中行って、ココに入学してたかもよ?』
あ、そっか・・・だけど・・・
『違うよ、きっと私立行ってるハズ』
僕達と違うから・・・
そう言い掛けて躊躇った。
『もし、俺が日本残ってたら、
 岬と同じ学校だったら、どんな風に過ごすかな?』
握ってた僕の手が彼の方に引き寄せられる。
『部活終わったらナンか食いに行ったり、
 毎日バカな話題で盛り上がったり
 修学旅行とか一緒の班になったり・・・』
僕の手に軽く口付けた。
『きっと楽しかったんだろうな』

若林君・・・
もしかして・・・・



『俺さあ、明日岬の学校行きたい!』

春休み直前に若林君が日本に帰って来た。
まっすぐお家に帰ったから、会いたいけど
僕達はまだ会ってなくて、明日も
学校はお休みなのに僕が部活に出なきゃならない。
だから明後日から一緒に泊まりでTDL行こうね、
って約束してたんだ。なのに・・・

『なあ、岬、いいだろ?皆にも会いたいし』
『う〜ん・・・いいと思うけど』
学校以外の人が勝手に来ていいのかな?
『明日、何時から?』
『八時半から練習だよ・・・』
『早いな〜、俺、適当に行くから』
『うん、じゃあね』
受話器を置いてちょっと溜息。
若林君が来たら、きっと練習になんないよ。


『岬、おはよう!』
相変わらず元気のいい石崎君が
僕の背中を叩く。
『おはよう』
『なんだよ、岬、元気ないじゃん』
『今日ね、若林君が来るって・・・』
『マジで?久しぶりだなぁ!』
部室でみんなでワイワイ言いながら着替えて
グラウンドに出た。天気いい・・・
コーチから今日のメニューを聞いて
それぞれ走り出す。
結局、大した人数ではないけれど、
試合形式で練習が進む。

夢中になってて自分のゴール近くに
立っている人影に全く気づいてなかった。

『あれ〜?』
急に井沢君が大きな声を出す。
『若林だ!!!』
指差す方向に目を向けると
ブカブカのジーンズにTシャツを重ね着した
若林君が立ってる。
僕等に気が付いて、軽く手を上げた。
『若林〜!久しぶりじゃん!!!』
修哲メンバーがバタバタと駆け寄って
一時、練習も中断となった。
やっぱりね。
何事かと近寄ったコーチに若林君が手を差し出す。
『始めまして・・・』
その顔をしげしげ見つめて、コーチも固くなる。
『若林です、こいつら俺の友達なんですよ』
コーチの驚いた表情を見ておかしくなった。

・・・だって日本を代表するGKだよ。
ドイツでプロやってて、TVとかでしか
普段会えないハズの人なんだよ。
サッカー好きな人なら誰でも恐縮するって・・・

そう思ってハタと気が付いた。
若林君って、スゴイや・・・

『さあ、お前ら練習しろよな、俺、見てるから』
『なんか全日本の練習みたいだね』
井沢君の言葉に笑って僕達は走り出す。
若林君は何かを熱心にコーチと話してた。

お昼も近くなってコーチが午前中の終わりを告げる。
『若林君、もう帰る?』
ひとしきり皆と言葉を交わしてた若林君に
僕がそっと聞く。
『僕、午後も練習あるから、帰る?』
僕の顔をマジマジ見つめてから口を開いた。
『なあ、岬の教室、連れてって』
『教室?』
『うん、見てみたい』
いいのかな?
『じゃあ、コーチに聞いてくるね』
『あ、俺が聞くよ』
そう言ってコーチに近寄ってなにやら呟いた。

ダメだなんて、言う訳ないよね。
コーチ、完全に舞い上がってるもん。

『いいって!』
子供みたいにウキウキした表情の若林君が
僕の隣に走り寄る。
『行こう』
『うん』
いつもはうるさい校舎の中も
今はシンと静まり返ってる。
『あ、靴脱いでね』
僕も上履きに履き替えて、
若林君にスリッパを差し出す。
『そっか〜、面倒だよな』
『でも、汚くないよ』
ペタン、ペタンとゆっくりゆっくり
若林君がついてくる。
『岬の教室、何階?』
『二階だよ』
階段を登って、僕の教室の前に立つ。
『ここ・・・』




向かい合ってじっと若林君を見つめる。
若林君、もしかしてちょっと寂しいのかな?
だってドイツでは一人で頑張ったんだもんね。
後悔はしてないと思うけど
小さい頃から普通の学校生活は
送って来なかったハズだもんね。

『ドイツでは、勉強大変?』
クスリと若林君が笑う。
『俺さ、サッカー始めてからすぐ、
 ドイツ行きたいな、って思ってて
 すぐ家庭教師とかがドイツ語教えてくれて』
僕の手に若林君の息が掛かる。
『大変だったけど、
 それ以上に頑張ったけど』
ちょっと言葉を切った。

『友達を作るのがヘタだから、それが大変だった』
今度は僕が笑う番。

『だっていっつも怖い顔してるんだもん!』
『怖くねえよ・・・』
若林君の目が笑う。

僕にはこんなに優しいのに、
他の人の前では虚勢張って、
負けない様に頑張ってる若林君。
自分で選んだ道だけど、
普通に憧れてしまうのは、きっと
きっと若林君のせいじゃない。

『今、クラスは誰と一緒?』
『うーん・・石崎君と一緒だよ』
僕の指に軽く噛み付いた。
『痛っ・・・』
『いいな、石崎・・・』
笑いながら僕の手を両手で包んだ。
『ドイツ行ってるの、後悔した事はないけど
 岬といつも一緒の生活もいいな』
それって妬いてるの?
『そしたら放課後いつもデート出来る』
デートって・・・死語だよ!
『それって違うから!』
若林君の手が伸びて、僕の頬に触れた。
『それから、こんな事も』
優しく顔が近づいて、思わず目を閉じた。

大きくて引き締まった唇が僕を覆う。

軽く離れて、僕にささやいた。
『いつでも出来るのに・・・』
もう!!!って言いかけた僕に
何度も何度も軽く口付けする。

『岬と一緒の学校生活も楽しそう』
『もう!怒るよ!!』
先に立って席を飛び出した。
だって、だって・・・
『学校は勉強する所なの!』
すぐに若林君も追いつく。
『はいはい、優等生の岬君』
『も〜!違うって!!!』

違うよ、急にKISSなんてするから・・・

でも、若林君が一緒の学校だったら楽しそう。
いっつも一緒に居れるから。
こんな風に笑いながら教室移動したり
違うクラスならノート借りあったり。
放課後どこかで一緒に宿題したり・・・
もちろん部活も一緒なら、
全国大会一緒に戦えたのに・・・・・

『岬、着替えて来いよ』
階段を下りながら若林君が言う。
『?僕、ご飯食べて午後も練習だよ』
ニヤリと若林君が笑う。
『コーチにさっき、岬を午後お借りしますって
 お願いしちゃったんだ・・』
一瞬、自分の耳を疑った。
ホンッとに・・・本当に・・・
『・・・勝手なんだから!!!』
なんかカチンと来た。
そんなの、勝手に決めて!
『岬?』
ちょっとムクれた僕を壁に押し付ける。
『や・・やだ・・・』
急な行動に僕の体が一瞬でこわばった。
『だって岬の顔見たら一緒に居たくなっちゃって』
僕は怒ってるのに、若林君は笑顔で言う。
『一緒に放課後のデートしよう』
心臓がバクバク言って、頬に血が上る。
怒ってるのに・・・怒ってるハズなのに・・・
『ごめん、イヤか?』
じっと僕を見下ろした。
そんな真面目な顔、反則・・・
『・・・・・ヤじゃない・・・』
照れてそっぽを向く僕に
パッと若林君に笑顔が戻る。
『じゃ、決まりな!』

校舎から出て僕は一人部室に向かう。

若林君と一緒の学校生活。
あんまり考えた事も無かった。
若林君とは離れてるのが普通だったから。
でも・・・
お互い近くにいても
こんなに相手を大事に思うのかな?
普段会えないからって、
会える時を楽しみにしてたり、
その時まで一生懸命頑張ったり、
そんな時間が無くても
僕達は一緒に居られるかな?

部室のドアの前で足が止まる。
振り返ると若林君の姿が見えた。

急に自分の中で答えが出た。

きっと、どっちも楽しくて
きっと、どっちも幸せなハズ。
会えないから会いたいんじゃなくて
会いたいから、会うんだもん。
何処に居ても、どんな風に暮らしてても
僕達は出会ってしまった以上、
きっと同じ様にお互いを想うはず・・・

これから過ごす若林君との時間が
急に待ちきれなくなって急いで着替えた。
(だっていつだって待っててくれるのに)

『お待たせ!』


若林君に優しい笑顔が広がった。
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