『今日はもうよそう、岬・・・』
若林の声に激しく疲労がにじんでいる。

『もう12時半だ、明日も早いし、帰ろう』
手元にあった書類を軽くまとめて、
大きく息を吐きながら椅子に深く沈みこむ。

『じゃあ、今、車を手配するから・・』
横をすり抜けようとした岬の手を掴む。
『ちょっと電気、消して・・・』

『?いいよ・・』

広々とした社長室を横切って、
岬が部屋の明かりを全て落とす。
目の前にTOKYOのネオンが鮮明に瞬いた。

『遅くなった時、これが一番の楽しみなんだ』
そう呟く若林の元に、香り立つコーヒーを持って岬が近づいた。

『お年寄りみたいだね』
若林を見つめて、岬がクスリと笑う。
 
『実際、じーさんだよ。俺達、今年45だぜ』
『おじいさんじゃ無くて、おじさん、だよ』

岬も椅子を引っ張って来て隣に腰をおろす。
高層ビルの最上階から見下ろす、絶品の夜景。

そのネオンに照らされた岬の顔を若林がマジマジ眺めた。
現役から退いたとは言え、運動を欠かさない岬は
お腹も出てないし、亜麻色の髪もまだ長めだし、
目じりのしわと、肌に若干年齢を感じるが、
まだまだ40代には見えない。

今では高級ブランドのスーツを着こなして
若林の秘書として有能に仕事をこなしていた。
歳を重ねるごとに負傷した足が言う事を聞かなくなり
現役を退いて、暫くコーチとかでサッカーにかかわりを持っていたが、
8年前、若林の元に来た。

若林自身は不本意ながら岬より少し早めに現役を退いた。
父が倒れた為、家業に専念する事にしたのだった。
  
もともと社長然とした所から、兄と共同で仕事をしているが
事実上、全ての権限は若林にあると言っていい。

今や岬と同じマンションに住み、それこそ四六時中
岬と一緒に居るのだが、若林は今の生活に満足していた。

以前程では無いが時折体も重ね合って、
お互いが近くに居る事も感じている。

だからこそ、岬に聞いてみたい事が有った。

『岬もちょっと老けたな・・・』
ネオンに見とれていた岬が若林に振り向く。

『若林君も、ね!』
薄暗い明かりの中の岬の笑顔は
初めて会ったときを髣髴させるほど輝かしく
若林の心をギュっと掴んだ。

『岬・・・』
伝えなければならない事を伝えよう。

『俺・・・』
一つため息を付いて岬が後を引き継ぐ。

『明後日の土曜日、お見合いだよね?』

『みさ・・き、知ってたのか?』

岬が若林から顔を外して外を見やる。


『会社中のウワサだよ、飛鳥コンツェルンのお嬢さんだよね』

岬が真っ直ぐ前を見詰めている。

若林家の他の兄弟達は早々結婚して、
子供もそれぞれに大きくなっていた。

現会長の源三に幾らでも見合いの話はやってきたが、
ことごとく断っていた為、暫くそんな話も無かったものの、
齢45にしてまたもやそんな話が浮上していたのである。

今回の相手は若林コンツェルンと肩を並べる
飛鳥コンツェルンの後取りの女性で、
日本初の大物カップル誕生か???と
世間でも話題になる程このお見合いの件は
広く世間に知れ渡っていた。

かなりニブチンの岬でも、そんな事位は知っている。
 
『若林君の肩に幾千人の従業員の生活がかかってる』
寂しそうに岬が言う。

『会社の存続の為に、色んな犠牲が有ってもいいよ』

振り向いた岬の顔が少し色を帯びる。

『それは、若林君のせいじゃないから。
 僕はいつも会社で一緒に居られるし・・・』
諦めた口調の岬に若林の心が沈んで行く。

『岬・・・』

今まで岬も若林も大人になって
お互いのスタンスは変わらないけれど
いい条件の際は結婚しようと話をして来た。

岬だって、俺の執事以上にいい条件があったのに
ことごとく女性の影を断り続けた。

若林も訳は聞かなかったけれど、岬がいつも言う
『僕、興味なかったから・・・』
の一言に満足していたのである。

だが今度は話が違っていた。
飛鳥コンツェルンと言えば、若林家と並ぶ
日本の経済を脅かすかも知れない程の
財力を持った財閥であり、何故今頃になって・・・と思うが
ひとえに今回の見合い相手の年齢が実に20歳という若さにあった。
財閥同士の間ではこの結婚により
日本の経済が変わるとまで豪語されているのである。 
今までの只の良家のお嬢さんとは話が違っていた。

『今までも色々と話、してきたよね』
『ああ・・』
『どんな結果になっても、僕は今まで若林君と居たし、
 これからも一緒に居るって思ってるから』
またも眩しい笑顔が若林の心を突き刺して行く。
『だから、大丈夫』
岬から発せられる言葉が若林に優しい気持ちを生み出した。

『俺、小さい頃、オヤジの事を攻めてたんだ・・・』
岬が無言で耳を貸す。
『オヤジは会社と結婚してるって、ずっと思ってた
 だけど自分が会社を動かすようになって初めて・・・
 運営がこんなに大変な事なんだと思い知ったよ』
言葉を切って若林が深く椅子に沈みこんだ。
『俺の肩には日本の経済と数千人の生活がかかってて
 俺の一存で右に左に左右されて・・・本当に大変だって
 この歳になって初めて分かったんだ』
若林が岬の手を握る。
『だから・・・ごめん』
手を重ねられた岬がちょっとこわばる。
でも、目元から笑って言った。
『うん・・・僕、僕自身は変わらないから・・・
 若林君とずっと一緒に居ようって、
 ずっと、ずっと決めてたから、だから・・・』
それ以上、岬には続ける事が出来なかった。
『岬・・・』
ずっと変わらない優しい気持ちで岬の頭を掻き抱く。

(俺、その言葉を岬から聞きたかったんだ・・・)

夜のネオンが優しく優しく、二人の姿を浮かび上がらせる。



土曜日、岬は一人自分の部屋に居た。
若林と同じマンションだが、階が違う。
若林の部屋はこの真上で、実は奥に階段があるなんて
誰も知らない事実だった。
会社の手前、違う階で別れるが、殆どの時間
お互いに側に居たのだった。

(今頃、お見合いだよね)
広々としたリビングで岬が思う。
(ちゃんとうまくいってるかな???)
大型スクリーンが休日のニュースを流すが
その殆どが岬の心を捉える事は出来なかった。
(僕・・・ずっと、ずっと若林君と居たくて・・・)
握り締めた手に不覚にも涙が落ちる。
(もう、ずっと一緒にいれると思ってたのに・・・)

岬は心に決めていた。
もし、お互いどちらかが結婚したら、
岬自身の若林を スキ って気持ちを諦めよう、と。
だから結婚するなら若林に先に行って欲しかった。
自分には会社を背負う義務も無い。
父親も画家として成功し、自分自身にも蓄えが出来た今
もし若林が結婚でもするなら、自分は何処かへ行こう・・・
そう心に決めていた。

その現実が今、岬を襲う。
(もう、無いと思ってたのに・・・)
首を巡らせて、豪華な調度品の並ぶ部屋を見渡す。
自分で選んで、自分で決めたこの部屋を
いつの間にか心から愛していると気が付く。
部屋の作り付けではない、自分だけの空間。
若林がこの部屋を与えてくれたから、
いつか、いつかは
出て行かなくてはならないハズなのに、
いつの間にか、ここが自分の故郷になっていた。

(ココを去るのは、さみしいけど・・・)
寂しいけど、それ以上に若林の幸せを願わずには居られない。
(若林君・・・)

自分でもそれなりにサッカー業界に貢献したと思っている。
今や翼や日向などは、世界を相手にコーチをしたりして
未だ世間に名前が出るが、自分のソレでは無い。
でも、この何年も若林の側で充実した毎日を送ってきた。

(やっぱり僕・・・)
若林抜きの生活など、今更にしては考えられなかった・・・
(今日のお見合いでサヨナラかな・・・)
色々な想いが岬の頭に浮かび上がる。

初めて会った時、
自分からドイツに行った時、
初めてお互いを好きと確認した時・・・

(本当は、イヤだよ・・・)
(若林君と離れるなんて、イヤだ・・・)

現実の問題で、若林も自分も歳を重ねていた。
前の様に若林をひきつけるモノも無いのかも知れない。
だけど、だけど・・・

(でも、若林君の決めた道に従おう・・・)
手のひらにもう一つ涙が落ちた。

上の階でゴゾゴゾ音がする。
岬の顔がパッと上がった。


『岬、居るのか?』
奥の階段を伝って若林が降りて来る。

(なんで???)

自分の思っていたより大分時間が早い。
『なんでココにいるの???』

リビングに降り立って若林が小さく笑う。
『なんで?って俺の家だから。岬が居るからだよ』

岬が大きく被りを振った。
『だって・・・』

落ち着かせようと若林の手が岬を優しく包む。
『ただいま・・・』

岬の手がギュっと若林のシャツを掴む。
『ココにいちゃ・・ダメだよ・・・』

暫く岬を胸に抱いて若林が岬の頭を撫でる。


『見合い、断った』


岬の体が大きく震え、只ただ若林にしがみつく。

『俺、知ってたんだ。相手のお嬢さんも本気じゃ無いって。
 ホラ、俺、おじさんだろ・・・相手にも彼氏くらいいるって』

それでも納得しない岬を押さえつける。

『俺、ずっと言ってるだろ、俺には岬しか居ないって・・・』
岬の動きが止まった。

『俺、前から言ってるだろ、お前しか居ないんだよ』
若林が前と同じに髪にKISSを落とす。

『もう、十数年言ってるのにお前ってば・・・』
岬が震える手で若林を抱きしめる。

『僕だって・・・』

暫くそのまま。

岬の震えが収まるまで、若林は頭を撫で続けた。
『だってこの間、若林君、ごめん。って・・・』
『・・・これからも宜しく・・・ってイミだよ・・・』

(もう!!!)
(若林君ってば紛らわしいんだから!!!)

怒りながらも岬が笑って若林を抱きしめる。
(そんなの、わかんないよ!!!)
岬の涙が悲しみから幸せに変わって行く。

『この間のリゾートの話、受けよう』

南国にそびえる若林財閥のホテル。
攻略地域の先駆者が求められて居る地域だった。

『でも俺、もうすぐ白髪だぞ・・・』
ちょっと後退したおデコを撫でる若林。

『お腹もちょっと出てるぞ・・・』
岬の耳元でささやく。

『そんなんで、いいのかよ・・・』

岬の腕がギュッとまわりつく。
『これからも一生、側に居させて・・・』


その数年後暫くして若林現社長は日本での地位を二人の兄に譲り、
岬と共に南国へ渡って行った。

南国の夜風が二人の間をすり抜ける。

『若林君、後悔してない?』
『何を?』
『日本を離れた事・・・』
『ううん、全然、俺今までいっぱい働いたし』

若林の手が岬の手を握る。
『岬、これから先もずっと一緒にいような』
『うん・・・』

今までも、これからもずっと変わらない互いの思いに、
南国の一番星がキラキラ輝く。

時と共に互いの風貌が変わって行っても
心の中までは変える事が出来なかった。

互いを思いやる気持ちの他、何も持っていなかったから。

『俺が死ぬまで、だぞ』

言葉には出さなかったが、年齢を重ねるにつれて
ますます互いの存在がかけがえの無いモノになって行く。

どんな障害も互いが居るから乗り越えらて
そしてこれからも、残りの人生も、
互いに一緒に居ると誓い合う二人なのであった。



ちゃんちゃん!


+++++++++++++++++++++


昔むかしのその昔、さざえ様の所に
お嫁に行った小説です。今回新たに手を加えました★

おじさんになった源岬(*´∀`)

夢を壊してしまったらめんなさい!!!!!!!









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