SMILE



雨が激しく窓を叩く。
ドイツに春の恵みが降りた。
こんな雨になって、二人、部屋で縮こまる。
『雨になっちゃったね』
岬が低く垂れ込めた雲を眺めて一人ごちる。
『せっかく遊びに行こうと思ってたのに』
尖らせた口先が奴の落胆振りを語ってた。
俺はだらだらベットに寝そべって
ま、いいさ・・・と呟く。
『せっかくだからゆっくりしようぜ』
そう言いつつ、岬の体を引き寄せた。
『なあ、岬、いつから俺の事、気になってたの?』
雰囲気に押されて普段聞けない事を聞いてみた。
『南葛と修哲の試合で初めて会ったよな・・・』

俺の頭ン中で昔の事が蘇る。

『お前、誰かの交代で出てきたよな』
『うん、転校したてだったの』
『そうそう、こんな奴いたっけ???
 って不思議だった・・・』

俺は翼との対決で頭が一杯で、
はじめは気がついてなかったんだ。
あの翼と急にコンビを組んで
いきなり俺に立ち向かった少年。

『あの時はこんな関係になるなんて
 思ってもなかったな』
俺の呟きに岬も答える。
『ほんとだね・・・』
岬がクスリ、っと笑う。
『僕ね、若林君におんぶしてもらった事
 あったでしょ、あの時からかなあ、
 若林君の事が気になったのって・・・』

俺の記憶の巻き戻しが始まった。

『今日は翼がいないから楽勝なんて・・・
 だれが言ったんだよ・・・』
井沢が汗にまみれた顔をあげた。
『岬って奴、すげえ・・・』
それはただの草サッカーだった。
河原で会った修哲メンバーと南葛メンバーが
人数もそこそこに始めた試合。
その日翼はおらず、修哲メンバーは結構気楽に
始めた試合だったが、あの試合から参加した
岬の存在を忘れていた。
翼の様にスタンドプレーは無いものの、
一度ボールを奪われたら奪い返す事が出来ない。

『坊ちゃま、ご学友では・・・』
坪田が運転する車で、俺はなにがし用事を終えて
家に帰る途中だった。
『止めろ』
車を降りて河原を見下ろす。
結構白熱して、我が修哲が押されてた。
『えっ・・・』
翼の姿が見えないのに、一人切り込む姿が目立った。
(あいつだ、翼とコンビ組んでる奴だ)
小学生にしては見事なボールさばきと
絶妙なパスで修哲ゴールに切り込む。

『坊ちゃま・・・』
坪田が後ろから声を掛ける。
『俺、ちょっと行ってくるから・・・』
なんかウズウズして、土手を駆け下りる。

『何やってんだよ、お前ら・・・』
『あ、キャプテン!』
近くにいた滝が寄ってきた。
地面に書かれた点数表で、南葛のリードを知る。
『お前ら何負けてんだよ・・』
『たまたま偶然に奴らにあって、翼もいないから
 絶対勝てるって始めたんですけど・・・』
俺の目の前を岬が駆け抜けた。
『あの、岬って奴、凄いですよ!』
俺に気がついて皆が集まり始める。
南葛の奴らも動きが止まる。
岬が俺に視線を投げた。

『あ、若林!』
石崎って奴が叫ぶ。
『かあ〜せっかく勝ちムードだったのに!』
岬がクスクス笑った。
『石崎君ったら!』

『お前ら何やってんだよ』
俺が叱咤すると皆が縮こまる。
『俺も参加するぜ、もう点は入れさせねえよ』
そう言いつつ、着ていた上着から腕を抜いた。

俺が参加した事で何度ゴールを狙われても
点は入れさせなかった。だけど・・・
岬って奴の動きから目が離せなくなる。
翼ほどハデな動きは無いものの
違うカリスマ性で皆をうまく動かして行く。
(こんな奴だったっけ・・・)
女子と見間違える程の顔のつくり、
しなやかに細く伸びる手足が動くたび、
俺の目も釘付けにる。
(翼とは、だいぶ違うな)
何度もゴールを狙うけど、俺にせき止められて
岬の顔が精悍になる。
(結構やるな)
時間も押してきてコレが最後か・・・
石崎がセンタリングをあげた。
岬と井沢が走りこむ。
『井沢!!!』
俺の声に弾かれて井沢がボールに向かって
空高くジャンプした・・・って岬・・・
『負けない!』
岬の体も大きく跳ねて空中で激しくぶつかり合う。
結局ボールは大きくそれて、南葛の奴が追っていった。
倒れこんだ井沢が頭を抑えて起き上がる。
『いたた・・・』
井沢の下から岬ものろのろと顔を上げる。
『大丈夫?』
岬の痛そうな顔に俺の何かが反応した。
ゴール前から俺の脚が岬に向かう。
『大丈夫、お前は?』
『僕・・・足が痛い』
岬が体を起こして自分の足を抱えた。
『お前、大丈夫か?足、見せてみろ』
俺の言葉に岬が顔を上げる。
何となしに集まった皆の驚きの表情。
『ちょっと・・・ひねっちゃったかも』
俺は岬の前にかがんで、奴の足首に触った。
『痛っ・・・』
瞬時に岬が縮こまる。
右足首が大きく腫れてきてるのが伝わった。
『捻挫』
俺の言葉に井沢が慌てた。
『ごめん、どおしよ・・・』
駆けつけた南葛メンバーから声が上がる。
『岬、大丈夫か?』
『送るぜ、立てる?』
周りから手が伸びて、岬に触れる。
『病院行こうぜ』
俺の言葉に皆がまた驚く。
『俺、車で来てるから』
岬の目をまっすぐ見た。
キョトンとした表情が途端に笑いかけた。
『ありがとう』
(え・・・)
俺の中で胸が高鳴る。
『でも、きっと大丈夫!』
にっこり笑いかける岬から
俺は目が離せなかった。

ドキドキドキドキ・・・

岬のとろけるような笑顔。
つまり俺、この時岬の笑顔に
ときめいちゃったんだ。

ドキドキドキドキ・・・

『ちゃ・・・ちゃんと治しとかないと
 あ、後から困るから・・・』
ガラにもなく、俺、しどろもどろ。
『そうだよ、岬、連れてってもらえよ』
いいぞ、石崎、いい事言った!
『う〜ん・・』
岬の思案する顔。
『だって僕・・・』
ちょっと困った顔をする。
『そんなの、悪いし』
『いこうぜ、立てるか?』
俺の言葉に促されて岬が体を起こした。
『大丈夫』
石崎に支えられてよろよろ立ち上がる。
ひょこ、っと一歩を踏み出した。
その痛々しげな姿につい言葉をかける。
『俺におぶされ』
一瞬、周りの空気が止まる。
『いいよ、大丈夫・・・』
遠慮する岬に背を向けた。
『ホラ』
ためらう岬を振り返って叱咤。
『早くしろよ!』
岬の手がかかる。
『ごめんね』
想像通りいくらも無い体重を背に感じて
俺は奴を軽々背中にしょい上げた。
『じゃあ、このまま行くから』

『キャプテン、どおしちゃたの?』
『あんな優しかったっけ?』
みんながいぶかる言葉を俺は後から知った。

『ごめんね、若林君、重いよね?』
心配げに呟く岬。
『お前ちゃんと食べてんのか?』
あっけにとられる皆を残して
俺は土手に脚をかけた。
ポカンとする皆を残して。
『痛いか?』
俺の首に回りつく手に力がこもる。
『ううん、平気』
なんか暖かい空気が流れて
汗と混じってやわらかい香りがした。
『ごめんね』
俺の耳元に優しい声が響く。
背中に感じる奴のぬくもりが
心の中まで温めた。

そのまま病院に行って
岬の手当てをしてもらう。

『全治一週間』
思ったより軽い症状に
岬の顔も明るくなる。
細い足首に包帯をグルグル巻かれて
松葉杖を借り入れた。

『家まで送ってやるよ』
奴の体を気遣いながら言葉をかける。
『ありがと、でも近くのスーパーでいいよ』
岬がにっこり笑いかける。
『・・・スーパー???』
『うん、僕、お父さんにご飯作らなきゃ!』
『め・・飯を作る???』
財閥に生まれついた俺には理解不可能。
『え、でもお袋さんは?』
『僕んちお母さんいないの、お父さんと二人だよ』
ちょっと胸が痛んだ。
『ご・・ごめん、俺、知らなくて・・』
あせる俺にまた岬が笑いかけた。
『ううん、いいよ』

車が滑る様に走り出して車内で
岬が自分を語る。
親父さんとの事、
転校ばっかりの事、
明るい笑顔で話し続ける。

『あ、僕この辺で・・・』
車が商店街の近くを通る。
『お金も借りちゃってごめんなさい。
 ちゃんと返すからね』
ああ、治療代か・・・
『いつでもいいぜ、そんなの
 おい、坪田、車を止めろ』
歩道近くに車を止めさせて俺も降り立つ。
反対側のドアから岬がひょこ、っと降りた。
どう考えても、一人じゃ無理そう。
『俺も行ってやるから』
なんかほっとけなくてそう言った。
『いいよ、本当にありがと、僕・・・』
あせる岬。そんな奴に構わず、
坪田に声を掛けた。
『ちょっと待っててくれ』
ドアを閉めて岬の隣に立つ。
『俺が荷物持ってやるよ』
岬の驚くような表情に声を掛ける。
『いくぞ』
『うん・・・ごめんなさい・・・』

実は俺、スーパーなんて足を踏み入れるの
生まれて初めてで、こんな狭い空間に
ありとあらゆる食材が並ぶのを不思議に見てた。
『なんか、楽しそう、若林君』
俺の持つカゴに大根入れながら岬が言う。
だって俺、こんな所初めて来たから・・・
『昨日の残りもあるし、これで大丈夫』
カゴの中身を見ても、コレで何が出来上がるのか
見当もつかない。
『今日の飯って、何?』
『うんとね、大根とひき肉で煮たのと
 昨日の残りのお魚焼いて、
 ほうれん草はゴマ和えとお味噌汁』
聞いてても作る過程がさっぱり分からない。
『若林君のお家はお母さんがご飯作らないの?』
『俺んちは・・・』
俺んちは家政婦がいて作ってるよ。
そういい掛けた俺に岬の手がかかる。
『ごめん・・・』
『何が?』
岬がちょっとためらって言う。
『変な事きいちゃった?』
俺には訳が分からない。
『別に・・・』
『だって、若林君寂しそうな顔したから』

え・・・俺が???

確かに小さい頃から家族団らんって
そんな事から遠のいていた。
でも父も母も忙しいから・・・と
自分に言い聞かせて、寂しいと思うことは
ガキの頃からやめていた。
なのに岬の顔見てたらなんか・・・
そんな事思い出しちゃったんだ。

『若林君、アレ取れる?』
棚の一番上の商品を指差す。
『僕、届かないから』
頭一つ分低い奴に笑いかけて手を伸ばす。
『ホラ・・・』
手渡したとき、岬が恥ずかしそうに笑った。
『ありがとう』

岬のアパートの近くで車が止まる。
『今日はありがとう、ごめんね、
 いっぱい迷惑かけちゃった・・・』
オンボロで人が住めるのかよと思う建物で
岬が降り立った。
『部屋まで荷物持ってってやろうか?』
岬の顔が瞬時に染まった。
『いいよ、僕んち恥ずかしくって見せれないから』
一歩も譲らない岬に苦笑して俺はドアを閉めた。
『じゃあな、気をつけろよ』
『本当に、ありがとう。
 送って頂いてありがとうございました』
坪田も軽く頭を下げる。
『またな・・・』

走り出した車の中で、なんか寂しく感じてた。
今日まともに知り合って話しただけなのに。
さっきまで奴の座ってた所が、
妙に空っぽに感じる。
『なあ、坪田、アイツ親父と二人なんだって・・・』
まともに返答は返ってこないけど、俺は
坪田に今知り合った少年を語ってた。
『あんな奴、初めてだ・・・』

部屋に帰って金のかかった調度品を眺める。
広くて清潔で真っ白な俺のねぐら。
頭の中で想像する。
ボロくて狭い部屋で父親と二人っきり。
親父???ブルブルブル!激しく頭を振る。
あんな偏屈と・・・なんて想像出来なかった。

変わりに岬って奴を置いてみた。
アイツの暖かい笑顔。
狭い部屋で一緒にご飯を囲んでる俺達。
・・・なんだか自然に想像がついた。
『若林君ご飯だよ』
『お味噌汁、お変わりする?』

ハタ、と気づく。
待てよ、俺、何想像してんだよ!!!

『そうだ、あの日からだ!』
急にしゃべりだした俺に岬が顔を上げる。
『お前が俺の中に住み着いた日を思い出した』
岬が俺に笑いかける。
あの時と殆ど同じ。
そう。
俺、この笑顔に参っちゃったんだ・・・

『なあなあ、岬は???』
うーん、と思案深げな顔になる。
『おんぶしてもらった時、
 お兄さんみたいって思った』
に・・・兄さん???
『だって僕よりずっと大きくて
 優しくて、僕ずっとお兄さんとか
 欲しかったから・・・』
そっか・・・
ま、でも始まりってそんなもんだよな。

『一緒にスーパー行ったよね』
岬の目が俺を見上げた。
『あの時、若林君の横顔を初めて見た』
俺はちょっと恥ずかしくなって上半身を起こした。
『初めて話したけど、若林君も寂しいのかなって
 その時思ったんだよ』
別に避ける訳じゃないけど、俺の顔が横を向く。
『やめろよ』
『お母さんの事聞いたときにね・・・』
『岬怒るぞ・・・』
振り返った俺に岬が抱きついた。

『僕が守ってあげるね』
俺にギュッとしがみつく。
『若林君の寂しくて優しい所、
 僕が守ってあげるからね・・・』
胸がジンとして声が出なかった。
俺の手も岬に回りついて一言・・・
『よろしく』

雨はますます強く降って
俺達の窓を叩く。
空は曇って泣いているけど
俺達の胸の中はますます暖かくて
そして世界を照らしてた。

END



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