すっごい決心してドイツに行った。
若林君に会う為に。

ホントはドキドキして、会った途端にきっと、
踵を返して帰りたくなるのも分かってた。

でも、会いたかったんだもん。
それくらいは、許してもらえるかな・・・?

ああ、僕の心臓、静まって。
このままじゃ、若林君に聞こえちゃうよ・・・
胸が爆発しそう。
僕の気持ち、溢れ出ちゃうよ。

僕の心臓、静まって・・・

思い出す。
風の吹き渡るフィールド。
熱く焼ける地面が芝の匂いを巻き上げて
僕の鼻腔をくすぐる。
照りつける太陽。
汗がしたたり落ちて目が霞む・・・
でも、後ろを振り返れば、ほら、そこに
一歩も許さないぞ、って顔の彼が居る。

大きくて大きくて、僕の前に立ちはだかる。
大きくて大きくて、安心できる鉄壁の・・若林君。

若林君、君に会いたくて、ドイツまで来ちゃった・・・

『久しぶり』
照れくさそうに差し出した僕の手を力強く包む。
『岬、お前背,伸びたな〜』
屈託の無い、彼の笑顔。

ああ、神様、僕、この笑顔に会いに来たんです。
彼の試合とは違う、慈愛に満ちたこの、目・・・

『あ・・あ、あのね、僕、その・・・』
『疲れたろ、荷物貸せよ、腹減ってるか?』
『ううん・・・』
僕の荷物をひょい、と取り上げて
僕を彼の自室に招き入れる。
『なんか、飲むか?あんまり良いもん無いけど。』
『ありがと、じゃあ何か・・お水でも。』
『水?あはは・・・ばか言うなって!ここ、ドイツだぜ。』
ちょっと広めの部屋の中を冷蔵庫に向かって行く。
冷蔵庫から出てきたのは、・・・よく冷えた缶ビール?
『まあ、気つけにやれよ。疲れたろ?』
ビール・・・とは思ってなかったけど、
なんとなく僕の気分も良かったので
プルタブに手をかける。
『良く来たな、岬。会えて嬉しいよ。』
『ありがと』
僕達は軽く缶を触れ合わせて初めてお互いをまともに見た。

ああ、最後に会った時より、なんか精悍。
体つきもがっしりして、益々風格があがってる。
手紙や写真で追う彼と違って、なんか今はもっと優しげ。
やっと会えたね。

本物の、君に。

ちょっと雑然とした男らしい彼の部屋。
窓から差し込む夕闇が部屋にオレンジの縞を作る。
『掃除とか自分でしてるの?』  
大きなソファに身体をうずめた。
ビールのせい?疲れてるから?
なんかとってもリラックスして、飛行機の中で考えてた
”踵を返して帰る”なんて、何処かに吹き飛んでいた。   
わはは、と若林くんが豪快に笑って、
ビールをごくり、と喉に流し込む。
『汚いか?これでもお前来るって分かって、
 頑張って掃除したんだぞ〜』
『そうなんだ・・・』
僕の口元につい、笑みが浮かんじゃった。
あの若林君がコレはこっち、アレはあっち・・・なんて
動き回るの想像したら、なんか、笑っちゃう。
『何がおかしいんだよ』
くくく・・・駄目、とまらないっ・・・!
『あはは、何でも無いよ。』
『変なやつ〜』
そういいながらも若林君の目元も笑ってる。
早くも一本目を飲み終えて、2本目を取りに立つ彼。
僕なんかまだ、舐めるくらいしか飲んでないのに!

真っ赤に焼ける夕日が僕の頬を熱く射る。
真正面に大きなテレビ。壁際の棚にステレオと並んで鎮座。
壁には飾りは何も無く、棚に無造作に写真が並べられてる。
『あー、この写真・・・』
若林君が慌てて僕の手を引く。
『いいの、お前、人の部屋、見んな!』
『みんなの近況・・・伝えようかと・・』
ちょっと赤く染まった頬の彼が言う。
『いいんだよ。お前の口からそんなん聞きたく無いから。』
『?』
きょとんとする僕を他所に、ビール缶をあおる。
『飯、食いに行こうぜ。』

彼の家の近所のパブに行った。
音楽が適量でかかり、がやがやとしたざわめきを作る。
『ほら、ココ・・・』
人々の間を縫って奥のこじんまりした席に僕を連れて行く。
人ごみに紛れない様に、僕の手首をつかんで。
なんか、スローモーションみたい。
若林君のつかんでる所だけ、焼けるように熱い。
心臓がそこに移動して破裂寸前で鼓動してる。
駄目、聞こえちゃうよ・・・
若林君が椅子を引いてくれて初めて、僕の手首を離した。
『あ、ありがと。随分混んでるね。良く来るの?』
大儀そうに腰を落として彼が答える。
『ああ、殆ど、飯食いに毎晩かな???』
ちょっとおどけて彼が笑う。
人々のざわめき。弾けるビールの泡。
異国の地で、聞きなれない言葉の飛び交う中
僕達二人だけの柔らかい空間。
薄暗い白熱灯の下で,僕達はお互いの近況を話しあった。
『僕、もうお腹いっぱい・・・』
『お前だからひょろってんだよ!』
そう言いつつ、目の前のお皿を次々平らげる。
下げに来たちょっと年配の女性がドイツ語で
ちょっと親しげに彼に声をかけた。
ぷっ、と吹き出して笑う彼。
『どおしたの?ねえ、今の人、なんて言ったの?』
『彼女、可愛いね、って』
『は?』
ビール飲んだからちょっと理解遅い・・・
『もー!違うって!』
『だって、お前女顔だもん』
『僕、フランスでも良く子供とかに間違えられるんだよ!』
『だから、いいんじゃん!』
?????
『何が?』
『お前らしくて、いいって事!』
僕が飲みすぎてるの?
若林君のご機嫌がいいの?
『何で急に来たんだよ、岬』
殆ど残ってないジョッキを飲み干して僕に問う。
突然の真面目な声に僕は戸惑う。
(だって会いたかったんだもん)
なんて通用しそうに無い・・・
『どおしてるかと思って・・・』
急に恥ずかしくなって、目を伏せる。
『違うだろ、岬。』
やだな、また心臓がドキドキして来た。
どおしよう、どおしよう・・・
『俺に会いたかったんだろ?』
なんて答えていいか、分かんない。
だって、核心、突くんだもん・・・
怖くて目が上げられなかった。
上気した頬から、湯気が上がりそう。
ああ、今すぐ、ここから逃げ出したいよ
なんで、こんな急にそんな事聞くの?
『俺は会いたかったよ・・』
若林君の言葉にハッと顔が上がる。
照れくさそうに自分の頭を掻きながら
僕の目を見て彼が微笑む。
『嬉しかったんだ。お前が来るって聞いて』
さっきよりも心臓は高鳴ってるのに、
さっきよりも頬が熱いのに、
僕の目は若林君から離れない・・・
『そんなに見るなよ』
(だって・・・)

それから気恥ずかしくて余り言葉も交わせなかった。
店の外で外気を思い切り吸う。
ああ、僕、ドイツにいるんだ。
そして、隣には、若林君がいるんだ。
僕の憧れてやまなくて、
心の支えでいてくれて、
いつの間にか僕の心の大半を占めちゃった、
大好きな・・・若林君。
さっき、彼が触れた手首がまだ熱く火照る。

ドイツ、来て良かった。
自分の気持ち、確かめられて良かった。
この胸の高まりを自分の中にちゃんと仕舞っておけそう。
だって若林君の事、近くに感じられたから・・・
僕、遠いと思ってたんだ、若林君の事。
でも、きっと違うね。
サッカーしてる時とプライベートは違うって事。
君の普段見れない、笑顔、見れたから・・・
もう、最高!
『帰ろ!』
おもむろに走り出す僕。
なんか、来る時に悩んでたのが嘘みたい。
僕の気持ち、しまっておけそう。だって・・・
今、とっても心の中が満ちて、
溢れ出すと心配していた彼への気持ちが
嘘の様に、さざなみの様に、小さく引いて行く。

彼の家の近くで、並木道の下、彼が追いついた。
後ろから抱きとめられて僕の足もとうとう止まる。
大きな木の幹に押し付けられた。
『お前、元気だな・・・』
自分の中で答えが出せてサイッコー気分の良い僕に
苦笑する若林君の、その、サイッコーの笑顔。
『お前、目の前にして気付いたよ。』
優しげに微笑む彼。
『こんな事言ったら、怒るかな・・・俺・・・
 その・・・
 ずっと、
 ずっと岬が好きだったんだ。』

誰かが、ストップウオッチのボタンを押した。
今まで僕の頬を撫でていた風も止まる。
木々のざわめきも聞こえない。

えっ・・・・・

『そんなに驚くなよ・・・』
照れくさそうに呟く彼の声が響く。
頭がボーっとして、水の中にでも居るかの如くざわめく。
僕の両手を掴む彼の手に力が入る。
『あ、俺、つい・・・ごめん、岬、ごめん』
僕の足が地面を掴んで離さない。
今、地球が僕を中心にしてグルグル回る。
なんて・・・なんて言ったの?
『ごめん、忘れてくれよ。ホント、ごめん』
さっきまでのサイコーな笑顔が瞬時に戸惑う。
僕の腕を彼が離した。
(僕の事・・・好きって・・・?)

『何か言えよ、岬。』
でも、僕の身体は動けない。
背中をつけてる木に同化しちゃったかの様。
だって、だって、だって・・・・!!!
『だって・・・』
心の呟きが口をついて出た。
『ぼ・・・僕ね・・・ホントは・・・』
ためらいが僕を阻んだ。
若林君が僕の頭にポンと手を置く。
『せっかく来てくれたのに、ごめんな。』
違う、違うの・・・
『俺、飲みすぎかな・・・』
諦めたような口元で僕から離れる。
ああ、僕の足、動いて!
お願い、誰か時を元に戻して!!!
なんか、胸が熱くて・・・涙が出た。
じんわりとひろがっていた気持ちが一気に僕を揺さぶる。
『僕、僕ね・・・』
やっと口を突いてでた言葉。
決して言葉にはすまいと決心したのに。
きっときっと、でも・・・
今言わなかったらずっと後悔するよ。
僕、何の為にここまで来たの?
『待って・・僕も、僕も・・・』
今度は若林君の動きが止まる。
あっ、涙が落ちちゃった。
僕、素直になって・・・。
笑顔見れて幸せなんて、そんなの、嘘だよ。
言いたかったんだよ、ホントは・・・
それを言いたかったくせに、誤魔化しちゃ駄目だよ。
決心したのに・・・
だって、それが言いたくて来たんだもん。
今しか、言えないよ・・・
身体が震えてる。

我侭言わない僕にしては、初めての素直な気持ち。
『僕も・・・会いたかったの・・・』

言葉にすると陳腐だけど、精一杯の言葉。
『若林君が・・好きだから・・・』

だからここに来たんだよ。
君の声、君の匂い、君の息遣い、君の笑顔。
それが見たくてここまで来ちゃったんだ・・・
だから、許して・・・

『岬。』
若林君の動きも止まる。
ああ、ホントはその大きな肩にもたれてずっと過ごしたい。
ホントはその腕に抱きすくめられて安心したい。
ほんとは、そのシニカルな口元に口付けして
ずっと・・・ずっと、君を感じていたい.
『大好きなの。』
言っちゃた・・・

『岬・・・』
彼の手がぐんと迫る。
涙がもう1つ落ちた。
なんで?悲しいの?・・・違う。
なんで?嬉しいの?
そう・・・
僕の気持ち、一方通行じゃなかったんだ・・・
若林君の手が優しく僕の頬を包む。
『岬。』
小刻みに震える彼の大きな手。
『嘘みたいだ。』
映画のワンシーンみたい。
若林君の顔がゆっくり近づく。
ああ、僕の大好きな、若林君。
『お前も、俺の事、好きだなんて・・・ホントかよ・・?』
ああ、神様・・とうとう、言っちゃった。
僕の気持ち、包み隠さず、本当の事、若林君に・・・
その茶色の瞳がまぶしくて、僕は目を閉じる。
彼の息が優しく掛かって、唇が、触れた。
余りに急な展開に、僕の膝が震えて・・・落ちる。
とたんに若林君の逞しい腕が僕を抱きすくめた。
『ああ、岬・・・岬・・・』
まるで糸の切れたマリオネットの様に
軽々と幹に身体ごと押し付けられて、
僕達はKISSを貪る。

ずっと、この腕の中を思い描いてたんだ。
すっと、この甘い口付けを夢見てたんだ。

ああ、神様・・・やっと、やっと、素直になれました。
これは夢の続きなの?
現実と頭は理解してない。なのに・・・
散々その高慢な口で僕を攻め立てる。
僕の肺が悲鳴をあげた。だって、
あまりにも官能的で息も出来ない・・・
僕の口蓋を散々味わい尽くしてゆっくり離す。
『部屋へ、帰ろう?』
意を決した彼の顔。
まだ僕の頬に当てられた手が震えてる。

『うん・・・』
彼に促されて僕の身体がやっと木の幹を離す。
手を引かれて僕の足が、やっと地面から離れる。
つないだ手の先から聞こえてくる、
僕の事、好きって言う、彼の言葉。
お互いに口も利けない。
やっと時が流れ始める。
さっきまで吹いていた小さな風が戻ってきた。
木々が風に吹かれてお互いに囁き合う。
高々と昇った月が、優しく優しく僕等を照らす。

二人で並んで歩く並木道。
きっとこの道は永遠に続いていて、
僕達はどんなに違う所で暮らしていようと、
どんなに離れてしまっていても、
今歩いてる並木道が続くようにいつまでも
きっといつまでも並んで歩いて行ける筈。

『若林君・・・』
僕の呼びかけに彼の足が止まる。
『うん?』
いつになく気恥ずかしげな彼の顔。

『あのね・・・言ってくれて、ありがとう。』

この数分で僕の人生が大きく変って行った。
ほんのちょっと前まで、僕は臆病で
若林君に気付かれるのを恐れてたんだ。
飛行機の中で考えていた、
踵を返す・・・なんて、
どうして考えていたんだろう・・
胸の中で溢れる思いが彼に伝わるのを
どうしてあんなに恐れていたんだろう・・
そんなクダラナイ考え達が去って行った今、
僕の中には若林君が満ちていた。
とっても暖かくて、優しい気持ち。

若林君が微笑む。
『絶対に言わないって決めてたんだ、俺。
 だけど、お前を見てたら・・つい・・・
 つい言葉が出ちゃったんだよ。』
照れ臭そうにそう言いつつ、
つないでいる僕の手を彼の口元に運ぶ。
『俺、今は言って良かったと思ってる・・・』
僕の掌に愛おしそうに口付けた。
ウサギみたいに僕の心臓が飛び跳ねる。
ああ、若林君も同じ気持ちなんだね・・・
また、胸がドキドキして聞こえちゃいそう。
だけど、さっきとは全然違う。

今は・・・聞こえて欲しい。

『岬が大好きだよ』
彼の瞳に真っ赤な顔して見上げる僕が映る。
『俺、気持ちが通じるなんて思って無かったから・・
 お前も、言ってくれて、嬉しいよ。』
ああ、僕の瞳にも彼がちゃんと映っているのかな・・・

『僕も・・嬉しい・・』
若林君しか見えてなかった。初めて会った時から。
『ずっと・・ずっと好きだったの・・・』
僕の呟きが彼の心に届く事を祈りながら。

『岬、ありがとう・・・』
ちょっと背伸びして若林君に顔を寄せる。
彼がありがとうと呟いた口元に軽くKISS。
精一杯の僕の気持ち。

目を閉じる。
風の吹き渡るフィールド。
照りつける太陽。
今まで振り返らないと見えなかった若林君が
今では僕の隣に居てくれる・・・。

どちらからともなく歩き出した。
永遠に続く並木道。
月はますます遠くに昇り、僕等を淡く照らし出す。
つないだ手の先から伝わるお互いの鼓動。

風の囁きに耳を傾ける。
それは優しく優しく僕の耳に運ばれて来た。
大きく息を吸い込む。

僕、若林君に会えて良かった。
素直に気持ち、言えて良かった。

僕、ドイツに来て、良かった・・・

永遠に続く並木道を柔らかな月明かりに照らされて
僕達はまっすぐ家路に向かう。
このままずっと一緒にいられたらいいね。
このままずっと手を繋いでいれたらいいね。

ずっとずっと・・・
ね、若林君・・・






END


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