SWEET COLD



『・・・くしゅん!!!』

空港に着いてからずっと・・・
ううん、その前からずっとくしゃみが続いてた。
若林君に会いに行く為にずっと徹夜で
試験勉強頑張ってた時から・・・

飛行機の中でもちょっと具合悪くて
ちょっと寒いからずっと毛布被ってて・・・

『くしゅん!!!』

『おい・・・岬、大丈夫かよ』

心配げに僕を覗き込む。

『うん・・』

本当はからだのあちこちが痛くって・・・
コレってもしかして・・・

風邪???



体中がゾクゾクするよ・・・


若林君・・・











ごめん・・・
















『太郎、すまないな』
『ううん、父さん、行ってらっしゃい』

その日,
珍しく僕は発熱した。

どうしてもその時の情景を収めたい父さんは
仕方なく僕を置いていく事にする。

『なるべく早く帰るから・・』
『ううん、大丈夫』





パタン






遠くでドアの閉まる音がする。
風が窓を揺さぶるよ。

いっぱいお布団被ってるのになんか寒い。

手足が冷たくなって
体中がガタガタ震えてる。


ヒザを折って自分の体を抱え込んだ。
寒いよ。
父さん、寒いよ。


朦朧とした意識の中で、
せめて暖かい事を考える事にした。






僕のお家はその町でも大きくて有名。
広々とした庭に燦々と陽光が降り注いで
大きな犬が僕に駆け寄る。

玄関から入ると広々としたホールを抜けて
父さんの絵が誇らしげに飾ってあるよ。

二階に続く滑らかなスロープの階段。
どこもかしこも真っ白で
大きな窓から陽の光が柔らかに落ちる。

大きな扉を開いて自分の部屋に入る。
子供部屋らしいブルーが基調の綺麗な部屋。

柔らかな掛け布団の下にひかれた
タオル地のシーツに身を横たえると
マットがやんわり沈んで・・・・・


ちょっと薄い敷布団が僕の体を支えてる。
ノリのきいたシーツがちょっと冷たい。
軽く暖かい掛け布団の変わりに
僕の上には何枚もの重たい布団が・・・・・


ダメ!!!

現実より暖かいもの。
暖かいものを考えなきゃ・・・



じゃあ今度は・・・



パチパチと燃える暖炉の側で
父さんが絵を描いてる。
僕のお家は狭いけど、
家族みんなで居れる柔らかなお家。

僕はちょっと具合が悪くて横になってるけど
暖炉からの熱と、オレンジ色の光が僕を包む。
カタン・・・

誰かが僕の側に寄って
オデコに手を当てた。

誰?

父さん?

ううん。
もっと優しい手。


優しく僕に触れる冷たい手。
オデコの次に、僕の頬に触れる。





昔テレビで見たよ。
その人が触れるだけで
子供の病気は良くなるんだって。

その人・・・

お母さん?


その人が触れる所だけ、
ウソみたいに気持ちいい。



違うよ、コレは想像だから
目を開けたら消えちゃうよ。
コレは僕が作り出した幻想だから・・・

でも、本物みたい。

誰?


本当に、お母さん?



目を開けたいけど
なくなっちゃうのがイヤで
目の前から消えちゃうのが怖くて
開けたいけど、目をつむってた。

(お母さん?)

声にならない呼びかけが僕の口をつく。

それでも優しい手は動かない。



現実かも知れないよ。

目を開けたら  そこに・・・




その手が・・・離れた。



ホラ、やっぱり幻想なんだよ。
(違うよ)

だって手は居なくなっちゃったよ。
(違うよ)

もう二度と戻って来ないよ。
(イヤだよ!)

だって僕にお母さんは居ないもの。
(・・・)





今の優しい手は、本当に僕の幻想?

暖炉の火がパチパチ燃える。
オレンジ色が僕を包む。

火の側には父さんが居て・・・



だけどもう、僕の心は暖まらない。





(お母さん・・・)





勇気を出してうっすら目を開ける。

僕の側の人影がユラっと動いた。


ホラ、お母さんがいたよ。
(嘘だよ)

だって今、チラッと見えたもん。
(幻想だよ)

だって僕にはお母さんは居ないのに?
(・・・)



寒いよ。
体中が痛いよ。


誰か・・・助けて・・・


ダメ、もう一度暖かい事を考えよう。


暖炉の側に父さんが居て、
僕の側にお母さんが来てくれて・・・









お母さんって、どんななんだろう?








きっといい匂いがして
きっと僕に触れる手は柔らかくて
きっと僕を見つめる瞳は優しくて

きっと

きっと・・・







それ以上分らなかった。


思い出すのは父さんの大きな背中。
僕に触れる大きな手。

父さんが僕に向ける愛情。
決して多くを語らないけど
僕のこと信頼してくれる。



だけど

こんな時、誰かに居て欲しいよ。



僕のオデコに冷たいタオルの感触が触れる。
ちょっと意識が戻された。

気持ちいい。


誰?


コレがお母さんって言うモノ?

僕の側に居て触れてくれる
優しい感触が・・・お母さん?




友達が言う。

『風邪引いたら母さんが寝てろってうるさいんだ』
(それってイヤな事なの?)

『お母さんが心配して何度も覗きにくるんだ』
(心配してるんだよ)


僕は?

僕だって父さんが心配して
一晩中側に居てくれたよ。

大きな手で僕を撫でて
『太郎』
って呼びかけてくれたよ。


お母さんは・・・違うの?





でも、苦しいよ・・・
誰か、誰か僕に触れていて。





『・・さき・・・』


遠くで僕を誰かが呼んだ?

凄く聞き覚えのある声だけど・・・



『み・・・き・・・』

僕の意識が小さい頃の僕から
ひきずり戻される。



父さん。


お母さん。
分らないけど、
その温もりがちょっと欲しいよ。






力の抜けた僕の手を誰かが握った。

『・・・さき・・・だ・・・じょ・・・』



誰?

お母さん?
僕の願いを聞いてくれたの?


顔が分らないからいつも
想像するときは顔に陰が落ちる。

でも、きっと優しそうな顔。


きっと・・・優しいから・・・



『みさき・・・』


違う。

男の人の声。

父さん?

違う。




誰?








『岬、大丈夫か?』


現実が僕を襲った。

暖炉も陽光も犬も・・・幻のお母さんも居ない。




『わか・・・ばやし・・・くん?』



僕の手をギュッと握る。

『よかった。気が付いて・・・』
ホッとした顔で僕を覗き込む。

『ずっと、側に居てくれたの?』
彼がニコっと笑った。


『当たり前だろ』




『岬、薬飲めるか?』
『うん・・』

若林君にしがみついて
まだ力の入らない体を起こす。

苦い薬を無理やり喉に流し込む。


『さ、岬、もうちょっと寝ないとダメだ』

また、また苦しい夢に戻るの?
イヤ
イヤだよ。



『や・・・』
若林君がキョトンと僕を見つめる。

『ヤ・・じゃなくて風邪なんだから寝てないとダメだ』




『母さんが寝てろってうるさいんだ』
(こう言う感じ?)




『ずっと側についててやるから』




『何度も覗きに来るんだ』
(僕、心配されてる?)








『じゃあ寝るまで一緒に居てやるから』

タオルを変えてから若林君が僕の隣に滑り込む。


『岬、ずっとうわごと言ってた』

『うん・・・』


僕を抱きしめて
若林君の体温が伝わってくる。

さっきより、寒くないよ。



暖炉よりも陽光よりも
犬よりも・・・幻のお母さんより暖かい。




『俺、岬の母さんにはなれないけど
 ずっと側に居ることぐらいはしてやれるよ』









息が詰まって、
頬っぺたに熱いスジがついた。


若林君がソレをそっとぬぐう。


『オレが居てやるから・・・』





『だから安心してな、岬』










今まで探していたパスルのピースが
ピッタリと収まった感じ。


僕の胸の奥から
熱くて、昔から蓄積されて来たもの

全部、



溶けていく感じがするよ。






優しく僕を撫でる若林君の手の感触。

胸の中に優しく溶けて行くよ。










顔の見えない、お母さんの夢。

また見ることが有っても

もう

僕は二度と怖くないから・・・・・





                        
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