今日は僕の誕生日。
若林君が遊びに来てくれた。
メーデーの1日からキリスト昇天の9日までの
間の週末、忙しいのに来てくれた。
シークレットでもなんでもなく
OPENに僕の誕生日。
昨日の夜からお祝いして、今日に至る。
まだ寝てる若林君の横顔をそっと盗み見た。
(寝てると子供みたい・・・)
誕生日だからって僕の日常が変わるわけじゃない。
居間に行って昨夜ののみ残したワインを片付ける。
洗濯物を洗濯機に仕掛ける。
(誕生日って変わらないなあ〜・・・)
子供の頃から特に変わらない日常。
(この分だと父さんも忘れてるかな???)
シンクに溜まった食器を洗って居間に座った。
昨日、若林君がくれた時計を眺める。
チクチクチク・・・
時計の針はきちんと時を刻む。
(こんなの、別にいいのに!!!)
くれたのはロレックスの最新作。
たまたま雑誌を一緒に見ていて僕が言った一言。
『これ、すっごいかわいい!!』
まさか紙面を飛び出して僕の手元に来るなんて・・・
考えてもなかった・・・
(これ、すっごく高いんだよお!!!)
(若林君に釘刺さなきゃ・・・)
嬉しさと戸惑いが入り混じって、
いてもたってもいられなくなる。
(はやく起きないかなあ・・・)
もらった時計が無常にも時を刻んでいく。


『岬、おはよう!』
不意に聞こえた声に僕が振り向いた。
『おはよ、若林君、もうすぐお昼だよ』
恥ずかしそうに頭を掻く彼。
『昨日、俺、飲みすぎ・・・』
大儀そうに座る彼にお水を渡した。
『岬、おめでと!』
たかがお水の入ったコップを高々と上げて
満面の笑みで僕に微笑む。
『頭痛い???』
僕の心配をよそに、ゴクゴク飲み干す。
『平気、岬は大丈夫?』
『うん、僕は・・・平気だよ』
『今日、誕生日だもんね』
思いっきり伸びした彼に僕が釘を刺す。
『昨日もらった時計、高かったでしょ・・・』
ん?と彼が僕を見やる。
『そんなに気を使わなくて、本当、いいのに・・・』
ダイニングの椅子から立って
リビングのソファにゆっくり若林君が動く。
『こっちおいで、岬・・・』
優しい笑顔で手招き。
つい、僕の足が彼へと向かう。
若林君の腕の中に滑り込んだ。
『なあ、岬、気にいらないの?』
違うよ・・・・・
『違うよ、ただ、こんなに高価なものいらないのに』
今だって、ちゃんと僕の傍にいてくれるのに・・・
『お前がいいって言うから買ったのに!』
ちょっとおどけてむくれて見せる若林君。
僕の方に回した手に力がこもる。
『確かに僕、かわいいなあーって言ったけど
 これ、高いんだよ!!!』
『嬉しくない?』
僕の顔を覗きこむ。
もう、反則・・・・・
『嬉しいよ・・・』
彼の手が僕の手首にはめた時計をなぞる。
『似合ってて良かった。
 きっとこの時計も喜んでるって!』
僕の頬に軽くkiss。
釘刺そうって思ってたのに・・・
若林君の腕の中だと、なんだか暖かくて
思ってた事の半分もちゃんと言えないよ・・・
『もういい!!!』
ちょっと照れくさくて僕が立ち上がる。
『若林君、ご飯食べよ・・・』
きょとんと僕を見上げた。
『岬の誕生日だし、なんか食いに行くか?』
『ううん、用意しちゃったから・・・』
『なあ、岬、ちょっと待ってて』
洗面所で水を使う音がしてから、
若林君がT-シャツの上にジャージを羽織った。
『ちょっとだけ、な・・・』
そのままパタン・・・と玄関から出て行った。
(え・・・何???)
あっけに取られた僕を一人残して。

あれから三十分経つ。
一昨日から煮込んでたシチューは
いい具合だし、サラダも冷やしてある。
あとは卵を調理するだけなのに、
若林君が帰って来てから・・・と止めている。
(もう、何してるのかな???)
僕はちょっと不機嫌になった。
せっかくのお誕生日で一緒にいるのに。
どっか行っちゃうなんて、反則!!!
時計の件だって、ちゃんと聞いてくれないし!
いくら僕が欲しいって言ったって
限度があるんだよ!!!
でも・・・

僕が欲しいって、
今日だって僕が来てって。

途端に思考が停止した。

僕が欲しいって・・・そう言ったから。
僕が来てって・・・そう言ったから。
何度も過ごした寂しい誕生会。
だから若林君が一緒に過ごそうって・・・

僕も急いで玄関に向かう。

昨日僕、一緒に買い物して何て言ったっけ?
もう一つ、つい、欲しいって言っちゃった・・・
だから、多分、若林君・・・

急いで大通りに出る。
家から行くと道なりだけど
帰るときには二手に分かれてて、
似たような家並みが続く。
大通りから家とは違う方向に向かった。
時折分かれる道に首をめぐらせながら。

・・・いた!!!

人気の無い小さな公園で一人ベンチに座る若林君。
思ったより、ゆったり???
『若林くん?』
僕が後ろから声を掛けると
ゆっくり振り向いて笑った。
『やっぱり岬、来てくれると思った』
僕の荒い息をよそに、若林君がゆるゆる立ち上がる。
『覚えてると思ってたのに、迷っちまった』
やっぱり!!!
『でも、なんとなく岬が来てくれる気がして
 だからここに座ってた』
ちょっとかがんで僕の目の前にソレを差し出す。
『誕生日、おめでとう』
差し出された真っ赤なバラの花束。
『岬、昨日、欲しいって言ったから・・』
僕の手の中に花束が落ちる。

ああ、そう、昨日花屋さんの店先に
並んでたからついつい、言っちゃたんだ。
 わーいいなあー、きれいだね〜

僕は花束のにおいを思いっきり嗅いだ。
甘く透き通る赤いバラの香り。
『誕生日の本数だけもらったんだぜ』
ちょっと照れくさそうに若林君が笑う。

『僕、時計欲しいって言ったよ』
若林君がぽかんと僕を見つめる。
『僕、昨日、花束いいな、って言ったよ』
暖かいまなざしで僕を見下ろす。
『じゃあ僕が今度の大会で優勝してって言ったら?』
こともなげに若林君が答える。
『絶対、優勝するよ』
『僕が宇宙旅行行きたいって言ったら、どおするの?』
若林君の笑みが広がる。
『多分それは次の誕生日に』
む!負けてないな。
『じゃあ僕が・・・』
う〜んと、と次の言葉を捜す僕を
若林君の腕が包み込んだ。
もらった花束が軽く二人の間に押しつぶされる。
『ソレより岬、お返しくれる?』
『お返し?』
『誕生会でプレゼントもらったらお返しするよな
 それ、今欲しい』
そんな小学生みたいな事!
恥ずかしくなって身をよじる僕に囁いた。
『ずっと傍にいてくれよ』
バラを包むセロファンがコソコソ鳴った。
『ずっとずっと、一緒にいてな・・・』
僕自身照れちゃって
花束に埋めた顔が上げられない。
『花束持参でプロポーズみたい』
『それに近いかも』
クスクス笑う僕をよそに子供達が通りすぎる。
『帰ろ・・・』

帰り道、僕の頭の中にひらめいた。
『若林君ってアラジンのランプの精みたい』
『アラジン?』
『そう、魔法のランプからお願い叶えに出てくるの』
わはは、と彼が大きく笑う。
『じゃあ、ご主人様、最後のお願いは何ですか?』
歩きながら恭しく僕にお辞儀する。
『何なりと・・・』
高く上った太陽が若林君の笑顔を照らす。
『じゃあ、ずっと一緒にいられますように!』
『それは当たり前なのでお願いになりません!』

大きなガラスの花瓶にバラの花が鎮座する。
ついさっき、若林君が帰って行った。
甘い、バラの香りのする誕生日。
寂しくて泣いていた誕生日が嘘の様。
『ずっと一緒に居れたら・・・いいね』
僕の呟きはきっと誰にも聞こえない。
バラの花束だけが聞いていた。

おめでとう、岬。
若林君の声が耳の奥でこだまする。
そんな、僕の誕生日。


END
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