《日曜日2》

その電話は不意に鳴った。
執事の私がうやうやしく受話器を持ち上げる。
『私だが・・・』
電話口の重々しい主人の声。
『お久しゅう御座います』
『源三は元気にやっているかね?』
『はい、それはもう。
 先日の大会でも優勝されて・・・』
『いや、サッカーの話はいい。
 それより坪田、来週に源三と共に
 日本に一時、戻って欲しいのだ。』
『如何なされましたか?』
『いや、役員が一人残念な事になって、
 急遽会議を開くのだが、源三にも出席して欲しい。』
『それはそれは・・・かしこまりました。』
『金曜の晩の飛行機を抑えるよう手配した。』
 坪田はちょっとためらってから口を開く。
『坊ちゃまは週末に用事をお作りで・・・』
こんどは主人がためらった。
『また、フランスにでも?』
真実は隠せない。
『は、その様に聞いておりますが・・・』
『・・・・・』
ちょっとの間の、重い沈黙。
『坪田、源三はそのフランスの友達とは
 本当に友達なのか?』
ご主人は彼の事を知らない。
『サッカーを通じて良い友情を育んでおられますが・・』
そう信じたい。
『女性では無いんだね。』
『はい、それは確かで御座います。』
コホン、と1つ咳払いが聞こえた。
『実は昔から懇意にしている友人の娘さんが
 いたく源三を好いて下さっているのだ。
 今回はその方々とも会う予定でいる。』
政略結婚。
そんな言葉が坪田の頭によぎる。
『フランス行きを延期か中止にする事ができるかね』
坊ちゃんの気性を思い出す。
彼に関しては譲らないだろう。
『かなり以前から計画している様なので
 私からは何とも・・・』
『一応、源三に聞いてみてくれ。
 それと・・・』
坪田がごくりと唾を飲み込む。
『その友達とはかなり親しいのか?』
核心に近い質問だ。
『フランスへはいつもお一人で行かれますので
 詳しくは存じませんが、坊ちゃまがお小さい頃から
 一緒にサッカーをしていた方なので・・・』
うまく言葉を濁せてればいいが。
『では・・・今回はフランスから日本へ来てくれ。
 もちろん、お前も一緒にフランスに行くんだ。』
『それは坊ちゃまがご了承されるかどうか・・・』
『行くんだ、別行動で、お前は源三を見張れ。
 そして逐一報告してくれ。万が一、若林家の人間と
 付き合うにふさわしく無い人間であれば速攻、
 友人と言えど、断ち切らなければ・・・』
何とも言葉に詰まる。
『お前はその友人に会った事はあるのか?』
『は、ずっと昔、小学校の頃に何度か・・・
 ただ、見掛けるくらいで御座いますが。』
『そうか・・・』
重い沈黙の向こう、主人が思いを巡らせている。
『この頃、源三がフランスに行く回数が増えている。
 前回の休暇など、こちらには戻らなかった。
 あの源三にそんなに親しい友人が出来るとは・・・
 坪田、その友人をちょっと調べて報告してくれ。』
ついに来てしまった。
『かしこまりました。本日中にご連絡を・・・』
『うむ、待っているぞ』
受話器をそっと戻す。

ご主人様はご存知無いのだ。
坊ちゃまがどんなにあの少年を望んでいるか。
ずっと、ずっと昔、
私が小学校の送り迎えをしていた頃。
坊ちゃまがいつもいつも話す事。
『岬のお父さんは絵描きさんなんだって
 だから一枚絵が描けたら何処か行っちゃうんだって』
『いつもお父さんと一緒なんて羨ましいな。』
『岬はいつもご飯作って一緒に食べるんだって。』
『岬は・・・』
『岬は・・・』
私が坊ちゃまの言葉から垣間見る、
少女の様に可憐な少年。
何も持っていないのに、坊ちゃまが羨む少年。
あの強い、しっかりした坊ちゃまが
優しく子供らしい表情を見せるのは
あの少年を語る時だけだった。

坊ちゃまがドイツに渡って、
あの少年がフランスから訪れた。
その時から、坊ちゃまが変ったのを
私が知らない訳では無い。

無論、ご主人様が気付くはずが無い。

私は2,3本の電話を入れて、
ご主人様への回答を用意する。

『旦那様、坪田で御座います。
 先程の件でご報告を・・・』

私は坊ちゃまが立派な当主になるのを望んでいる。
お兄様方がいらっしゃるが、その器では無い。
一番近くにいて、感じるのだ。私だって
坊ちゃまが何を必要とされているか
知らない訳では無い。
だが、その前に私は彼の親に仕える身なのだ。

『ご友人の名前は岬 太郎、
 画家の父を持っております・・・』

きっと坊ちゃまは私を許すまい・・・

私の予想通り、報告結果に旦那様は難色を示した。
『うむ。ご苦労だった 。』
重い沈黙。
『坪田、若林家の人間と彼は釣り合わない。』
その一言で全てが決まった。
『どんな手段を使っても、即刻断ち切るのだ。』
『しかし坊ちゃまが何とおっしゃるか・・・』
『彼の父は画家だろう。絵が売れなくては
 生活も出来まい。』
旦那様らしい・・・
『その少年から源三に言う様にしむけろ。
 今回が最後のフランス訪問だ。』
私には重過ぎる任務である。
『かしこまりました。早速明日にでも
 フランスへ飛びますので・・・。
 結果をお待ちくださいませ。』
私がフランスへ行く事になった。

『頼んだぞ。』
その一言で全てが動き始める。

明日、いや、明後日には
あの可憐な少年に引導を渡すのだ。

坊ちゃまの顔が浮かぶ。

私に対する怒りの顔が・・・。

                                           

     

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