『若林君、大丈夫???』

僕は真っ白なベットに横たわる彼を見下ろした。
『・・・ったく、あいつら、大袈裟なんだよ』
そう言う若林君の顔も笑ってる。

『でも、ビックリしたね』
僕が伸ばした手を若林君がしっかり握った。
『とんだ誕生日・・・だな』


若林君の誕生日がちょうどオヤスミって事もあって
僕等は荷物をホテルに送ってから
前日からぶらぶらシュタイナウの街を目指してた。
グリム兄弟が住んでたと言う、小さな観光地。

列車で向かう途中に小さな町に降り立った。
ほんと、ほんの、気まぐれで。
ドイツの片田舎の小さな町を
列車の待ち合わせで覗こう、って事で。

『あの婆さん、大袈裟だよ!』
若林君がニガ笑いする。
僕なんて、心臓が止まりそうだったのに。
『そんな事、言わないの』
なだめる僕の脳裏に
昼間の情景が浮かび上がる。



『岬、危ない!!!』
一瞬にして若林君の腕の中に居た。
何がなんだか分らないまま
、地面に叩きつけられて・・・
一瞬の出来事で、僕自身はうっすら目を開けた。
『な・・何???』
もの凄い轟音と共に
車が近くの街路樹に突っ込む。
ゆっくり半身を起こすと
僕の隣に動かない若林君。
『いってええ・・・』
それ以上、何も言わない彼。
大きく震える手で若林君に触れる。
『ねえ・・若林君・・・大丈夫・・・・???』
洋服を掴んで揺さぶるけど、ピクとも動かない。
(やだ!!!死んじゃヤダよ!!!)
『わか・・・若林君・・・』
急いで腕から抜け出して彼に屈みこむ。
(ヤダ・・動いて!どこかに行っちゃヤダ!)
僕の手の下で若林君がモゾモゾ動く。
『岬・・大丈夫か??』
僕に安堵のため息が漏れる。
『・・・バカ!!!』



小さな町のお婆さんが
『ちょっと買い物に』出かけようとして
『ちょっと目測を誤った』事故だった。
車は街路樹にぶつかって停止。
僕を庇った若林君は
道にオデコを強打してタンコブ。
お婆さんが心配して病院に放り込んだ。
打ち所が頭だけに今日一日精密検査で入院・・・・

『入院なんて大袈裟だよ』
一応総合病院とはいえ、小さな町の小さな病院。
個室をもらえたと言え、テレビも何も無し。

只、真っ白い壁と真っ白いシーツ。
大きな張り出し窓に洗面台とロッカーがポツン。
昼間に事故に遭って夕方遅くまで検査の繰り返し。
若林君の無事が確認されて、
僕は町に買い物に出かけた。

若林君が看護婦さんに無理やり頼んで
規則を捻じ曲げて白い簡易ベット入れてもらった。
ソレを尻目に、若林君は横たわって、
僕はその横に・・・ちょこんと座ってた。

『でも、大きな事故じゃなくて良かったね』
僕が若林君に微笑みかける。
『ホントだよ・・・』
若林君が言いかけた時、夕食が運ばれて来た。
まだ6時なのに・・・

パンとチーズ、ベーコンにフルーツ・・・
至って簡単な夕食。
『ま、病院食だからな・・・』
若林君は笑いながらペロっと平らげた。
『夜中にお腹空きそうだね』
僕も笑いながらきれいに食べつくす。
『でも、町で色々買ってきたからね』

スチーム暖房のシューと言う微かな音。
遠くでガチャンと言う金属音。
時折聞こえる低いドイツ語の語らい。
それ以外、何も聞こえない。
あんまり静かで僕等の声も
ちょっと押さえ気味になる。

9時になって看護婦さんが覗きに来た。
『夜中に見回りってあるんですか?』
若林君が流暢なドイツ語で尋ねる。
『貴方は元気そうだから・・・・・』
チラ、と僕を見やる。
『特に何も無ければ来ないと思うわ』
彼女は笑いながら部屋を出て行った。

『何にも無いよ』
僕が怒ってちょっと口を尖らす。
『病院で何かするのも面白いかも・・・』
そんな若林君に枕を投げつける。




消灯ゆえにサイドランプの明かりの下
僕等は互いの近況を報告しあい、
取り留めの無い話を繰り返す。
いつも通り、何気ない会話が進む。
時計の針が11時半を指した。

(そろそろ・・・)
僕の胸が高鳴りだす。
(準備してもいいよね・・・)
だって針が12時を指したらお誕生日。

ちょっと二人とも眠たげな時間、
11時55分を回ろうとしている。
もうちょっとでお誕生日。
眠たい目をこすりつつ、
僕の足がロッカーに向かう。
『ホントはね・・・僕・・・』

ホントは誕プレも用意してたんだ。
でも、ホテルに送っちゃったから・・・
『色々用意してたけど・・・』

ロッカーの奥でケーキに刺した
ロウソクに火を点す。
『今はコレだけ』

ライターに火を点す音で若林君が気が付く。
パチッ!!っとサイドランプを消した。

真っ白い部屋の中、
オレンジの仄かな明かりが揺れる。
行き当たりばったりで買ったケーキに
数本のロウソクの火が揺れている。

その火を消さないように
ゆっくりゆっくり若林君に近づいて行く。

『お誕生日、おめでとう・・・』


濃いオレンジの明かりの中で
若林君が静かに微笑む。

『ありがと』

あんまりにも優しげな若林君のその微笑に
暫くそのまま立ち尽くす。

『あ・・あのね、お・・お願い事しながら
 吹き消してね・・・・』


僕の腕に優しく触れて
もっと近くに寄せてから
静かに若林君が目を閉じる。

その手の温もりが僕の心まで温めた。

暫くのち、若林君が目を開けて
息を・・・吹きかけた。
一瞬立ち上る青白い煙を残して
僕等は周りの薄闇に溶けていく。
ちょっと焦げた匂いだけが辺りに揺らめく。

僕がケーキをそっとサイドテーブルに置いた。

『お願い事、ちゃんとした?』
窓から差込む静かな明かりの下でも
若林君が笑ってるのが分る。

『うん・・・』
『何、お願いしたの?』

僕の言葉はフワフワ漂って
辺りの闇に溶けていった。

『・・・べっつに!ケーキ食べようぜ!』
若林君が明かりをつけて
僕ももらってきたプラスチックのナイフで
ちょっと小さめのケーキを切り始める。
本当は食べ物とか持ち込み禁止なんだ。
だからちゃんとしたお皿もないし、
本当、間に合わせで申し訳ないけど
これが今の僕に出来る精一杯。

『いっただきます!!』
若林君が大きく取って口に頬ばる。
『・・うまいけど、やっぱり大分甘いよな』
『うん』
若林君はお腹が空いてたのかな?
あっと言う間に次のピースに取り掛かる。
『なあなあ、岬、俺、
欲しいモンがあるんだけど』
突然の言葉。

『ぼ・・・僕プレゼントね、
 ホテルに送っちゃってて・・・』
急に言われてあせる僕に
ニコニコ笑いかける。
『ソレは、ソレ!なあ・・・』
『な・・・何・・・』
せっかく口に入れたケーキも味がわかんない。
『今さ、俺、岬の事抱きしめて
 チューってしたい気分なんだけど、
 いっつもそう言うのって俺からしてるじゃん』

え?・・・そうだっけ?あ、でもそうかな???

『だから今日は岬から俺にKISSしてくれよ』
もお!何を言い出すことやら!
途端に恥ずかしくなって顔に血がのぼる。
『いつでもいいから、岬から、な?』
僕の返事も聞かないうちに、
またケーキと格闘してる。

・・・僕から、若林君にチュウするの???
う゛〜・・・恥ずかしいよ・・・

だけどいつも、そうだったかも。
僕から抱きついたりしてたけど、

考えばっかり先行して僕の手が止まる。
若林君は僕に向かってただ微笑みかける。

『ご馳走様!』
殆ど若林君が平らげて
僕はケーキの空き箱にフォークやら
ナイフやらを投げ入れた。

ダメだよ〜!緊張するよ〜!!!
だけど・・・

『若林君・・・・・』
ベットに手を掛ける。
上半身をそっと若林君に近づける。
優しげな彼の瞳から目が離せない。
『あのね・・・』
ちょっとづつ近づいていくけど
若林君はピクとも動かない。

さらに顔を彼に寄せた。
もうちょっとで、鼻と鼻がくっつきそう。
『お誕生日・・・オメデト・・』
そのまま目をギュッとつぶって
若林君に KISS をした。

やわらかい唇の感触。

すぐにパッと離したけど、
途端に若林君が僕を抱きしめる。

『すっげぇドキドキした』
僕もドキドキした。
まだ心臓が痛いほど高鳴ってるもん。

『プレゼント、最高!!!』
僕の頭を撫でながらもう一度僕の顔を覗き込む。
『じゃあ、お返し』
今度は若林君が僕に近づいた。





『ねえ、若林君、聞こえる?』
そう言いつつ、若林君に手を伸ばす。

朝起きたときに看護婦さんに何も言われない様に
僕は簡易ベットに横たわる。
ちょっと高い位置で若林君も僕の手を握った。

『何が?』
夜中の病院は静まり返って
何の音もしていない。

『沈黙の音・・・』

あんまりにも静かで
耳にのしかかる重たい透明な音。

『ううん』

若林君が横を向いて僕を見下ろす。

『今まで全然気が付かなかったけど
 こんな不便な中でも二人でいるのっていいな』

僕が辺りを見回す。
確かに・・・・・

暖かいベットに寝ているけど
僕等の周りには何一つ執着したモノは無くて
生活に掛かる必要なモノも何一つ無い
ただただ白い四角い空間。

『うん』
独りだったら寂しいけど
二人だったら気にならなかった。

いつもならテレビみたり、
音楽聴いたり、
好きなときにジュースを飲んで
好きなときにシャワーを浴びて
好きなときに勝手に振舞ってる。
でも、テレビを見るより二人で話ししてた方が
何も無いから分け合う方が

ずっと近くに相手を感じてた。

『はじめチックショーとか思ったけど・・・
 今はなんかとっても幸せなんだ』

若林君がギュっと僕の手を握る。

『あのまま普通にホテル着いて
レストラン行って
 ホテルの部屋で過ごしてたら、
気が付かなかった』

『岬と一緒に居るイミとか、
 なんで俺が岬を好きなのかとか
 誰とでも一緒に騒ぐことは出来るけど
 一緒に静かな時を過ごしてても
 こんなにくつろげるのって・・・
 絶対に岬しか居ないんだよ』

『こんな不便な環境でも幸せに感じるのって
 一緒に居るのが ミサキダカラ なんだよな』

『色々有ったけど今日は
すっげえいい誕生日だった。
 岬と一緒に居れなくても
 今日の絆があるから、俺、絶対大丈夫』

『僕も・・・』

僕の胸の中も温かく満ちて、
いつもより若林君を近くに感じてた。

『俺のさっきのお願い事・・・』

若林君が言いかける。

『ううん、いいよ』

だって知ってるもん。
若林君がケーキにお願いした事、
僕にちゃんと届いてるからね。

『明日はまた沢山一緒に遊ぼうな』
『うん』

安心して僕の瞼が重くなる。

静かな静かな重い沈黙の音の下で
暗く四角い見慣れぬ部屋の中で
僕等の周りは暖かだった。

お誕生日、おめでとう。
これからもずっと一緒に居てね。


おめでと・・・・
Silent Happy Birth Day
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