『岬、こんなん買って来た!』

ピエールが嬉しそうにカボチャのランタンを掲げる。

『もう、そんなのどこに置くの?』




アメリカが作り出したハロウィーンの御祭り。
アンチアメリカなフランスでは
ハロウィーンなんて有り得ないと思ってた。

けど、
この数年でスッカリ10月の終わりは
黒とオレンジの世界に染まる。
子供達が楽しみにしている夜。

11月1日に万聖節 Tous Saints 前夜祭として、
特に子供達が仮装して楽しむ夜のお祭りになった。
ハロウィーンの起源は2500年前の、ゴロワーズの祭、
だからアメリカの真似事では無い、と近年の人は言う。


『家の前、そしたら子供達が来易いから』

ピエールが嬉しそうにランタンを設置して
ボクはその横で静かに立ち尽くした。


折角の御祭りだから、と
父さんの帰らない今夜を一緒に過ごそうと
ピエールが家に招いてくれた。


















『まあ、貴方が東洋のお友達なのね』

柔らかそうなピエールのお母さん。
いかにもお金持ちそうなロマンスグレーのお父さん。

2人でニコニコしながら迎えてくれた。
夜はパーティに出席するから、
ボクの為に手入れの整ったバラ園の横で
小さなお茶会を開いてくれた。

『エルはいつもあなたの事ばかり話すのよ』

紺色と純白の衣装をつけた女性が
僕達のカップに香り立つお茶を注ぎ淹れる。

『エルがお友達を連れてくるなんて何年振りかしら?』


ピエールのお母さんを中心に話が進んで行く。










『ごめんな、岬』
ピエールのすまなそうな、顔。
『ううん、とっても楽しかった』


久々に家族の団欒に触れて
ちょっと複雑な面持ちの僕。

でも、ちょっぴり羨ましいのと、
人の優しさに触れた恐怖が僕の心に渦巻く。


『ピエールのご両親ってステキだね』
『そんな事も無いよ』


2人夕食を取ってリビングでテレビを見ながら
夜の帳が完全に下りるのを待つ。

こんな広い家で一人?
そんなの、僕もきっとイヤかも。
あの狭いアパートでさえ、
父さんが居ないとカラッポに感じるのに。



途端にピエールに親近感が湧いた。








取り留めの無い会話を中断して
玄関のチャイムが鳴り響く。






『お菓子をくれないとイタズラするよ』





僕の半分も無い小さな子供達が
それぞれにオバケの格好をして訪れた。

日本では見たことの無い、
初めての経験。

そのあまりの可愛さに、
僕の顔も次第にほころんで行く。




『ホラ』

ピエールが昼間に買い貯めたお菓子を
子供達に配って行く。


ドアを閉めたボクが言う。


『楽しい』


ピエールがボクに笑いかけた。








それからのち、数組の子供達が来て、
沢山用意していたはずのお菓子も底をつき始める。

『なあ、岬、俺達もお菓子貰いに行こう』
『ええっ』

ピエールの顔がイタズラっぽく輝く。

『俺達くらいのヤツもいたし、平気だよ』
『う・・・うん』

『なら、扮装考えよう!』


玄関先から2階へ続く階段を駆け上がって
ピエールがなにやらゴソゴソ漁ってる。

ボクは静かにリビングで待った。


『ミサキ、手伝ってくれよっ!』



ピエールの自室で大きなハサミとシーツと格闘。
大きなシーツに、小さな穴を2つ開ける。

『このくらい?』
『う〜ん・・・、もうちょっと』

ピエールが頭からそのシーツをかぶる。

『ホラ、オバケの出来上がり!』


2人でお腹が痛くなるくらい笑った。





『じゃあ、ミサキにはこの黒いシーツあげる』

『お母さんに怒られちゃうよ』

『大丈夫、こんなの、沢山あるから!!!』




2人でシーツ被って
夜の住宅街に繰り出した。

『お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ!』



明かりの付いている家々を回って
沢山たくさんお菓子を貰った。

こんなに楽しいのってなんか久しぶり?
ううん、きっと初めてかも。



ピエールの家に帰ってから
2人で夜遅くまで話しながらお菓子を食べた。




















『ボク、すごく楽しかった』

電話に向かって昨日の報告をする。

『あんな楽しかったの、初めて・・・』



『岬、良かったな』
ちょっぴり残念そうな若林君の声。

『でも、岬の”初めて”に一緒に居たかったナ。。』

あ・・ゴメン。
どうしよう。
ボク、つい嬉しくって・・・

『ちがっ・・若林君、あのね・・・』

必死になった僕の声を若林君が遮る。

『いいよ、岬、分ってるから』

一呼吸置いて、若林君が言う。

『俺はいつも近くに居れないけど
 その分、岬と一緒に色んな事感じてたいな、と思って』

『岬が楽しかったなら、俺も楽しいよ。俺んちなんて
 ガキが沢山襲って来て散々な夜だったぜ・・・』

なんやかやと話をする若林君の声に聞き入った。

若林君の優しさが伝わって来る。
ボク、若林君と居るときが一番楽しいよ。
ただ、昨日、あんな風に家族とか友達とかに触れたの
本当に久しぶりで、ハロウィーンの御祭り
そのものだけじゃなくて、一日のstoryが初めてで
なんだか、嬉しくなっちゃったんだ。

『今度は俺が岬に楽しい”初めて”を作ってやるから
 その時は一緒に”楽しい”って思おうな』

『うん!』



受話器を置いて窓辺を見やる。
今朝、暇を告げる僕にピエールがくれた
あの、カボチャの形のランタンが
優しく優しく明かりを投げる。





お菓子をくれなきゃ イタズラしちゃうぞ






若林君は優しさをくれたけど
お菓子はくれてない。


『(ソウダ)』




いつも、電話を切った後に
もう一度かけるなんてした事が無い・・・ケド・・・


お菓子をくれなきゃ イタズラしちゃうぞ


ボクの手が受話器を掴む。
コレだけでも若林君はきっと驚くハズ。






電話を切ってスグに
若林君はボクに”初めて”をくれた。


呼び出し音を聞きながら考える。


『(今度会う時、あのシーツ被って行こうかな?)』









過ぎ去ったその一日、
ボクの周りはオレンジと黒。

お菓子一杯の一日だった。



































































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