TWINKLE LAMP





『岬・・・』


『あ・・・若林君、
 ゴメン、起こしちゃったかな?』







真っ暗な部屋のソファの片隅で
岬が小さく丸くなってた。
俺の姿を見て慌てて椅子から降りる。

『何してたんだ・・・?』
『ううん…ちょっと考え事』


暗闇の中で岬が目を閉じる。
そのまま2人でソファに座った。
肩に回した手でそっと岬の頭を撫でる。





考え事。
昨日、岬が突然俺の元を訪ねて来て
俺としては嬉しかったけど、
その岬の笑顔の下に、
その岬の明るい声の奥に、
岬の心が映し出される。

そう。
俺は岬が好きだし、
何でもわかってやりたいけど
岬が俺に打ち明けるまで
俺は何も詮索しないよ。

だって俺は・・・
岬の事を一人の人間として
自分の恋人として向き合ってるつもりだから。



だけどこんな真っ暗な部屋の中で
岬が一人、膝を抱えてるなんて

俺に何かしてやれたらいいのに。

俺の側で思い悩んでくれる事が
俺を認めて、頼ってくれている唯一の事実。







そのまま何も言わずに
岬を肩に引き寄せた。
岬の静かな息遣いだけが
この静寂に響く。






暗闇の中で違う気配を感じた。
一人起きて、隣に回した手が
冷たいシーツに触れた時、
岬の思いの深さを知る。










『岬、ちゃんと寝るんだぞ』


岬の頬にkissをして
俺はそっと立ち上がる。


だって答えは岬のナカにしかなくて
俺にしてやれるのはただ、
側にちゃんと居てやる事だから。


『俺、隣で寝てるから戻って来い…ナ』



暗闇の中で岬が頷く。




寝室に戻って
一人冷たいシーツに潜り込んだ。



もし本当に岬が悩んでて、
誰かに意見を聞きたくなったら
絶対に俺に聞いてくれるはず・・・


俺が岬を恋人と思ってるから。
岬が俺を恋人と思っていてくれるなら
同じ悩みを、
同じ心の痛みを
きっと分けてくれるはず・・・・・








朝になって
俺の腕の中で岬が目を覚ます。
子猫みたいなしぐさで伸びをして
俺に小さく笑いかけた。


『オハヨ』









何も言わないで
2人で朝のお茶を飲む。
岬の作り出す空気が
まるで壁の白さと溶け合って
違う白を生み出すみたいに
周りの情景を変えていく。






外に出て
違う空気を吸ってみる。







俺は近くの店で
小さなびいどろの
フロアランプを買った。


岬が暗闇で悩まないように。
黒い色に紛れて
真実を見失わないように。

岬の寂しさが
投げかける光源によって
その暖かい光を


俺が側に居ることを
忘れないで居てくれるように。





夕食後、ひとしきり話してから
俺が大きくあくびをする。
明日、岬を送ったら
また始まる過酷な練習の日々に。



『若林君、もう寝てていいよ
 僕、もうちょっと起きてるから』

『そっか…でもいい加減にして寝ろよ』


岬がコクンとうなづくかたわらで
今日買ったフロアランプの包みを解く。


『昨日は真っ暗だったから…』

ティーテーブルの脇に
コンセントを差し込んでやる。

カチ、とスイッチを入れた。


オレンジの裸電球の明かりが
びいどろの色彩を通して
柔らかく床に降り注ぐ。


透明な、色々。


俺が部屋の電気を消すと
一部だけが暖かく照らされる。



『わあ…』



岬が近くに寄って、
床にペタンと座り込んだ。



『キレイ』



まるで火にでも翳すかの様に
ランプに手を差し伸べながら
俺に眩しい笑顔を向けた。



寝ようと思って
寝室に向かっていた足も
岬へと引き戻される。

俺も床にペタンと座った。




『片桐さんが・・・』


ポソと岬が呟いた。


『全日本でプレーしないかって』





空気も何も動かない。





『小学生の頃、僕はまだ子供で
 何も考えないで一緒にプレーしてたけど』


岬の顔にびいどろの赤が跳ねた。


『僕はみんなと離れてフランスに居て
 ちゃんとクラブにも入ってないし
 本当に一緒にプレー出来るかな?』


翼やみんなと隔絶した3年間。
岬の重い心の扉が
少しづつ、俺に向かって開かれる。

『翼君との後、誰ともちゃんとコンビを組んでもないし
 本当にまた息のあったプレイが出来るかな…』



岬の顔が物凄く穏やかで

その声が余りにも柔らかで



『他のみんなの足を引っ張ることなく
 ちゃんと溶け込んで行けるかな…』


泣いてるのかと  思った。









『岬はどうしたい?』

辺りは暗闇に包まれて、
ほんの小さなフロアランプの下、
岬の寂しげな微笑みが映る。


『・・・分らないけど・・・』



眩しそうに目を閉じた。



『またみんなとプレーしたいな』











『出来るよ、岬なら』

そうだよ、俺の岬はこんな所で
思い悩んでるより
自由なフィールドで
駆け回っている方がずっと似合う。

だって岬は背中に大きな羽を持っていて
いつでも自由に飛ぶことが出来るのに
自分で自分に足かせをして
自分を押さえ込んで来たんだから。


岬の頭を引き寄せた。


『出来るよ、岬がそう望むなら』


柔らかい髪の毛の、
甘い匂いを大きく吸う。



『岬が望まないと実現しないよ』







大丈夫。
俺がちゃんと知ってるから。

岬が親父さんと尊重して暮らしながらも
絶対にサッカーだけは止めなかった事。

いつかみんなとプレイしたいから
自分で自分を磨いて行った事。

岬の想い、俺は知ってるから。




『大丈夫だよ』










俺が唯一出来る事。
それは
岬の背中を押してやる事。

自分でもどこかで大丈夫と思いつつも
デモ・・・
その言葉に負けてしまう事。

不安は消せばいいし
その方法は岬にしか分らないけど

俺は岬の背中を押して
そして支えててやれるよ。


だから。



『大丈夫』











岬が顔を上げた。



『ありがとう』





ひとしきり
岬の頭を撫でてから膝を打つ。


『じゃ、俺、寝てるから』


『うん』





寝室に入る前、
俺が見た岬の情景。


膝を抱えて
フロアランプ見てた。

その表情は    笑顔。






だから大丈夫。
















びいどろのランプが
その透明な色を投げかけるよ。

岬の思いや、
俺の思いをのせて

柔らかく地上に降り注ぐ。



もう岬は暗闇で悩まないかな。
岬の心が迷ってしまって
どこかに行かないように
あのオレンジの光が
岬と俺に道しるべをくれた。
















『ありがとう、ごめんね』

別れの時、岬がしっかり笑顔を向ける。

『あんまり考えるなよ』





心の中、少しは晴れたかな?
岬は自分で答えを見つけたかな?













今度は俺のほうが不安になって
暗い部屋の中で
その小さなフロアランプを点した。


























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