《土曜日》



光麗らかな週末の朝。
(う〜ん、今日こそは全部洗濯しよう。)
父さんが旅から帰ってくる前に。
皆がサッカーの誘いに来る前に。

1つ大きく伸びをして、ベットから滑り降りた。
そこいらのシーツやら枕カバーやらを剥ぐ手に力がこもる。
洗濯機を仕掛ける前に鏡に映る自分に気付く。
(そうだ、これも・・・)
今着ている物を全て脱ぎ捨てて放り込む。
(全部洗っちゃえ!!!)
洗濯機の重い音に反して軽くハミングする。
充実した朝を約束する熱いシャワーの感触。
(気持ちいい・・・)
あがろうとタオルに手を伸ばした瞬間、
電話の音が鈍く響いた。
『もう!』
手早くタオルを巻いて受話器に語りかける。
『アロウ・・・』
受話器の向こうのいたずらっぽい笑い声。
『まだ、寝てるかと思った・・』
ああ、いつもの優しげな声。
『もう起きてるよ、若林君。』
何日かぶりのこの声・・・
『おはよう。』
ちょっと恥ずかしい。
『おはよう、どおしたの?』
ホントは理由なんて要らなかった。
ただ、若林君が電話して来てくれたのが、嬉しい。
『次の週末、お前暇か?』
『来週?ううん、別に予定は無いけど。』
ちょっとした沈黙。
心が少し期待する。
『また、会いに行きたいなって思って。』
心臓が跳ねた!
『また、来てくれるの?』
心と裏腹にちょっと冷たい言葉。
だって・・・・
『そう、丸々週末空いたから岬に会いたいんだよ。』
ああ、僕の胸が満ちて行く。
床にペタンと座り込んだ。
『でも・・・』
『待った、でも、は無し。俺が会いたいから会いに行く。
 いいか?』
こんなに上気した頬を見られたらきっと
きっと恥ずかしくて死んじゃうよ。
『うん・・・』
受話器の向こうの安堵の声。
『じゃあ、俺、金曜の夜から早めに行くから・・・』
忙しそうに日程をまくし立てる彼。
僕は嬉しくてただ受話器に耳を押し付けてた。
ほんの数週間前にも会ったのに。
次に会うのがこんなに楽しみなんて・・・
『じゃあそんな感じ、いいな、岬』
『うん、気をつけてね』
『おう。また電話するからな』
『うん・・・』
(待ってるから)
なんて絶対に言えない。
向こうが切った音を確認してから受話器を戻す。
胸に沢山の鳩が住んでいて、今一斉に羽ばたいて行く。
(嬉しいな。)
しばらく瞼に浮かぶ若林君の事を考えていたけど
洗濯機のブザーに現実に引き戻される。
(来週末、また会えるんだ・・・)
急いで部屋に駆け込んで、ジーンズとTシャツを身に着ける。
腕一杯に洗濯物を抱えてヴェランダに運ぶ。
(早く来週にならないかなあ〜・・・)
洗濯物を干した後、アパートのベルが鳴った。

『ミサキ!』
いつもながらのピエールの声。
そっとドアを開ける。
『おはよう、ミサキ』
『おはよ、ちょっと中でまっててね。
 髪、乾かすから』
ピエールの顔に笑みが広がった。
『何か良い事、あっただろ?』
『え???』
岬の足がとまる。
勧められもしないのに、彼が勝手にダイニングに入り込む。
『ミサキ、コーヒー飲んでいい?』
『いいけど・・・』
なんか見透かされてるようでちょっと怖い。
『お前の顔、いつに無く笑ってるよ』
『!!!』
(そうかなあ・・・)
急に恥ずかしくなってバスルームへ駆け込んだ。
ドライヤーを手にとって鏡を覗き込む。
(笑ってる?)
いつもの顔がそこに映る。
(わかんないよ。)
髪を乾かしながら思い出した。
『俺が会いたいから会いに行く・・・』
(会いたいって思ってくれてるんだ・・・)
『また、電話するからな』
(嬉しい・・・)
そこで鏡の中と目が合った。
恥ずかしげに微笑む自分。
『だ・・・駄目!』
慌てて空いている手で自分の頬を軽く叩く。
(もう、思い出しちゃ、駄目)
でも、頭の中でぐるぐる若林君の声が回る。
鏡の中で、自分の頬が上気してくる。
ドライヤーを止めて鏡に向かって顔をしかめて見せた。

『早くしてくれますかね、お姫様』
にやにやしてピエールが戸口に立つ。
『皆、待ってるんで・・・』
(もお!勝手に!!!)
『今行くから』
ドライヤーを片付けて軽い上着を羽織る。
ピエールはと言えば澄ましてカップ片手に
僕の行動を目で追うばかり。
『支度出来たよ、行こう』
それでもピエールは動かない。
『もう、行かないの?』
ちょっと小首を倒して僕が問う。
『行くよ、でもその前に・・・』
そう言って彼は空のカップを流しに運ぶ。
何気なく僕の前を通り過ぎ、自身の上着を羽織る。
『何がそんなに嬉しいの?岬』
また心臓が跳ね上がる。
『な・・何でもないよ』
ピエールが真っ直ぐ見据えてくる。
『なら、いいけど・・・』
(変なの!)

その日の終わり、肉体は疲れ切っているのに
心は弾んでいた。
『岬、明日も来るだろ?』
滴り落ちる汗を拭きながら彼が尋ねる。
『うん!あ・・・でも・・
 来週は友達が来るから週末はパス!』
一瞬、ピエールの顔が歪んだ気がした。
『・・・・・』
『何?どおしたの?』
『いいや、明日また迎えに行くよ』
取り澄ました表情の下からは何も読み取れない。
『うん、また明日ね』
(変なの・・・)

ベッドに入って枕に顔をつける。
あと、一週間。
一週間で、会えるね・・・

星空が優しく瞬く。


               

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